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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第41話 決戦前夜 その2


「ステラって、本当にひどいよね!」


 中央軍と共に帝都を出て南下すること二十日と少し、

 以前にも訪れたグリューネルトの生家であるサスカス領で宿をとった際に、

 唐突にテニアからぶつけられた言葉。

 秋の夕暮れ、木の葉が舞い散る風の中。


「何のことだか?」


 わかってるけどわからないふり。


「いや、自分は陣の真ん中でお嬢様扱いされといて、訪ねてきた魔物をアタシに押し付けるって」


 今日だってアンタは城内のベッドでお休み、アタシは城外のテントで魔物と一緒に三交代。

 誰かが起きて魔物を見張ってないと、周りの兵士が休まらないからってひどくない?

 契約してないから仕方ないといえば仕方ないが、そこまでビビられるとは想定外。

 でも契約を無理強いしたくはないし、追い返すのもどうかと思ったわけで。


「だってほかに信頼できる奴がいねーんだもん」


 クロ護衛役としてオレの傍にいなければならんので、消去法でテニアの担当になるというわけだ。

 ……別にオレが出てもよかったんだけど、いろいろ忙しくてなぁ。スマン。


「ステラのお客さんなんだから、ステラが面倒見ればいいじゃん」


 ふくれっ面のテニア。言いたいことは理解しているつもりだ。。

 しかしこちとら軍との調整が色々あって、魔物にかかりきりになるわけにもいかんのだよ。

 そこのところをわかってくれたまへ。

 ……冗談抜きで、代われるもんなら代わってもらいたい。

 こっちは想像以上にヘヴィな役割押し付けられて、結構ギリギリなんだぜ。


「つっても、別に誰もおかしなことはしなかっただろ?」


「……四六時中魔物に囲まれてるアタシに何か言うことは?」


 夜闇が迫るこの時分、テニアさんのジト目が厳しい。

 召喚術士でもない人間が、魔物とず~っと面をつき合わせるってなかなかないよね!


「えっと……ごくろうさん?」


「そーゆー奴だよ、アンタは!」


 大声上げてこちらの胸を軽く小突く。

 うん……まあ、配慮が足りなかったことは認める。

 テニアにはいろいろ迷惑かけてるなぁ。

 今回の案件が片付いたら美味い酒でも奢ろうか。

 ……というわけで、


「ま、まあよろしく頼む」


「あ、ちょっと、もう!」


 プリプリ怒りつつも我儘を聞いてくれるテニア大好き!

 本人の前では言わねーけどな!



 ☆



「あ~疲れた。眠い」


「にゃ」


 サスカス伯爵の館に案内され、以前泊めてもらった部屋を再び与えられた。

 ドアを開けてすぐの居間を通り抜けて寝室に入る。

 ルドルフたちとの打ち合わせは長時間にわたり、

 夜ももう日付が変わろうかという頃になってようやくクロと共にベッドにダイブ。

 テニアには苦労を掛けているが、こっちはこっちでてんてこ舞い。だ


 オレ達が帝都から離れている間に、

 ルドルフを中心とした軍上層部と、

 南部諸侯を取りまとめるスィールハーツ家が連携して、

『守護者』の協力を前提とした作戦が既に立案されていた。


 物資や人員の輸送もかなり早い段階から始まっており、

 後は『守護者』と共に『奈落』を討つというところまで話は進んでいた。

 帰還と共にレオは一時的にまつりごとを宰相に一任、

 ホルネス行の疲れを癒すために数日の帰還を取ってからの出立。

 オレ達もまたレオに帯同する形で南部に向かっている。


 ルドルフの作戦は特にこれといって特別な案ではなく、

 飛行できる魔物に跨った召喚術士すなわち貴族たちが油をまいて、

 陣地に構えている兵士たちが火矢を放ち、投石機に火薬を仕込み、

『守護者』の風の力で延焼させるというもの。


 事前打ち合わせの大半は、人員や資材の適正配置、

 作戦指示の系統や大太鼓や旗を用いた通信内容の確認といった、

 基本中の基本となる部分の見直しにかけられている。

 ルドルフ曰く、奇抜な策よりも堅実な策こそが求められるとのこと。

 

――とはいうものの、あの『奈落』にそう簡単に勝てるのか……


 今は亡きレンダ南方伯と共に見た黒い海、その濁流。

 あれとまみえるに尋常の戦術で相対してよいものか、

 そんなことを考えていると、ドアを軽く叩く音が耳に入る。


「なんだ、こんな時間に?」


 枕元で丸くなっていたクロも、大欠伸をかましながら眠そうな目を擦って起き上がる。


「遅くに申し訳ございません、ステラ様」


 お客様がおいでになられております。

 来訪者のしらせは、念のために部屋の前に構えているサスカス家の騎士から。

 声を潜めているところからしても、あまり周囲に知られたくない案件らしい。


「こんな時間にか? 誰だ一体?」


 非常識にもほどがあるぞ。


「グリューネルト様でいらっしゃいます」


 意外な名前を聞かされた。あいつは典型的なまでの貴族。

 いくら自分の家とは言っても、先触れもなく勝手に動くことはないし、

 ましてや深夜に客人を訪ねるなどありえないはずなのだが。


「何? もう来てるのか、ここに?」


「はい」


 非礼を冒してまでの深夜の来訪。

 冗談を口にするためとは考えづらい。


「……わかった、入ってもらってくれ」


「承りました」


 返事をして騎士の気配が遠ざかり、入り口のドアの開く音がする。

 会話を耳に入れないよう距離を置いてくれたらしい。

 いいのか? いいのか。


「ご主人?」


「ちょっとグリューネルトと話してくるわ」


 先に寝てていいぞ。

 黒い頭を撫でてそう言い置けば、


「わかったにゃ」


 と再びベッドに戻り丸くなる我が相棒。

 こちらもどうやら気を聞かせてくれている模様。

 女二人で深夜の密会というわけだ。


――さて……何しにきやがった、グリューネルト?


 寝間着の上にガウンを纏いつつ、

 隣の部屋で待つ金髪のお嬢様の心の内を想像する。

 答えは、思い浮かばなかった。



 ☆



「待たせちまったな」


「いえ、こちらこそ急にごめんなさい」


 暖炉の火が消えた居間は、外から差し込む月明かりだけ薄く射し込んでおり、

 冬に向かうこの季節、こころなしか寒気を覚える。

 そんな部屋のソファに腰かけていたグリューネルトに声をかけると、

 突然押しかけてきたことを恥じているのか、まずは頭を下げてきた。


 いつもは丁寧に整えられている金髪も今は降ろされており、

 あちらも後は眠りにつくだけという有様だが……

 いくら自分の城内とはいえ、こんな格好で深夜に徘徊していると、

 何があったのかと騒ぎになりかねんぞ。

 娘を溺愛するサスカス伯爵の顔を思い出し、溜め息ひとつ。


「夜も遅いしオレも眠い。用件は何だ?」


 テーブルを挟んでグリューネルトの反対側に座り、今回の来室の真意を問う。

 腹の探り合いも、様子見もなし。

 早々に切り込むことにする。

 余計なことを考えている余裕がないともいう。


 グリューネルトは何か言おうとして、しかしそのたびに言葉が喉から出ず。

 俯いて膝の上でぎゅっと握りしめられた自分の拳を見つめている。

 そんな姿が何度か繰り返されると、段々イライラしてくるワケで……

 

「おい、こんな夜更けに押しかけてきて今さら何なんだ?」


 別に脅すつもりはないのだが、知らず知らずのうちに語気が強まってしまう。

 こちらは一両日中にはこの城を出て『奈落』と対峙している南部諸侯軍に合流する。

 朝から晩まで会議会議で疲れ切った真夜中とあっては、

 精神的にも相当キているわけで、言葉がどうにも荒れてしまう。


――コイツとはここでお別れか。


『奈落』との決戦に余力はない。

 戦力にならないグリューネルトのようなお嬢様は、

 さすがに今回はこのお城でお留守番せざるを得ない。

 南海諸島から帝都に戻って初めて夜会に参加して以来、

 割と頻繁に顔を合わせていた気がするので、寂しくないと言えばウソになる。


――考えたくないが、これが今生の別れになるかも……


 頭を左右に振ってろくでもない弱気を脳裏から払い出す。

 今寂しいのが何だってんだ。『奈落』を倒して戻ってくればいいだけだろ。

 そのための作戦はすでに実行されているし、切り札である『守護者』だっている。

 何もかもが、南方諸侯軍が戦った時とは違うのだ。


 こちらの煩悶に気付く様子もなく俯いていたグリューネルトは、

 オレの催促を受けて再び顔を上げた。

 優しい月あかりを反射する金色の髪が闇に揺れる。

 その瞳は潤み、しかしその奥には燃えるようなきらめきを封じていて、

 オレを一直線にとらえて離さない。

 更に待つこと暫し、ようやく意を決したらしく震える口を開いて言葉を紡ぐ。


「ステラ=アルハザート、あなたの『万象の書』を私に貸しなさい」


 ……なんか、とんでもないことを聞いた気がした。

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