表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
118/128

第40話 決戦前夜 その1


 霊峰ホルネスに向かい正体不明の『守護者』を説得する不安に駆られていた行きと違い、

 帰りは特に何事もなく、ヴァイスハイトたちも加えた一行は無事帝都に帰還できた。


 帝都にてオレ達を迎えた連中にホルネスで起こった事のあらましを説明したところ、

 ヴァイスハイトが皇位継承権を捨てると決めたことが大きな波紋を呼び、

 レオの肩に停まってキョロキョロとあたりを見回している白フクロウが、

 帝国建国の物語に名を遺す『帝国の守護者』であることが驚愕を呼び、

『守護者』がレオの皇位継承を容認しているとあって、海千山千の権力者たちが上へ下への大騒ぎ。


 病床にあっていまだ目覚めぬ皇帝陛下を差し置いて、

 勝手に次期皇帝に名乗りを上げたレオを不遜となじる声が上がれば、

 現状を鑑みればそれもやむなしと受け入れる者も現れる。

 特に『守護者』の存在が大きく、これに認められている以上、

 陛下であろうともこの話を覆すことは叶うまいという点が大きい。


――まあ、これでも肝心のところは表に出してはいないのだが。


 ヴァイスハイトとマリエルによる皇族暗殺未遂案件(推定)。

 あれが表沙汰になれば、今とは比べ物にならない混乱が帝国を襲うことになってしまう。

 帝国南部を蝕む『奈落』との決戦を控えている今、余計なトラブルは極力避けたい。

 守護者の広間にいた者には箝口令を敷いているが、

 もし誰かが口を滑らせたらどうなるか、内心では結構ヒヤヒヤものである。


「よくぞお戻りになられました、殿下」


「ああ、随分と待たせたね、ルドルフ」


 ひっきりなしに人が出入りする軍の詰め所にて、がっちりと握手する両者。

 軍人として中立を装いながら、レオを推していたルドルフの内心はいかばかりか。

 そして老将は皇子の肩に止まるフクロウに丁寧にお辞儀をして、


「此度は小人の声をお聞き届けいただき、感謝の念に堪えませぬ」


「構わぬ。この国を想う心は我の中にもあるがゆえに」


『守護者』が帝国とどのようにかかわってきたのか、

 それは歴史を紐解いてみても明らかにされてはいないが、

 あの広間での一幕を思い返してみても、

 このフクロウは『帝国を護る』という一点に対してのみは、

 最初から肯定的だったように感じられる。


「さて、オレ達の役目もここまでだな」


 レオの護衛に『守護者』の説得。

 やるべきことは全てやった。

 後は軍の仕事と言いたいところだが、


「いや……やっぱもうちょっと付き合っていくか」


 諸侯軍の陣地でオレ達を歓迎してくれたレンダ南方伯をはじめ多くの人間が、

 この戦いで命を落とし、今もなお苦しめられている。

 ここまで来て『一抜けた』というのは、あまりに情が薄いという気がする。


――それに、勝手に抜けて万が一帝国軍が敗北なんてことになったらシャレにならん。


 オレの心の平穏のためにも『奈落』討伐の行く末を見届ける必要はあるだろう。

 それに――


「いいよな、お前ら?」


「吾輩は別に構わないニャが、あの黒いブニブニ相手ではキャッ闘流は使えんニャ」


「アタシも、アイツと戦うのは無理なんだけど……」


 そんなことを言う二人の首根っこを抱え込んでレオたちに背を向けて、

 周りに聞こえないようそうっと小声で告げる。


「相手は『奈落』じゃねーよ」


 いるだろ、厄介事を運んでくる奴らが。

 白い仮面に黒マントの連中がよ。


「あ、な~るほど。アイツらには借りもあるし、頑張っちゃおうかな」


「……クロ?」


 いつもの調子でぺろりと舌を出すテニア。

 しかしクロは同調せず何かを考えこむようで。


「どうした、何かあったか?」


「な、なんでもないニャ! あ~腕が鳴るにゃん」


 しばし虚空を眺めていたクロだったが、それでも参戦することに異議はない模様。


「というワケで、もうちょっと世話になるぜ」


 くるりと振り向いて我らが一行の去就を知らせる。


「ああ、こちらこそ頼むよ」


「嬢ちゃんがおると心強いのう」


 レオもルドルフも、オレ達を歓迎してくれている。

 普段は戦場に出ることはないレオンハルトだが、

 今回は『守護者』同伴……正確に言えば止まり木扱いだが、

『奈落』との戦場に参陣することになる。


「あ、あの……わたくしも」


「グリューネルト嬢、ご苦労だったね」


 覚悟の言葉を遮るように、レオが感謝を述べる。

 グリューネルトは、次の戦いには連れて行かれない。

 彼女とは、生家であるサスカス領で別れることになる。

 貴族の令嬢としてみれば当然のことであるはずなのだが、

 レオの言葉を受けたグリューネルトの表情は晴れることはなく。


「はい。吉報をお待ちしております」


 何か苦いものを飲み下すような口調。

 彼女の端正な指先が掌に食い込むほどに強く握られていた。



 ☆



『奈落』との決戦に向けて、帝都はにわかに活気づく。

 これまで中央に張り付けられていた兵士たちの半数以上が、

 レオンハルトの指揮(実際に指揮するのはルドルフ)のもと南部に向かうために、

 軍だけでなく官も民も走り回って、急速に体勢が固められてゆく。


 南部からの避難民によって水面下で広げられていた、

 正体不明の化け物『奈落』の噂は、今や帝都の民にまで影を落としていたが、

 レオが肩に乗せている純白の『守護者』の存在は、その不穏な気配を払しょくするに十分なもので、

 彼らの活力が乗り移ったかのように、実際に『奈落』と対峙するであろう軍の気勢も増してゆく。


 中央軍の大半が南部に移動するという大胆な展開が可能になった件については、

 錬金術士とエルフの薬師の協力によって、皇帝陛下の容態が安定してきているという点も大きい。

 今すぐに回復するということはなさそうだが、

 少なくとも早々に命が失われるという危険な状態は脱したというのが、

 陛下に関わる衆目の一致するところ。


 夏を過ぎ秋の気配を感じる頃、

 レオンハルトの号令のもと、『奈落』討伐の南征部隊が帝都を出撃した。

 その中にオレやグリューネルトも混ざって移動することとなった。

 先行して南部諸侯と合流してはどうかという話もあるにはあったのだが、

 帝国を影から騒がしているダークエルフの襲撃を警戒して、この案は見送られた。

 そして――


「ステラ様、申し訳ございませんが……」


「またか……」


 前を行く部隊から駆けつけてきた兵士に呼び出され、

 馬に乗って追いかけてみれば、

 武装した兵士たちに囲まれた魔物の姿がそこにある。


「ステラ=アルハザート?」


 今回は森の賢人との異名をとるハイパーエイプだった。

 見た目はただのゴリラだが、人語を巧みに使いこなす魔物で、

 森に住まう魔物のうち、人間に敵対的でない者たちの代表となることが多い。

 

「オレがステラだが」


「おお、『竜の娘』」


 両手を掲げて喜びの意を示すゴリラ。


――誰が娘だ。


『このような娘を持った覚えはない』


 などという二人の内心を表に出すことはなく、


「アンタらもあれか、『奈落』の……」


「いかにも」


 ゴリラが深々と頷く。

 

 これまで『奈落』の被害に遭ってきたのは人間ばかりだと思われていたのだが、これが大きな勘違い。

 草原から森から何から何まで食らいつくす『奈落』は、魔物たちにとっても危険な存在であることに変わりはない。


「あの黒い闇によって、我は同胞を失い、住み家を追われ……」


「……要するに、オレらとともに奴と戦いたいってのか?」


「いかにも」


――またかよ。


 南部に向けて出発してから、このゴリラのような魔物がしばしば顔を出す。

 コイツはまだ人語を介するだけマシな方で、

 一番最初に現れた巨大猪なんかは何が何やら訳がわからない有様だった。


 敵意はないが、こちらと一定の距離を置いて同じ方向に向かう魔物の群れ。

 その存在は勇猛なる帝国兵をもってして言い難い重圧を感じる代物で。

 猪軍団は、たまたま混ざっていた意思疎通可能な魔物――そのときはフェアリーだった――の通訳により、

 ようやく目的が明らかになったわけ。

 フェアリー自身は人間に友好的だが、猪は思いっきり敵対種族であるからして、

 この小さな通訳人が出てきてくれなかったら、打倒『奈落』の前哨戦として衝突していたかもしれない。


「一緒に戦ってくれるのはありがたいが……」


 召喚術士はともかく、普通の人間は魔物とは相いれない。

 ……参陣してるほかの貴族たちもオレをおかしな目で見てくるのは気のせい。


「無理は承知の上であれば」


 オレと契約し、下僕となることもいとわない。

 ゴリラはそう続けた。


――またかよ。


 どいつもこいつも同じこと言いやがって。


「そんな簡単に自分の運命を他人にゆだねるのはどうかと思うぞ」


 オレは一体何を言っているのか?

 魔物相手に道理を説いているさまは、客観的に見てちょっと引く。


「構わぬ。彼奴に一矢報いることができるのであれば」


 そしてここまで現れた魔物同様、その決心は堅く。

 頑なな魔物の態度に溜め息ひとつ。


「……契約はしない」


「しかし……」


「揉め事を起こさないという条件を飲んでくれるなら、アイツらと一緒に行動してくれ」


 先に合流した魔物の一団の方を指させば、

 猪の背に乗った人影が栗色のポニーテールを揺らし何か叫んでいる。


――残念だが……この距離では何も見えない、聞こえない。


 テニアの訴えをスルーしてゴリラに向き合う。


「……よいのか?」


「別にいいよ」


「本当に良いのか?」


「いいっつってんだろ」


 ほれ、さっさと行ったと手で合図すれば、

 ゴリラは顔に疑念を滲ませながらも魔物の群れに加わってゆく。


「よろしいのですか?」


 付き従っていた兵士からも同様の声が上がるが、


「『守護者』がいいって言ってんだから、大丈夫だって」


 ということになっている。

 一応『守護者』本人にも名前を使う許可は頂いているので問題ない。


「人と魔物が種族の垣根を超えて手を取り合う。いい話じゃないか」


「はぁ……」


 何度も繰り返された問答だが、兵士たちは納得できない様子。


『別に契約しても構わんと思うのだが』


 胸中のエオルディアもそう口を挟んでくるが、


――足元を見るのは嫌なんだよ。


 逆の立場で考えてみろよ。

 同じ敵と戦う同志のはずなのに、一方がもう片方の奴隷になるだなんて、

 想像しただけでウンザリだぜ。

 それに――


「こういう戦いの方が盛り上がるってもんさ」


 新帝レオンハルト伝説の第一章ってな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ