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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第38話 帝国の守護者 その3

『守護者』の言葉に広間が静まり返る。


「次の皇帝を……決める?」


 いずれかの騎士が口にした言葉が、場の一同に重くのしかかる。


『契約者よ』


――なんだ?


 胸をトントンと人差し指で叩きながら、

 魂に住まうエオルディアの問いを促す。


『うむ。彼の鳥はあのように申しておるが、人の王とはいかにして決めるものであるのだ?』


――どうやってって言われてもな……


 普通に考えれば、後継者を定めるのは皇帝陛下の心ひとつ。

 実際には四大公爵家ほか貴族、聖教会そして軍の意向がある程度は関わってくるだろうが、

 それでも表向きは皇帝位とは皇帝から譲られるもの。

 少なくとも今この場にいる人間は、誰一人としてその中に含まれていない。


「ここでオレ達が勝手に決めちまっても、他の連中から反対されたらどうすんだよ?」


「知らぬ」


「おい!」


 本来ならば『帝国の守護者』と契約を結ぶのは皇帝と決まっている。

 この大原則を破ることは認められない。

 故に『守護者』の力を得た者は必ず時代の皇帝となるべし。

 人間の反対意見など一顧だにする必要なし。


『道理であるな』


 エオルディアにしても同じ立場に立たされれば、

 同じ回答を述べたはずと胸の中でうなずく。


――強い魔物ってのはどいつもこいつも……


 もはや語るべき言葉は無しと言わんばかりに、

 近くの岩場に降り立って毛づくろいを始める白フクロウ。


「しかし、いったいどうやって決めればよいのだ?」


「……長子が父の後を継ぐのが一般的だとは思うが」


「馬鹿馬鹿しい、皇帝位をそこいらの平民と同じに考えてもらっては困る」


 自分で言っておいて何だが、これはヴァイスハイトの言い分に理がある。

 長子相続が定着していればそもそも後継者争いなど起こるはずもなく、

 しかし歴史書を紐解くまでもなく、人間の歴史に現れる国はどこもかしこも次代を決める争いには事欠かない。

 国家規模の集団の長ともなれば、ただ一番最初に生まれてきたからなどという理由は通らない。


「じゃあ、どうすんだよ?」


 ここにいる誰もが、どちらか二人の皇子の陣営に参加している。

 例えどのような方法をとるにせよ、

 皇帝を決めろと言われれば、自分が推している人物を選ぶことになるだろう。


「多数決……でしょうか?」


 などとグリューネルトが口にするが、

 

「馬鹿馬鹿しい。聖域を土足で踏みにじった輩をかき集めたところで何とする?」


 ヴァイスハイトが嗤う。

 二人の皇子は霊峰に挑む初期段階にあっては、

 守護者の宸襟を騒がせぬよう随行者を絞っていた。

 それを後から追いかけて合流した者がいる分、

 多数決を採るならばレオンハルトが有利になる。

 当然、ヴァイスハイトとしては受け入れられない。

 しかも、それを後追いでやってきたグリューネルトが発案するなど、

 もっての外と言ったところか。


「だったらどうする? 皇子二人で殴り合って決めるなんてのは無しだぜ?」


「オレはそれでも構わないがな。アルハザート」


『二つの派閥が揉めたなら、互いの長が喧嘩して決めろ』なんて言うことがあるけど、

 これは絶対に受け付けられない。

 何しろレオンハルトは山に登るだけで頑張ったと皆に褒められるほどの運動音痴。

 武勇に秀でるヴァイスハイト相手には勝ち目はない。


「その線で押すなら、互いの随行を含めた全員で勝負だな」


 単純な武力だけでなく人を引き付ける魅力まで加味して団体戦はどうか。

 ヴァイスハイトは首を横に振った。

 まあそうだろうな。実質的な多数決だし。

 

 互いに自分の神輿が有利になる案ばかりを出して、

 そして相手に否定される。

 しばらくの間、そんな応酬が繰り広げられた。

 

――ここでひとつ勝負に出てみるか?


 チラリとレオに視線を投げてみると、

 こちらの顔を見て頷いてくる。


――よし、行くか!


 大きく息を吸い、声を出す。

 握りしめた手は震えている。


「あ、その前に聞いときたいんだけど」


 こっくりこっくり揺れている白フクロウに問う。

 これまでの話とは無関係を装って。


「いかがした?」


「ああ、ここに来る途中でケルベロスに襲われたんだが」


 この山は魔界にでも繋がっているのか。

 そう続けようとして、口が動かなくなった。

『守護者』の圧力が強まっている!


「人の王より預かりし我が領域に、左様な魔物がいたと申すか!?」


「ああ。幸いこっちにけが人はなかったがな」


『万象の書』から『証』を一つ抜き出して掲げる。

 今は灰色にくすんでいるそこに描かれているのは、

 登山行で襲われた三つ首の魔犬ケルベロスに他ならない。


 ぱたぱたとこちらに近づいて証を見つめる守護者。


「我は知らぬ。そのような穴を見た覚えもない」


――本来ならば、コイツはここにいるはずなかったってことか。


 であれば、答えは一つ。


「ということは、誰かがコイツを召喚してオレ達を襲わせたってことか?」


 大げさに芝居してみせるが、これは相当な大事だ。

 オレやグリューネルトを襲うのならともかく、

 レオンハルトを襲うのは皇族に対する暗殺未遂が適用される。

 帝国法に則るならば――死刑に相当する大罪だ。


「あら……ステラ=アルハザートさまは私を疑っておいでかしら?」


 ヴァイスハイトの隣に佇んでいたマリエル=スィールハーツが、

 微かな笑みを含んだ表情で問うてくる。


「今この霊峰にオレ達以外の召喚術士がいるって可能性もあるぜ」


 どちらの皇子にも属さない第三勢力の存在をにおわせる。

 まぁ、口だけだが。

 守護者の言葉を信じるならば、マリエルは限りなく黒に近い灰色だ。

 澄ました顔してとんでもないことを実行に移す危険人物と評価を改めねばなるまい。

 

「それは恐ろしゅうございますね」


 しかしマリエルの言葉は短く、表情にも変化はない。

 ヴァイスハイトも彼女に倣っている。


――う~ん、みんなの前で動揺してくれれば儲けもんだったんだがなぁ……


『それはあまりに早計ではないか?』


 エオルディアまで懐疑的なことを言う。


「ですが、そうおっしゃるならば……」


 笑みをたたえたままマリエルが言葉を紡ぐ。


「ステラ様が私たちに罪を着せるために謀っておられるという可能性もございますね?」


 優雅な態度を崩さないままに、こちらに逆撃を放ってくる。


「何でそんなことになるんだ?」


「だってそうでしょう。灰色になった『証』を掲げて証拠とおっしゃられても困ってしまいます」


 この女、オレが余所で召喚した魔物に襲われ撃退したという狂言で、

 ヴァイスハイトを陥れようとしているとでもいうつもりか!?


『ほら見ろ』


――なんだよ、その口ぶり。


『この手の語りに召喚術を用いるのはよくある話だ』


 長きにわたって人間社会を垣間見てきた翠竜的には、

 人類あるある案件とのこと。


――どいつもこいつも!


 ろくなことを考えやしないな、人間ってのは!

 召喚術士同士で睨み合い、不可視の火花を散らしていると、


「兄上、ここは帝国のために降りてはくれまいか?」


 ヴァイスハイトがたわけたことを言う。

 それができないから揉めているのだろうに。


「どういうつもりだい、ヴァイス?」


 疑いを隠すことなく問い返すレオ。


「見てのとおりだ。このままでは帝国の宝である召喚術士二人があらぬ疑いで相争うことになる」


 それは帝国にとって大きな損失。

 この事態を回避するためには穏便に次の皇帝を決める必要があるが、

 

「だったら君が退くんだ、ヴァイス」


 レオンハルトの強い声。

 思わずそちらに視線をやれば、

 今まで見たことも無いような険しい表情のレオがいる。


「今までさんざん君のわがままには手を焼かされてきたね」


 幼くして母を亡くしたレオと、

 母が皇后として健在であるヴァイスハイトは後ろ盾の力がまるで違う。

 腹違いの弟の横暴にもおのれを殺して我慢するしかなかった兄が、初めて牙をむく。


「ステラは怒ってくれているけれど、実は暗殺騒ぎは今回が初めてというワケでもない」


 ただ顔を伏せてじっと耐えるしかなかった。

 父親である皇帝ですら、積極的にレオを助けようとしないのだ。


「おい! 初耳だぞ、それ!」


「君に聞かせる話じゃないと思ったからね」


 黙ってた。

 そう儚く笑い、そして表情を一変させる。


「黙って聞いていれば、随分と好き勝手に言ってくれるね」


「なんだと?」


 訝しげな弟に兄は決然と語る。


「僕たちは確かにこの山でケルベロスに襲われた」


 有耶無耶になろうとしていた事案を改めて断言する。


「それを疑うことは認めない」


「あら、レオンハルトさままで……おお恐い」


 マリエルは恐ろしいモノを見たように怯え、

 ヴァイスハイトはその肩を抱く。


「兄上、オレの婚約者に対する侮辱は止めていただこう」


「これを侮辱というのなら、君も同罪だ」


 知らなかったではすまされない。


「皇族殺しの罪で二人とも死刑。残念ながら司法の出る幕はないよ」


 僕が訴え、ここにいる僕の随行者全員が証人となる。

 普段は穏やかなレオンハルトの、心の底から発された冷徹な声にゾッとした。

 

――コイツは、いったいどれほどの怒りを胸の内に沈めてきたのだろう……


「君が同じように僕を訴えることまでは否定しない」


 そうなったら互いの立場は同じ。

 後は力づくで決着をつけよう。


「ヴァイス、君が自分に都合のいい嘘をつくのは今に始まったことではないけれど」


 残念ながら今回が最期だ。

 凍り付いた表情のそこかしこから、マグマのごとき怒りを漏らし、

 第一皇子レオンハルトは宣言した。

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