表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
114/128

第36話 帝国の守護者 その1


 クロたちを加えて膨れ上がった一行は、山頂を目指してさらに歩みを進める。

 グリューネルトは騎士の背中から移動しヘルハウンドに腰かけたが、

 レオンハルトはあくまでも徒歩に拘った。

 曰く、


「『守護者』と対面するのに楽をするわけにはいかないから」


 とのこと。

 おかしなところで意地を張るものだと呆れたが、

 グリューネルトはレオと二人でヘルハウンドの背に乗りたかったようで、

 割と露骨に残念がっている。


――魔物に二人乗りしても全然ロマンチックにならないと思うがなぁ。


 しかも周りを騎士やら何やらが固めており、気の休まる暇もなかろうに。

 ひ弱なのか豪胆なのかわからん奴だ。

 最初はヘルハウンドを怖がっていたくせに、慣れてしまえば恐怖も吹き飛んだようで、

 二日に一度は必ず魔犬の世話になっている。あとの一日は護衛騎士の背中の上。


 人数が増えたことで旅の安全性は大幅に向上した。

 特に斥候役を務めるクロとテニアの存在が大きい。

 優れた五感で微細な違和感をキャッチするクロと、

 知識と経験をもとに状況を俯瞰的に把握するテニアのコンビは、

 探索行において相当有効なコンビであることが実証された形になる。

 まあ、実際にはあのケルベロス以降魔物の類に出会うことはなかったが。


「結局さ、あのケルベロスは何だったんだろうね?」


 近くに寄ってきたテニアが小声で尋ねてくる。

 聖域である霊峰ホルネスに突如として現れた地獄の番犬ケルベロス。

 クロによって撃退されオレの手札に加わり、

 治癒魔術を施して、現在は故郷の魔界に帰っている。


「わからん」


 オレとしてはそう答えざるを得ない。

 人間界と魔界が分かたれて既に久しく、

 ダンジョンを通じて迷い込んだ魔界の住人が、

 人里にひょっこり現れることはあるけれども、

 この辺りにダンジョンが生まれたという話は聞かされていない。


「ひょっとしてマリエルって娘が仕掛けてきたんじゃないの?」


 騒動を期待するような声でそんなことを囁いてくる。

 正直なところを言えば、オレもその可能性が一番高いと思う。

 召喚された魔物を縛る赤光い縛鎖は見えなかったが、

 あらかじめ召喚してこちらに向かわせ、遭遇する前に契約を解除すれば、

 あの時のような状況を作り出すことはできる。

 あまり近くで契約解除してしまうと自分が襲われるし、

 ギリギリまで契約し続けているとこちらに感知されてしまうという問題はあるけれど。


「だ~か~ら~、わかんねって言ってるだろ」


「ちぇ~、つまんないの」


 それでも、そのような推論を口にすることができないのは、

 これが真実であった場合、第二皇子の婚約者が第一皇子の抹殺を試みたという、

 恐ろしく血生臭い策謀の影響が計り知れないからだ。


 ことが露見すれば、本人だけでなくヴァイスハイトやスィールハーツまで累が及ぶ。

 第二皇子と帝国最大の貴族たちが粛清され、帝国内部の権力構造が激変、

 下手をすれば隣国――特に聖王国――の干渉すら招く大事件に発展しかねない。


 皇位継承権レースの現状は皇后とその生家である最後の四大公爵パルマール家という、

 非常に強力な後ろ盾を持つヴァイスハイトの方が有利と言われているのに、

 こんなところで杜撰な襲撃計画を立ててリスクを負うのは理屈に合わない。

 

「あのイヌ君がしゃべってくれれば一発なのにねぇ」


「それができたら苦労は要らんな」


 仮に人間と会話ができたとしても、今の契約者であるオレが言わせたとか何とかで、

 証言としてはあまり有効なものとはみなされないだろうけど。


「その話は今は置こう」


 杖を突きながらも自分の足で立って山を登っていたレオンハルトが話に加わってくる。


「今は帝国を蝕む『奈落』を撃退すること、そのために『守護者』の力を借りること」


 それだけを考えよう。

 自分が襲われたという可能性を否定できないにもかかわらず、

 レオンハルトの目線にブレはない。

 肉体的にはぜい弱でも、精神的にはタフな奴。

 こういうところをもっとアピールできればいいと思うのだけれど、

 残念ながら本人にその意思がない。

 奥ゆかしさは美点ではあるけれども、権力闘争においては弱点でもある。


――上手く行かないもんだな。


『そういうものだ』


 魂の中のエオルディアが知った風な口を利く。


――古王朝もこんな感じだったのか?


 トントンと胸を軽くたたいて聞いてみれば、


『我の知る限り、小さき者はいつも似たり寄ったりであるな』


 翠竜先生の歴史講義、身も蓋もなさすぎる。



 ☆



 人数が増えて大きく変わったことがもう一つ。

 具体的に言うと宿泊用の小屋での部屋割りだ。

 これまでどおり個室が二つに大部屋がひとつという構成に変わりはないが、

 何しろ頭数が増え過ぎた。


 男用の個室は皇子であるレオが一人で使い、

 女用の個室にはオレ、テニア、グリューネルトそしてクロが詰め込まれることに。

 当初はレオが大部屋に移り、女性陣が二部屋とも利用するべきではないかと、

 レオ本人から申し出があったが、これはほかの全員の猛反対を受けて撤回された。

 一応身分というものがある以上は仕方がない。

 皇子が部下と一緒に雑魚寝というわけにはいかんのですよ。


 クロは大部屋に泊まりたがっていたようだが、

 オレが相棒権限を振りかざし部屋に連れ込んだ。


「山の上って結構寒いよね」


「はぁ……クロフォード卿、暖かいですわ」


「吾輩とは一体……」


 朝晩かなり冷え込む山小屋で、貴重な暖房もとい相棒を誰が手放すというのだろう。

 ついでに女三人で抱き合えばさらに暖かく眠れるというもの。

 ここまで来て見栄を張っている場合ではないとも言う。


 霊峰を登ることさらに数日、いよいよ道が細くなり、

 これ以上の登頂は難しいと思われていた矢先に、


「あれ、洞窟?」


 露出した岩肌にぽっかり空いた入り口を先行していたテニアが発見。

 一同が集結したところで、さらに、


「ちょっと前に、中に人が入った感じなんだよね」


 そう言われて目を凝らすと、確かに人間の足跡らしきものや、

 不自然に折れ曲がった植物など痕跡がそこかしこに残っている。

 逆に、中から外に出た様子はないらしい。これはクロとテニアの弁。


「ヴァイスハイトたちだとすると、『守護者』はこの中ということになるのかな?」


「恐らくそうじゃないかと」


 テニアの答えを聞き、レオンハルトが中に入ることを宣言。


「ま、これ以上登れそうにないし、ここに入ってみるしかないわな」


「だよね~」



 ☆



 魔術を用いて杖の先端に明かりを灯し、

 テニアは荷物から松明を取り出して火をつける。

 グリューネルトは騎士の背から降り、

 一同は固まるように暗い洞窟の中を進む。


「声や音に注意してね。反響で向こうにこちらの位置を知らせちゃう」


「了解」


 声は小さく、ハンドサインを交えての進行。


「お嬢様、おつかまりください」


「わ、わたくしは何ともござ……キャッ!」


 湿り気を帯びた岩肌に足をとられて騎士の袖をつかむグリューネルト。

 レオンハルトは杖を突くのを止め、そろりそろりと歩みを進めている。

 全体的に速度を落としたまま暗闇の中を進むこと暫し――


「広間があるね」


「誰かいるか?」


 オレの問いにテニアが先行。

 しばらくの後に、


「いた。皇子様と女」


「……護衛は?」


「ごめん、こっちからだと見当たらない」


 それはおかしいのではないか。

 ヴァイスハイトとマリエルがいるのであれば、

 当然護衛の騎士たちが周りを固めているはずなのだが。


「……どういう状況だったんだ?」


「えっとね。二人が折り重なって倒れてた」


「なんだって!?」


 割り込んでくるレオンハルト。


「二人とも、大丈夫なのかい?」


「それは近づいてみないと何とも」


「……行ってみよう。反対意見は?」


 レオの即決に異論はなかった。

 奴らが罠を張っているのなら、

 ヴァイスハイトやマリエルが倒れているというのはおかしい。

 何かあったと考えた方がいいだろう。


「全員、一応いつでも戦える準備をしとけ」


「戦うって、どなたとですか?」


「まさか『守護者』が襲い掛かってきたりはしないよね?」


 グリューネルトとテニアの疑問は最もだが、


「最悪、その可能性もないとは言えない」


「おおう……」


 歴代の皇帝と契約し帝国を護る『守護者』といえば聞こえはよいが、

 実際のところ『万象の書』に縛られているのだとすると、

 必ずしも人間と友好的な存在とは限らない。


『契約者よ』


――わかってるよ、油断はしねぇ。


 正体不明という点では、南の『奈落』と大差ないかもしれない。

 今さらになってそこに気付いてももう遅いのだが、

 無警戒で飛び込むよりはマシだ。


「なんか、霧が出てきた?」


「そうか?」


 テニアの言葉どおり、ひんやりした空気に白い靄がかかっている。

 あくまで薄く、視界を遮るほどではないが――


「広場の方からだね」


「気づかれたかな」


 先ほどテニアが接近した時には何も起こらなかったのに、

 突如発生する不自然な自然現象。


「行くぞ。レオとグリューネルトをみんなで囲め」


 頷く騎士たち。

 しかし――


「ステラ、僕は」


「遊びじゃねぇんだ。現場の指示に従ってくれ」


「……わかった。ステラに任せるよ」


 逸るレオを押さえ、隊形を整えて広場に入る。

 そこには、テニアの言葉どおり折り重なって倒れている男女が二人。

 チラリと脇を見れば、死角となっていた壁際に護衛と思しき連中の姿。

 いずれも、気を失っている様子。

 そして――


「来たか、人間たちよ」


 声は、ヴァイスハイトとマリエルの上から響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ