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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第32話 帝国の聖域 その1


 帝国の聖域と呼ばれる霊峰ホルネスは、

 帝都よりさらに北の奥地に位置する高山である。

 周囲一帯は皇家の直轄領となっており、

 常日頃から精鋭部隊が駐屯し治安の維持に当たっている。

 出入りは厳しく制限されており、

 今回のような事態でなければ、オレ達が足を踏み入れることはなかっただろう。


 夏を過ぎ、秋も深まってきたこの季節、

 頂上付近には雪が積もっていてもおかしくない。

 そう考え準備を整えて帝都を出発したオレ達だが、

 直轄領に入って一行はさらに進み、

 ようやくたどり着いた皇家の別荘地で目にした奥の山々は、

 すでにうっすらと白いものが降り積もっていた。

 予想どおりとはいえ、これからの旅路が厳しいものになることは間違いない。


「……寒いわけだ」


 普段のより厚着の衣装を身繕い、

 防寒マントに身を包んでなお寒い。

 山の入り口でこれなのだ。

 下からでは雲に隠れて窺い知ることのできない、

 山の頂上あたりがどうなってるのか見当もつかない。


 随分と急な出発だとは思ったものの、

 この光景を見る限りでは、あまりゆっくりしていると、

 雪が融けるまでふもとで待たされることになるところだった。

 ……南部には、おそらくその余裕はないだろうが。


 両手を口に寄せて息を吹きかける。

 何度も手をこすりつけて少しでも暖をとろうとしても、

 その程度では何の役にも立ちはしない。

 今までの旅路を思い出しても、ここまでの寒冷地には足を踏み入れた覚えがない。


「ステラ、大丈夫かい?」


「それはこっちの台詞だ」


 ここ皇家の別荘まで馬車で同乗してきたレオンハルトに応える。

 年間通じて冷涼な気候のこの辺りには、

 皇家のみなさま方の避暑地として別荘が用意されている。


 普段活用されるのは夏場のみだが、

 別荘そのものは、長年皇家に仕えている老夫婦を始め、

 特に忠誠心の厚い者が集められて、一年を通じて維持管理が行われている。


 その別荘の管理人たちに聞いたところによると、

 数日前にヴァイスハイト一行もここを訪れ、

 霊峰に向けて旅立ったという。

 帝都出発の遅れが響いている。


「ヴァイスハイトたちも無事だといいんだけど」


 などとのんきなことを宣うレオ。


「弟の前にお前は自分の心配をしろ」


「手厳しいなあ」


 ハハハと笑うレオンハルトだったが、

 周囲を固める騎士たちの顔は浮かない。

 もともと文官肌のレオンハルト第一皇子、

 馬車酔いするわ、ろくに動いてもいないくせに筋肉痛に襲われるわで、

 ここにたどり着くまでに『お前はお嬢様か!』と突っ込みたくなること数回。

 コイツを連れて山に登るという荒行を思えば、

 みなの沈痛な表情にも納得がいくというもの。


 幸いここまでは道が整備されていたから馬車で乗りつけることができたが、

 舗装されていない霊峰ホルネス登山は自分たちの身体で勝負。

 守護者の足元ということもあり、脚代わりとは言え魔物を召喚して騒ぎ立てるのは避けたい。


――でも……ホントに大丈夫か、コイツ……


「まさか、ステラがこんなに逞しくなってるとは思わなかったよ」


「伊達に五年も旅してねーから」


『この雄の脆弱さは……うむ……』


 エオルディアまで呆れる始末である。

 コイツ結構言いたい放題なんだよな。


「なぁ、お前本気で登るのか?」


 帝都からの道程を想い、できれば翻意してくれていると助かるという一縷の望みは、


「ここまで来て手ぶらでは戻れないよ」


 という状況を自分で把握できているのかよくわからない答えに押しつぶされる。


「殿下、せめてしばらくお休みになり体力を取り戻しませんと」


 と勇気を出して口にするのは、

 近衛ではなくルドルフの旗下から派遣された騎士クロム。

 南方諸侯軍の陣地で別れてから音沙汰のなかった彼は、

 ダークエルフの魔の手を逃れ無事に帝都に帰還していた。


「……そうだね。ここまでみなにはさんざん迷惑をかけてきたし」


 これからも迷惑をかけることになるだろうから、

 今は少しでも体調を戻すことを考えよう。

 そう笑ってクロムの諫言を受け入れた。


『器は大きいのだが、なんとも残念な雄だ』


――同感だけど、あんまり言ってやるなよ。


『聞こえぬからよい』


 いや、オレに聞こえてるからな。



 ☆



 軽めの夕食をとり、早々に部屋に引っ込んだレオは置いといて、

 せっかく皇家の別荘に泊まっているのだからというワケで、

 備え付けられているワインと、酒の肴を用意してもらって、

 いつもより高級な晩酌を楽しむことにする。


 レオの許可は得ているからとほかの連中も誘ったのだけれど、

 揃いも揃って首を横に振りやがったので、

 自室にこもってひとり酒である。


「まったくどいつもこいつも、こんなクソ高い酒を飲む機会なんてそうそうあるもんじゃねえってのに」


 チーズを摘まみ、グラスに注いだ葡萄酒を流し込む。


「あーうま」


 残念なオレのボキャブラリィでは、あまり気の利いた表現はできない。

 グリューネルトやフェミリアーナあたりなら、

 もう少しマシな言葉を口にすることができるのだろうが。


『契約者よ、呑みすぎては明日からの登山に障る』


「この程度で、どうってことあるかよ! いやない!」


 ちょっと裏返った声で応じながら、

 空けたグラスに再び酒を注いでチーズを口に放り込む。

 酒とチーズの味が口の中で合わさって、

 互いを引き立て合いより一層の旨味を生み出してくる。


「……っともう空か」


 使用人を呼び、新しいワインを持ってくるように伝える。

 彼女が戻ってくるまでの間、別のグラスに魔術で真水を注いで喉を洗い流す。


「ふーっ」


 わずかに霞がかった頭が、清涼な水に押し流されて意識が覚醒。

 もう一度水を注いで、今度はちびちび飲むことにする。


「『帝国の守護者』か……」


 薄明りの中、独り言ちる。

 帝都出立までのわずかな時間で調べた限りでは、

 建国に関わる大戦で風を操り、初代皇帝を勝たせたという逸話があった。

 もしそれが本当ならば、南方を食いつくしたあの黒スライム――『奈落』と仮に名付けられた――との戦いに、

 多大な貢献が期待できるだろう。レオも、ルドルフも、そしてヴァイスハイトもその一点は同じ意見のようだ。


「なあ、お前『守護者』について何か知らないか?」


 胸の痣を叩きながら、古王朝時代より生き続ける翠竜に問う。


『風を操る魔物にもいくらかの種がいたはずだが、どの魔物を指しているのかまではわからぬ』


「そっかー」


『単純に魔術で風を扱うというのであれば、我でもある程度なら可能であるからして』


 風の専門家なのか、あるいは強力な魔物がたまたま風を操っただけなのか、

 それすらわからない。つまり正体は不明のまま。


「どうなるかは、やっぱ実際に相対してみないと何とも言えんか」


『そうであるな』


 いささか気だるげなエオルディアの声。


「なんか気になるのか?」


『いや、見知らぬ相手の領域にて初対面というのは不利ではないか?』


「それについては同感だけど、だからといってこっちに来てくれと頼める立場でもないしな」


『皇帝とやらの目覚めを待つわけにもいかん、か』


「そういうこと」


 帝国錬金術士団とエルフの薬師たちが協力して当たっている皇帝陛下の病。

 即座に死に至ることはなさそうだが、回復の兆しすら見えていないというのに、

 ただ待っているだけでは帝国は『奈落』に食いつくされてしまう。

 

「ヤバくなったら逃げるってことで、ここはひとつ」


『それもやむ無し』


「そういうこと」


 使用人がドアを叩く音。

 入るように指示すると、ドアが開き年配の女性がワインを抱えてこちらにやってくる。


「お嬢様、お酒はほどほどになさいませんと」


「言われなくてもわかってるよ」


 酒だけおいてとっとと立ち去るよう口にすると、

 何度もこちらの様子をうかがいながら部屋を去った。

 最後まで、オレに何か言いたげな風情を隠しきれないままに。


「それじゃもう一杯」


 グラスに注がれる美しい液体を眺めながら、


「クロやテニアにも飲ませてやりたいな」


 つい、そんな言葉が口から零れ落ちる。

 もう長い間、あの二人とは顔を合わせていない。

 ひとりで旅をしているときは気にもしなかったが、

 こうして別れてしまうと、一人ぼっちの夜がとても寂しい。


『契約者よ、あの雄も口にしていたが』


「わーってるよ、ったく」


 オレ達が帝都を立つのと同時に、レオの信頼厚い騎士がエルフの里に向かってくれた。

 目的はクロとテニアの様子伺いであり、オレのわがままであり、

 騎士としては何の名誉にもならない任務だった。

 それでもレオンハルトは命を下したし、騎士は受け入れた。

 これ以上グダグダ言うのは筋違いなのかもしれない。

 でも――


「理屈じゃねぇんだよな、こういうのは……」


 酒臭い息とともに、胸につかえていた重い不安を吐き出した。

 

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