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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第1章 辺境の召喚術士
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第10話 平穏への帰還 その5


「う~い、父ちゃん今帰ったにゃ~!」


 飲みすぎ喰いすぎで足元が怪しげだったクロを背負って自室に戻り、ドアを開ける。

 木製の壁は、今はともかく冬は少し寒い隙間風を感じる年代物。

 窓は立て付けが悪く、開けようとしたり風が吹くとギシギシと音を立てる。

 木製の寝台には、水差しと一輪の花が差し込まれた花瓶。

 ピンとシーツが張られ、整えられたベッド。 

 いささか使い古された様子はあるが、宿の主の心遣いを感じる一室。


 先ほど戻った際に端の方にまとめておいた荷物を確認し、

 背中のクロをベッドに降ろす。


「お前、結婚してたのか?」


「予行演習にゃ~」


 横になって『予行、よこ~』などと調子はずれの歌を歌い始めた黒猫に突っ込みを入れたいところだが、

 グネグネと身体を曲げながら、顔を洗う仕草があざとい。猫ムーブ超あざとい。

 

――疲れることを考えるのは止めよう。


 靴を脱いでベッドにダイブ。

 枕を引き寄せて、音を立てないように『本』を出す。


「ヘルハウンドが1、大蝙蝠は……ちっと集めすぎたか」


 先の黒蛇党やクロとの戦いでも活躍した、地獄の猟犬ヘルハウンド。

 今回の探索で相対した強敵であり、屈服させ支配することに成功した魔物。

 使い勝手の良さは実証済みで、今後の活躍が期待できるニューフェイスだ。


「うひひ……へへ……」


 鈍器級の分厚さを誇る『万象の書』のページをめくり、

 ああでもない、こうでもないと、手に入れた『証』を扱いやすいように並べなおす、この至福の時間。


 1ページに縦三横三の合計九枚収納可能。

 総ページ数は不明。数えれば数えるほど枚数が増えてゆく。

 重量はなく、持ち歩く必要もなく、望めば現れる便利な書物。

 しかし、しおりを挟んだりページに折り目を付ける事ができない不自由仕様。


 母親の腹からこの世に生まれ落ちたときから胸に抱える『万象の書』は、

 持ち主にしか触れることはできない。

 オレだけの『万象の書』、それはオレだけが知る、旅と戦いの記録でもある。


「お、ご主人の『本』にゃ~」


 左わきのあたりからグニグニと入り込んできて、胸元から顔を出す黒い毛玉。

 ……酒臭ぇ。

 ペラペラと捲られるページをしばらく眺めてからひと言。


「スカスカにゃ」


 ハッキリ言うな!


「これでも一人で頑張ってきたんだよ、クロ君」


 飛び出した頭に拳骨をグリグリ。

 にゃ、にゃ、にゃあ~と情けない声を上げるクロをしばらく弄っていると、


「これからは吾輩がいるから、もっとたくさん仲間が増やせるニャ!」


「期待してるぜ、ホント」


 割とマジでな!


「しからば吾輩そろそろお休みにゃ」


「寝るのなら足の方に行ってくれ」


 酒臭い息を吹きかけられながら寝るのは嫌だ。


「……蹴っ飛ばさないでくださいにゃ?」


 もぞもぞと足元に移動しながらそんなことを言う。


「そういうことは、足に聞いてくれ」



 ☆ 



『汝、万象を極めよ』


 現在の大陸最大の宗教、聖教に伝わる聖典の一小節。

 大陸における聖教と召喚術の全ては、ここに集約される。


 原初の時代――すなわち神代――では、

 天は竜族を頂点とする翼ある者たちの領域、

 地は様々な巨獣が跋扈する混沌の領域であったという。

 大気には今よりもはるかに濃密な魔力が満ち溢れていたそうだ。

 海は言わずもがな。

 重力の影響が緩い水中は、今でも陸よりも混沌としている。


 では人間は?

 ずばり神代にあって、人間とは虐げられし存在だった。

 矮小であり、特筆すべき力を持たず、文明と呼べるものもなく。

 魔力への親和性も他種族より低かったとされ、常に存続の危機にさらされていたと聖典に記されている。


『我が子よ。人間よ。汝、万象を極めよ』


 神はある時、日の当たらぬ闇に蠢く地虫のように、息を潜めるように暮らしていた人間たちを憐れんで己の力の一部を与えた。

 魔物を支配し、使役し、あるいは封印する力。すなわち召喚術を。


 力――万象の書――を与えられた者たちは召喚術士となり、

 人を率いて策を練り、天地の魔物たちとの闘争を開始した。

 その第一歩は実に些細なものだったという。

 そして永い永い時を経て、人間はあらゆる種族の頂点に到達。


 これによって神代は終わりをつげ、世界は人代――人間の時代――に移り変わったわけだ。



 ☆


「神様ってのは、何でこう極端から極端へ走るかねえ」


 聖教関係者が聞いたら卒倒しそうな言葉が漏れる。

 いや、でもさあ……

 ほかの種族のこと考えてやれよと突っ込んでやりたい。

 まぁ、聖典に記載されている内容がすべて真実とは限らないし、

 解釈間違いもあるだろうからして、おおむね話半分に聞いておくぐらいでちょうど良さそうではある。


『万象の書』を開き、収められている『証』に白い指をつつっと這わせる。

 不定形の魔物――スライム――が描かれた灰色のカード。


『万象の証』と呼ばれるカードは、生まれたばかりの状態では、何も記されていない『無地』のまま。

 手段は問わないが、魔物と契約すると『証』にその魔物の絵が記される。これが『絵付き』と呼ばれる状態。

『絵付き』の『証』のうち、魔力が充填されて召喚可能な物を『色付き』と呼び、

 召喚術を用いた後の、魔力を失った状態のものが『色なし』――例えば、このスライムの『証』である。


 一枚の『証』から召喚できる魔物は一匹。

 一枚の『証』から召喚できる魔物は一日一回。

 魔物を送り返した『証』は色を失い『万象の書』の中で力の充填を待つことになる。

『書』に戻さなければ、『証』の力も戻らない。

『色なし』の証が再び『色付き』に戻るまでの時間は、術士本人の能力と魔物の力に左右される。

 スライム程度の魔物なら、一晩眠れば元に戻るが、

 より上位の魔物――例えば、今回手に入れたヘルハウンドあたりは、

 今のオレの実力では、体感で数日かかると思われる。

 召喚術というものは、聖教で讃えられるほど万能な力ではないわけ。


 また、常にカードを『万象の書』に収めっぱなしにしておく必要はなく、

 あらかじめ何枚かの『色付き』を抜き出しておいて、

 手持ちしておく分には問題ない。

 ただし、本人からあまり離して保管することはできないけれど。


 だったらすべての証を抜き出しておけばいいんじゃないか、というのは素人考えというもので。

『万象の書』を開く間もないほどの即決即断が求められる状況にあっては、

 無限の選択肢なんてものは、むしろ邪魔にしかならない。

 今の自分の魔力量と、これから向かう目的地の状況、実際に召喚するシチュエーションをあらかじめ想定し、

 最低限必要と思われる『証』だけを手札にしておくのが、できる召喚術士のポイント。

 

――つーか、全部引っこ抜くくらいなら『万象の書』を呼ぶのとあんま変わらんしな。


 そして、手札だけでなく『万象の書』の中身も常に整理しておかなければならない。

 この『万象の書』、ページは無限に追加され、どれだけでも『証』を収納できるとはいえ、

 折り目もつかない、しおりも挟めないという仕様のせいで、常に狙ったページを開く事ができるわけではない。

 緊急事態を手札で対処したあとは、『万象の書』を呼び出しての戦闘になる。

 ここで望むページを開く事ができないのなら、せめて使用頻度の高い『証』をあらかじめ前の方に入れておいて、

 一ページ目から順番にめくっていく方が効率的。

 やはりここでも事前の準備が重要だ。 

 召喚術士にとっての戦いは、戦場に足を踏み入れる前から始まっているのだ。


 とまあ、そういうわけでカードの整理も大事なお仕事。

 ついでに用途のない『絵付き』のカードたち――オレのコレクション――を眺めすがめて、

 悦に浸るくらいは許されるだろう。

 ……あんまり他人に見せたい姿ではないという自覚はあるけれど。

 この楽しさは、同じ召喚術士でないと分かってもらえないと思うのだ。残念。



 ☆



 寝落ちする前に整理を終えて、虚空に『書』をしまう。

 誰も見ていない暗闇の中で、欠けゆく月のように口を歪ませて笑う。


 口には出さないけれど、今回の探索は久々の大当たりだった。

 新しく手に入れた『証』の数はそれほどでもないし、

 人狩りに襲われて余計な手間を掛けさせられたのは問題だが……


 今オレの足元で丸くなっていびきをかいているクロ。

 世界最強の座を目指す、黒いケットシ―。

 今まで求めてやまなかった、相棒。


 近接戦闘能力に欠けたオレと、遠距離戦闘能力に欠けたクロは、

 お互いに賭けた部分を補い合うことができる上に、

 互いの行動理念に齟齬が発生しない。


 先ほど語り合ったことは冗談ではなく、

 オレ一人で活動するよりもクロと組んだ方が、

 何かとやりやすくなることは間違いない。


「明日はまた仕事だ。そろそろ寝るか」


 枕に頭を埋め、クロを蹴り飛ばさないように足を端に寄せる。

 心地よい疲労と満足感の入り混じった感覚に沈み込むように、

 いつの間にか、意識は闇に融け込むように消えていった。

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