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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第30話 帝都再び その3


 ルドルフたちと会談を終え、以前寝泊まりしていた迎賓館に戻ってみると、

 そこはまるで先日と変わりないままに整えられていて、


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 何事も変わらぬ様子で老紳士が迎えてくれる。

 長旅に加え、軍の詰め所での話し合いも長引き、

 もうすっかり日は暮れていて、身体はクタクタ。


「ああ。飯はいいから休ませてくれ」


 あと、風呂の準備を頼む、と。


「かしこまりました」


 老紳士は一礼し、オレは前と同じ部屋で寝泊まりする旨告げられた。

 

 部屋に荷物を下ろし、用意させていた風呂で旅の汚れを洗い流し、

 もう限界とばかりに大きなベッドへダイビング。


「ふう……」


 久方ぶりの平穏、静かで安全な夜。

 綺麗なベッドに寝転んで、

 ふかふかの枕に埋めた頭の後ろで手を組んで、

 天井を眺めて溜め息ひとつ。

 

――ひとりだと、随分広いな……


 いつもなら枕元で丸くなっている相棒を想う。

 エルフの里を出て、もう大分経つ。


――アイツ、もう目を覚ましたかな?


――元気にやってるかな?


――長い間会ってない気がする……


――まさか……ダメだった、なんてことない……よな?


 オレ以外に誰もいない寝床は、寂しさとともに思考を不穏な方向に誘導してくる。


『契約者よ、落ち着くがよい』


――ああ、わかってるよ。でも……


 魂の中のエオルディアに窘められても、心が定まらない。

 窓から差し込む月明かりが、やけに気にかかる。


――アイツも、今こうして同じ月の光を見ているのだろうか?


 オレに与えられた使命は全うした。

 だったら、もうこの身は自由のはずだ。


「戻ろう、エルフの里へ」


 クロ(とテニア)が待っている、あの森へ。

 たった一人の広すぎる部屋の中、

 自然とそんな言葉が漏れ、頬を一筋の涙が流れ落ちた。



 ☆



「お嬢様、起きていらっしゃいますか」


 豪華なベッドに沈み込むように眠っていたところに、

 部屋の外から執事の声に起こされる。

 うっすらと目蓋を開けると、眩しい陽光が部屋に差し込んできている。


――もう朝か。


 昨晩は瞬く間に寝入ってしまったようだ。


「ああ、悪い。今起きた」


「実は……お嬢様にお客様が来ておられるのですが」


「……誰だ?」


「アルハザート公爵。お嬢様の実のお父上でございます」


「親父?」


――今さら何の用だ?


 名を挙げられて疑問がまず浮かぶ。

 前に帝都に戻ってきた日に屋敷でぶん投げてから、

 今日まで色々ありすぎたおかげで、

 存在そのものが記憶から抜け落ちてしまっていた。


「もう勘当されてるし、用はないから帰ってもらってくれ」


「お嬢様に用はなくとも、公爵様の方に何やら話があるようですが」


 食い下がる執事。

 帝国迎賓館の主とはいえ、公爵級の貴族を適当に追い払うことはできないか。


――チッ、めんどくせーな!


「わかった。会えばいいんだろ」


 用意が済むまで下で待っててもらってくれ。

 やむなく口にしたその言葉に満足したか、

 

「では、湯を用意させますので。しばしお待ちを」


 身づくろいの用意をするようほかの家人に声をかけながら、

 老年の執事は部屋の前を去っていった。


「はぁ、今さら親父が何なんだよ……ったく」


『契約者は本当に父親と仲が悪いな』


 何故だ、と問われても――


――さあ、そういう親子もいるだろ。


 と返すしかない。

 昨晩の内に出立の決意を固めていたというのに、

 目が覚めたらこんなことになっているとは。


「厄介なことにならなきゃいいけど」


 などと愚痴ってみても、絶対ろくなことにはならないと経験から予測せざるを得ない。

 面倒事はさっさと済ますに限る。

 部屋に入ってきたメイドを見ながら、そんなことが頭をよぎった。



 ☆



 面会室で久しぶりに顔を合わせた親父は渋面を造りっぱなしだった。

 自覚があるのかないのかはともかく、周囲を威嚇する姿は以前と変わらず。

 朝からこんなで疲れないのかねぇと、口には出さず嘆息する。


「私に無礼を働いたことは許そう」


 挨拶すらなく開口一番飛び出した言葉がコレ。

 なんかもう、この時点で顔を合わせたことを激しく後悔したくなる。


「こっちは忙しい。用がないなら帰れ」


「貴様……相も変わらずその態度、親に対して不敬とは思わぬのか」


「アンタこそ、朝も早よから押しかけて娘を威嚇して楽しいのか」


 親父のこめかみがヒクヒクと痙攣している。

 この男は、本来ならば朝から誰かのところに出向くような人間ではない。

 それは性格だけでなく自身の階級――公爵家当主――による部分が大きいけれど。

 

「まあよい。貴様に新たなる使命を下す」


「なんでてめーの言うことを聞かなきゃならんのだ」


 勝手に話を進めてもらっても困る。

 オレは早く森に帰りたいんだ。


「いちいち口答えをするな!」


 身を乗り出して手を上げたものの、

 先日投げ飛ばされた記憶がよぎったか、硬直。

 大きく息を吐き出して腰を下ろす。


「なぜおまえはそのように育ってしまったのだ……」


 両手で顔を覆い嘆く親父。


「ロクに顔も見せずに自分が育てたみたいな口ぶりはよせよ」


『契約者、言い方!』


「いずれにせよ、お前はこの使命を受けなければならない」


 溜め息をつきつつもテーブルに肘を下ろして腕を組み、

 これは決定事項だと断言する親父。


「受けるかどうかを決めるのはオレだ」


 勝手に既定事項にするなと釘を刺しておく。


『契約者よ……』


――何でお前がそんな声を上げるのか、それがわからない。


 思うに、エオルディアは『家族』に幻想を抱きすぎているのではなかろうか。

 うちに限らずテニアのように親殺しを実行する事例もあるのだ。

『家族』というものは常に円満なものとは限らないというのに。

 夢を見るのは止めないが、現実を見るのを止めてもらっても困る。

 ……この親父との関係修復なんて到底無理だろ。


「で、結局何なんだよ。話くらいは聞いてやる」


――魂の中の相棒に免じてな。


 内心は口には出さず、話の続きを促す。


「貴様は昨日ルドルフより話を聞いているはずだが」


「何のことだ?」


 ルドルフとの話の内容は多岐にわたっている。

 その一言だけでは理解できるはずがない。


「『帝国の守護者』について」


「お伽噺の奴か?」


 ギリギリと歯ぎしりしながら親父が語るには、

 軍の上層部では、南方の化け物を討つために『守護者』の力を借りるのは決定事項になっているらしい。

 そして皇帝陛下の病状が回復するのを待つ余裕はない、というところまでが共通認識。

 つまり誰かが霊峰に赴き『守護者』に直々にお願いに上がらないとならないわけだが、


――爺さんの話だと、どっちかの皇子ってことになってなかったか?


「それは聞いたけど、まさかオレにやらせようってんじゃなかろうな?」


「誰が貴様になど」


 唾を吐きそうな親父の態度は無視。


「この件は、皇位継承権にすら関わる問題。ゆえに――」


 どちらかの皇子が赴くべきだろうというところまで話はまとまっているのだが、


「今朝がた、ヴァイスハイト皇子が婚約者のマリエルを伴って帝都を出た」


「へぇ」


 軍も行政府も、ヴァイスハイトを次代の皇帝と認めるわけだ。

 しかし親父はここで首を横に振る。


「独断だ」


「え?」


 独断って、勝手に霊峰とやらに向けて出てったのか。

 他人のことは言えた筋ではないが、周りの人間は何やってたんだ?


「ゆえに貴様に命じるのは、レオンハルトさまの護衛」


「レオの護衛? なんで?」


「レオンハルトさまもまた霊峰を目指す意思を固められたからに決まっておる」


「……この難局に、皇子が二人とも帝都を離れて大丈夫なのかよ?」


 オレの問いは無視して親父は語り続ける。


「我らアルハザートは以前よりレオンハルトさまと懇意にしてきたことは分かるな?」


「そりゃ娘を売りつけるぐらいにはな」


「皮肉はよせ」


 二人の皇子に保険を掛ける古狸のスィールハーツはともかくとして、


「当代のアルハザート家当主としては、あのお方に次代の皇帝になっていただかねばならぬのだ」


 そしてレオンハルト様が皇位に就いたとき、その隣にいるのがお前だと。


「何もかも好きに決めて自分勝手にふるまってさぁ」


 ガキかアンタは。

 そりゃ人生楽しそうだな。

 ま、オレにアンタの妄想に付き合ってやる義理は無いわけだが。

 こちらの言葉にピクピクととこめかみを滾らせる親父だが、


「ならば、貴様はヴァイスハイト皇子が次の皇帝になってもよいというのか?」


 歯ぎしりしつつ口から漏れたその問いは――


――あのヴァイスハイトが皇帝なぁ……


 直近の記憶は夜会でのひと時。

 傲慢な物言いといい、正直あまりいい印象はない。

 とはいえ、奴はレオの年下ということでいまだ十代。

 周りを大人が固めて皇帝として扱えば、

 多少はマシになるのではないかという気もする。


 まともな大人が周囲にいれば、の話だが。

 ウチの親父みたいに自分の都合しか考えない権力欲の突っ張った奴や、

 スィールハーツみたいな他人の気持ちなんぞ知ったこっちゃないってのを見てるとなぁ。

 ヴァイスハイトに非がないにしても、皇帝向きの人物かといわれると首をかしげるわけだし。


「とにかく、皇位継承権はともかくレオンハルト様はもう出立の意向を固めている」


 その上でお前を同行者として指名してきているのだ。

 反論は許さん。

 貴様はこの五年の罪をそそぐべく、殿下に帯同し尽くすがよい。

 そう言い残して親父は荒々しい足取りで部屋を去る。


「こっちの話なんぞ聞きゃしねぇ」


 一刻も早くクロたちに会いたいのに。

 しかしその一方で、このままレオンハルトを霊峰に向かわせるのはどうかと自問する。

 そして、レオを放って森に帰ったとしてクロが喜ぶかどうか……


「クソッ、どいつもこいつも……」


『契約者……』


 エオルディアの気づかわしげな声が胸に響いた。

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