第28話 帝都再び その1
「見えた、帝都だ!」
視界に映った光景に、思わず御者台から立ち上がって叫ぶ。
勢いがつきすぎていたせいで、馬車から落っこちそうになったところを、
御者代わりを務めていた騎士に支えられて、あわてて座り直す。
サスカス領を出てから二十日と少し、
当初の予定よりもかなり遅れての到着となったが、
脱落者なしでここまで来られたのは僥倖といってもよかろう。
懸念していたダークエルフの奇襲は一度だけあったものの、
非戦闘員は頑丈な馬車に守られ、
サスカス伯爵が手配した精強な騎士が周りを固め、
弓の得意なエルフと、精霊術に長ける族長の孫、
そして召喚術士のオレがまとまって見晴らしの良い街道を通っていたおかげか、
最初の襲撃で数人討ち取られて撤退した後は、
こちらを追跡してくる様子もない。
「ダークエルフの人数はさほどでもないのかもしれませんな」
とはグリューネルトの護衛騎士の弁。
南方諸侯軍と帝都の連絡を絶ち切っていた形跡があったり、
森での包囲襲撃のおかげでかなり警戒していたが、
エルフの族長が『ダークエルフは虐げられていた種族』というようなことを口にしていたのを思い出す。
もしダークエルフの生殖能力がエルフと同程度で、
エルフよりも危機的状況を強いられていたのなら、
襲撃部隊というよりはダークエルフという種そのものが、
もともとあまり数がいないのかもしれない。
――案外向こうも余裕はないのかもな。
敵対してくる連中の事情を斟酌してやるつもりはない。
種族として追い詰められているのなら、
逆に何を仕掛けてくるか分かったものではない。
それこそ、追いつめられたネズミの例えのように。
☆
帝都の第一門に近づくにつれて、向こうの方が慌ただしい気配を発しているのが見て取れた。
「何かあったか?」
「……我々のせいでしょう」
似たようなことがどこかであったような気がする。
何をいまさらといわんばかりの騎士の言だが、
言われてみると確かにかなり物騒な集団だな、と我が事ながら納得せざるをえない。
ここまで訪れた街で特に何も言われなかったのは、
サスカス伯爵が召喚術ネットワークを用いて、
あらかじめ領主たちに働きかけてくれていたおかげと聞いた。
親馬鹿もここまで行くと見事という他ないが、
どうやら召喚術士が少ない帝都外延部にまでは手が回らなかった模様。
門にたどり着くころには武装した部隊が門前に展開しており、
すわ戦かと言わんばかりの物々しい雰囲気を醸し出していた。
あからさまにこちらを警戒しながら武器を構えて近づいてきた騎兵に、
「こちらサスカス伯爵家のグリューネルトと、召喚術士のステラだ」
ルドルフ将軍から承っていた使命を果たし、帝都に戻ってきた。
至急将軍に面会を請う、などと説明してみても信じてもらえないので、
騎士の目の前でヘルハウンドを呼び出してみる。
「グルルルル~~~、バウッ!」
「ヒ、ヒィッ」
まだ顔に幼さの残る騎士が喉を引き攣らせて落馬しかけたが、
オレと同年代の女の召喚術士などそうそういるわけでもないので、
身分照会の手間は省け、将軍に確認の早馬が飛ばされる。
一行は門の外で待機させられたが。理不尽。
「納得いかねぇ」
「……あなた、今までこんな無法を通してきたの?」
「手っ取り早くていいだろうが」
「わかりやすければいい、と言うものでもないでしょうに!」
呆れるグリューネルトの声。
オレ達の身元を明らかにするなら、
馬車に刻まれているサスカス家の家紋を改めさせればよかったとぼやく。
そんなことは言われなくともわかっていたし、
遠目からでも一目瞭然のことをわざわざ改めに来やがったから、
面倒な手続きを省略したかっただけなのに、
ここまで言われてしまうとは。解せぬ。
「ルドルフ将軍より伝言です。みなさま、軍の詰め所までご同行願います」
「あいよ」
騎士の言葉に従い、ルドルフのもとに向かう。
なぜか第一門から数名の騎士が同行したうえに、
彼らの武器がこちらを向いているような気がする。
……ついでに言えば囲まれている。
「ひょっとしてオレら、警戒されてる?」
「ガウッ!」
『契約者はもう少し周囲を顧みるべきではなかろうか』
おかしい、魔物たちにまで説教されている。
『苛立っているのか? 性急に事を運び過ぎだ』
エオルディアの声に首をかしげる。
……そんなにか?
自覚はないが、そうかもしれない。
☆
「いや~、待たせたのうお嬢さん方」
詰所の待合室に放り込まれてから数時間の後、
部屋に入ってくるなり、白髪頭を掻いて謝る老将軍。
帝都に到着したのは昼過ぎだったが、
今はもう日は暮れて夜の気配が見えている。
施設のあちこちに明かりが灯されているおかげで暗さは感じないが、
気のせいか前よりも多くの人間が時間の割に行きかっているように見受けられる。
「オレ等はいいから、エルフたちをどうにかしてやってくれ」
人間社会、それも帝都の慣例に慣れているオレやグリューネルトとその護衛はともかく、
森から出たばかりで街のやり方を知らないエルフたちにとっては、
追っ手を警戒しながらようやく帝都にたどり着いてみれば、いきなり兵士に囲まれ、
挙句、詰め所に放り込まれるというのは、相当なストレスを感じるかもしれない。
現に、一緒に席を囲んでいる老薬師はともかく、族長の孫はかなり苛立たしげだ。
『ほとんど契約者の問題のような』
――気はしないな。
「ああ、となりで待ってもらっとるエルフの方々には食事と酒を用意させていただいた」
「あっそ」
「ステラ嬢ちゃんの犬っころにも、肉食ってもらっとるからな」
万が一のことを考えて召喚しっぱなしにしておいたヘルハウンドの方にも、
ここに来るまでに手を回しているとのこと。
族長の孫が立ち上がり、ルドルフに一礼。
「自分は、エルフ族の長に連なるスフィードと申す者」
この度は長に代わって貴国の皇帝陛下の病身を見舞いに訪ねた者だ。
薬師も連れて参った故、どうか自由に使ってやっていただきたい。
――コイツ……
何だろう、この上から目線。
エルフ族大変だな、と薬師の方に目をやれば、
穏やかそうに見える表情を浮かべたままこめかみをヒクつかせている。
――エルフ族の内輪もめに加わるのはよそう。
内心でそう誓っていると、薬師の方でも、
「長から話は伺っております。大恩ある皇帝陛下のため、ぜひ協力させていただきたく」
深く深く頭を下げる。
その様を目を細めて眺めたルドルフは、
「エルフ族との長年の友好と深い厚意に甘えさせていただきますぞ」
と、外に待たせていた騎士を呼び、エルフたちを部屋から退出させる。
ダークエルフの追っ手を逃れるために手を取り合ってきた仲だが、
ここから先は別行動。ともに帝国の危機に立ち向かうという点では同じだけど。
騎士に釣れられてエルフたちが去った後、改めてこちらに向き直ったルドルフは、
「二人ともありがとうの。本当に助かったわい」
好々爺めいた笑みを湛えてこちらに礼を述べる。
「いえ、わたくしは――」
「まぁな。グリューネルトがエルフを説得してくれて手間が省けた」
「ステラ=アルハザート!?」
グリューネルトは何か言いたげに強く拳を握りしめていたが、
帝国の宿将たるルドルフの前で声を荒げるわけにもいかず、
何か言いかけては止める、の繰り返し。
「サスカス家の献身は、必ずや皇家の方々にお伝えするぞい」
いずれ感謝の礼状がしたためられるだろうと。
直々にお渡しすることになるかもしれないので、その心づもりをと。
「そ、それは光栄ですが、その……」
「何かありましたかのう?」
「いえ……何でもございません」
うんうんと頷くルドルフ。
「とまれ長旅お疲れ様じゃ。今日のところはゆっくりと休まれるがよかろう」
とグリューネルトに退出を促す。
「ステラ=アルハザートは?」
「オレはもうちょっと話していくことがある」
「それは、わたくしの前ではできないことなのかしら?」
あからさまに不機嫌な顔。
「てゆーか、お前は部下をもうちょっと労ってやれ」
いつまでも待たせてばっかりだと愛想をつかされるぞ。
エルフの森への出立から同行している連中は、
もう相当な期間、気を張りっぱなしになっているはずだ。
「そ、そんなこと貴女に言われる筋合いはございません!」
プリプリと怒りながら結局部屋から出ていくグリューネルト。
その背中を見送りながら――
「ちと言い過ぎではないかの?」
「そうか?」
「ふむ……嬢ちゃん、何をカリカリしとるんじゃ?」
一緒にいた二人がおらんせいかの。
そんなことを口にしやがる。
「……変かな?」
『変だ』
エオルディアが間髪入れずに口を挟む。
――うるせー!
「ふむ……それでは此度の南方行について話を聞かせてくれるかの?」
「ああ」
あ、すまんガチっと待っとくれ。
口を開きかけたオレを遮り、
ルドルフは隣室に人を遣った。
「なんだよ、一体?」
「まあまあ」
冷めた湯で喉を潤しながら待つよう促される。
部屋を照らすロウソクがかすかな風に揺れるのを眺め、
言われるがままに待機すること暫し――
「……入ってもよろしいかな?」
聞き覚えのある声。
――誰だっけな……
喉元まで出かかっているのだが……
最近いろいろありすぎて記憶が上手く整理できていない。
……疲労もかなり溜まってるしなぁ。
「ああ、待たせてすまんかったのう」
ルドルフに促されるままに待合室に入ってきたのは、見覚えのある大柄の男。
そう、この人物は――