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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第27話 帝都への道 その3


 予想通りというところだが、街に入るまでは口うるさかった若いエルフたちも、

 いざ床に入ってみれば想像以上に自身が消耗していたことに気付かされたようで、

 翌朝の目覚めは非常に遅いものとなった。


「おはようございます、ステラ殿」


 いつもどおりに起きることができたのは、

 旅慣れているオレと、グリューネルトの護衛騎士たちぐらい。

 まあ、これが現実といったところだろう。


「ああ、おはよう」


 そちらの主の調子はどうだと尋ねてみれば、

 全身筋肉痛で起き上がることすらままならないとのこと。


「アイツ、どうやってエルフの里までたどり着いたんだ?」


「そこはまあ、我々がそれなりに」


 苦笑する壮年の騎士。

 

「それに、里を訪れた際には襲撃はありませんでしたので」


「そうなのか?」


「はい。ですので、今回実際に襲われて驚いているところです」


 帝国領の中でも他国に接しているわけでもない、

 長年の間帝国と誼を結び続けている妖精族の里への訪問。

 普段ナイフより重いものを持ったことがないお嬢様はともかく、

 騎士たちはそこまで危機感を覚えていなかったという。


「もしステラ殿が里に立ち寄ってくださらなければ――」


 自然と騎士の口が重くなる。

 正体不明の集団――ダークエルフ――に襲われて、

 躯を森に晒していたかもしれない。

 そうなれば皇帝陛下のもとにエルフの薬は届かず帝都は崩壊、

 帝国とエルフの関係は悪化し、最悪戦になるか、

 あるいは自治を認めていた過去の取り決めが破棄されたかもしれない。


「オイオイ……」


 皇帝陛下の病と南方に現れた黒スライムのせいで危機感が麻痺していたらしい。

 この一件だけでも既にかなりの大事である。


「でも……何で奴らは今回だけ襲ってきたんだ?」


 という疑問が湧くのが当然の流れ。

 騎士の方も髭を擦りながら首をかしげている。

 

「……ダークエルフの意図が読めないな」


「はい」


 グリューネルトたちをスルーしておいて、

 オレ達が里に入るときには妨害する。

 そしてまとめて結界を出て帝都に向かおうとするとまた襲撃。

 襲撃中も特定の誰かを狙ったり狙わなかったりといった作為は感じなかった。


「ここから帝都まで十日以上かかるわけだが」


 襲撃はあると思うか?

 そう尋ねてみれば、


「可能性は低くはないと思われます」


 ですので、お嬢様の護衛を増員し、

 こちらと引き続き連携して帝都に向かいたいと。


「それはこちらも願ったりかなったりだが、いいのか?」


 領主であるサスカス伯爵は娘の帝都行に反対している。

 無論グリューネルトは父に反発するだろう。

 出発予定は明日だから、今日中に話をつけなければならないはず。

 たとえ話がこじれたとしても、いつまでも待ち続けるわけにもいかない現状だ。


「大丈夫でしょう」


 長年グリューネルトを見守ってきたという騎士は笑う。


「毎度のことですので」



 ☆



「わたくしを置いて行こうだなんて、考えていたわけではないでしょうね?」


 翌朝、出発に向けて準備を整えているところに掛けられたグリューネルトの声。

 振り向けば、先日までの旅装とは異なりドレスを身に纏っている。

 動きやすいものを選んではいるようだが、

 いちいち着替えるの面倒くさそうだな、とも思う。

 

――護衛のみなさま、ご苦労さん。


「……お前、大丈夫なのか?」


「心配無用です」


 父は説得いたしました。

 自慢の金髪をかき上げ、胸を張って笑う。


「いや、筋肉痛」


「ヒギィッ!?」


 ツンツンと肩を軽くつついてみると、

 おかしな悲鳴を上げて硬直する。


「ほんっとうに大丈夫なんだな?」


 念のために再度確認。

 コイツの状態がどれほどのものであっても、

 ここから帝都までは、まともに休息が取れるとは限らないのだから。


「む、むろんです。このグリューネルト=サスカスに二言はあり、ありませんわ……」


 目の淵に涙をたたえながら、それでも引く様子は見せない。

 そんな有様を目をすぼめて眺めていると、


『毎度のことですので』


 昨日騎士がしみじみと語っていた姿が思い出される。

 あの温厚篤実を絵にかいたような伯爵では、

 この貴族のお嬢様を絵にかいたような娘に口では勝てなかった模様。


「……まあ、お前が引き受けた依頼なんだから、最後までやり遂げるのが筋だとは思うしな」


「当然です!」


 逆にそちらこそ大丈夫かしら?

 何故かこちらが心配された。


「少なくともお前よりは問題ない」


「そうかしら? いつものお仲間がおられなくて寂しい思いをしているのではなくって?」


「あのな……」


 これだけ大人数での移動のさなかに、寂しいなんてこと考えるわけないだろうが。

 ガキじゃあるまいし、もともとは一人旅だった時期もあるのだぜ。


「そう……少し意外ね」


「何が?」


「かつてのあなたは、たとえレオンハルトさまやわたくしたちが傍にいても、いつも寂しげでしたのに」


「ハァ!? 何言ってんのお前」


 初耳すぎて驚きなんですけど!


「あら、無自覚でしたの?」


 図星でしたら申し訳ありませんでしたわ。

 グリューネルトはさらに余計な言葉をくっつけてくる。


「おい」


「それではわたくし用意がございますので、これで」


 こちらの呼び止める声も聞かず、油を差していないブリキ人形じみた動きで歩き去るグリューネルト。


「寂しいって、そんなこと……」


『別に取り繕う必要はなかろうに』


――んなこと考えてねーよ!


『なら堂々としておればよかろう』


 大将たるものが浮足立っていれば、配下の士気にかかわる。

 ここから帝都とやらまでみなを導くのは汝であれば、

 あの娘に言われるまでもなく、気を引き締めねばならぬであろうに。


 欠伸混じりのエオルディアの声は緊張感に欠けてはいたが、

 グリューネルトと同様に、こちらの心の痛いところをついてきた。


――寂しい……のか? オレが?


 短くもない放浪で一人暮らしにも慣れたつもりだったが、

 自分でも自覚できない精神的失調があるとしたら、

 それはきっと致命的な場面で顔を出すだろう。

 

「本調子に戻ってる……わけでもないのか?」


 自分で自分がよくわからない。

 だが――今は立ち止まっている時ではない。


――余計なことを考えるのは、後回しだ。


「よし、いくか!」


 両手で頬を軽く挟むように張り、気合を入れなおす。

 ここから帝都まで、一瞬たりとも気は抜かねぇ。

 ばっちり仕事を片付けて、またエルフの里に戻ろう。

 そのころにはきっと――



 ☆



 翌朝、再び集結した部隊の中央に新たに坐する馬車。

 馬車というよりは戦車に近いのだろうか、

 明らかに戦場に踏み込むことを想定した、強固な面構えだ。

 中にグリューネルトとエルフの薬師が乗り込み、

 さらに周囲を馬に乗ったサスカス家の騎士たちが固める。

 普段は徒歩で行動するエルフたちも、

 薬師を除いては騎士と相乗りで馬に跨り、進行速度を上げていく。


「おお」


 わずか一日足らずでこれだけの手勢を用意してくれるとは、

 常日頃は温厚さを売りとしているサスカス伯だが、

 さすがに帝国の数多の貴族の中でも伯爵位を頂いているだけあって、

 それだけの人物ではないと覗わせてくる。


――戦力、あるじゃねーか。


「ステラ殿」


「サスカス伯、これは……」


「結局娘には勝てませんでした」


 あの情の強さはいったい誰に似たのやら、

 言葉は未練たっぷりだが、声色はやけに爽やかで。


「あの小さかったグリューネルトも、すっかり大人になったと思い知らされました」


 ですが、どうか油断はなさらぬよう。

 声を潜めて念を押してくる伯爵。


「話は伺っております。娘を無事に帝都までよろしくお願いいたします」


 と、騎士やエルフたちの見守る前で深々と頭を下げてくる。

 現在のオレの立場は微妙なところだが(勘当されたので平民扱いのはずが、誰もそうは見てくれない)、

 本来ならば伯爵級の貴族はそうそう軽々に誰かに首を垂れたりはしないものだ。


「お父様、みなの前です。おやめください!」

 

 馬車の中から抗議の声を上げるグリューネルトは黙殺。


「了解している。グリューネルトは絶対に傷一つなく帝都まで送り届けます」


 敬礼して御者席に乗り込む。

 ここもまた、普通の馬車とは異なり守りが堅い。

 サスカス伯爵は娘のために最大限の尽力をしてくれた模様。


「他のみんなもだ。襲撃の可能性は高いが、落伍者なしで帝都を目指す!」


 種族も目的も思想も違う連中だが、

 とりあえず今この場をしのぎ切るために、

 互いのわだかまりはここに置いて行く。


「開門せよ!」


 伯爵の命によって、城の裏門が開かれる。

 薄明るい早朝の街、その中央通りを突っ切って外門を越え、

 再び旅の空の下、北を目指す。


「帝都へ!」


「「「帝都へ!」」」


 号令と唱和が重なり、一団は一丸となってひた走る。

 重量のある馬車が大地を揺らし、馬群が土煙を上げる。

 どいつもこいつも今はとにかく前を向け。

 さあ、目指せ――


「「「「「「帝都へ!」」」」」」

次回より『帝都再び』となります。

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