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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第26話 帝都への道 その2


「お待たせいたしましたわ」


 疲労気味のグリューネルトに案内されて、サスカスの街に入る。

 倒れていないだけでも、相当気張っているのだろうけれど。


「いや~、今になって思うと結構悪かったな」


「もう少し早く気付いてほしかったですわね」


 グリューネルトが愚痴るのも無理はない。

 ここ最近きな臭くなってきた南部ではあるが、

 基本的に大陸最大の国家である帝国の伯爵領。


 争いとはトンと縁がない街の住人にとって、

 血相変えて都に飛び込んでくる武装集団の出現は、

 その数の多寡を問わずに大きな衝撃を与えた様子。


 こちらの姿を見るなり門を閉じるわ、城壁には兵士が立ち並んで弓矢を構えてくるわ。

 グリューネルトがお嬢様らしくない大声を張り上げなければ交戦もやむなしという、

 一触即発の事態になるところであった。


「平和ボケって怖いよなぁ」


「その一言でごまかさないでくださいまし」


 武装したエルフを大勢率いたまま領都の城門を潜って以来、

 グリューネルトの顔色が冴えない。


「なあ、お前なんかあったの――」


「グリューネルト!」


 オレの声を遮って現れた壮年の男性。

 小太りの体型を鎧うは戦装束ではなく、

 平時向けの官服。

 もちろん上質な布を遣ってはいるが、

 華美に走ってはおらず主の朴訥さがうかがえる。


「お父様!」


「へぇ」


――コイツ、母親似なんだな。


 疲労の極みとはいえ、さすがにこの失礼な感想が口を付いて出ることはなかった。

 普段は帝都で『わたくしこそ帝国貴族の令嬢でございます』と言わんばかりの姿しか見てこなかったが、

 両親と口論するグリューネルトは、どこにでもいる年頃の娘といったところ。


「まったくお前という子は、こんなに危ないことになるとは聞いていないよ」


「将軍閣下よりいただいた使命ですもの。危険はつきものでしてよ」


 娘に危険なことをしてほしくないと願う父と、

 父の干渉を疎ましく思う娘の感情はすれ違いを見せている模様で、


「サスカス伯爵。すまないがオレ達は帝都に向かう途中だ」


 できれば協力いただきたい。

 別に戦力をよこせとは言わないが、

 せめてグリューネルトを乗せる馬車が欲しい。


「これはステラ殿、お久しぶりです」


 伯爵という階級の割には低姿勢なグリューネルトの親父さん。

 娘よりさらに年下のオレに対しても丁寧に頭を下げてくる。


「まずはお話を伺いますので、みなさまも城にいらしてください」


「お父様、わたくしたちは帝都に急がなくてはならないのです」


 父親の提案に反射的に異論を唱えるグリューネルト。

 だが――


「了解した」


 一応この一行のリーダーはオレということになっている。

 食い下がるグリューネルトの言を退け、

 ここまでついて来てくれた一同に城で休息をとるように告げる。


「急いでいるのなら、このような所で足踏みする必要はなかろう」


 などと族長の孫は不満げだが、

 ここから帝都まで馬車に乗っても十日以上はかかる。

 その間、ずっと緊張を持続し続けるのは、

 精神的にも体力的にも難しい。

 安全に休めるところで確実に回復を図るほうが、

 結果として早く帝都にたどり着くことができるだろう。


「急いでいるからこそ、ここで休む。異論は認めない」


 森を出たからといって安心はできない。

 疲労困憊のところをダークエルフに襲われる方が、よほど危なっかしいというワケだ。

 グリューネルトや若いエルフたちは不満げだったが、

 非戦闘員の薬師たちは明らかにホッとした顔でこちらの意見を受け入れてくれる。


――こういう時は、一番体力のない奴に合わせるんだったか?


 って、グリューネルトじゃねーか!

 


 ☆



 先触れもなく突然大人数で押し掛けるなんてのは、

 貴族社会ではありえないほどの非常識な無礼であるにもかかわらず、

 嫌な顔一つせずにみなを受け入れて休息を与えられた。

 サスカス伯爵の懐の大きさに感謝。


 日頃は水浴びばかりのエルフたちも、今日ばかりは湯で存分に体を休め、

 ヘルハウンドは厨房から大きな生肉をいただいて大喜びで帰っていった。


「いきなり押しかけてしまった上に、ここまでして貰って申し訳ない」


 みなが寝静まった後に、来客用の部屋でサスカス伯爵に感謝を述べると、


「いえ、こちらの方こそ娘がお世話になっているようで」


 何かご迷惑をおかけしていませんか、などと続けるので、


「グリューネルトも大任を受け張り切っているぜ」


 無事にエルフの協力を取り付けることもできたので、

 あとは大手を振って帝都に戻るだけ、


「ステラ殿、そのことなのですが……」


「伯爵?」


 両手で顔を覆う伯爵の表情を窺い知ることはできない。

 しかし――


「ステラ殿たちだけで帝都に戻っていただくことは叶いませんか?」


 娘は――グリューネルトはここに置いて。

 声を詰まらせながらも、伯爵は何とか言い切った。

 それが、いかにかなわぬ願いであると十分に承知していても。


「それは……グリューネルト本人と話し合った方がよいのでは?」


 あいつの性格を考えれば、却下されるに決まっているけど。

 と、内心思いつつも口には出さない。


「もちろん、ステラ殿の考えておられることは分かります」


――わかるのかよ。


 今回の仕事の出所はルドルフということになっているが、

 その手に抱えた書状が皇太后のものである以上、

 実際のところ使命の出所は皇室ということになる。

 帝国貴族の一員として、その使命を全うすることなく、

 途中で降りるというのは難しい。

 本人の誇りの問題もあるし、対外的な面子もある。


「あの子には、危険なことはしてほしくはないのです」


 そう思うことは、親としておかしいでしょうか?

 若くして妻を失った自分にとって娘は生き甲斐なのです。

 本当ならば、スィールハーツの言葉も跳ね除けて、

 政治の世界からは遠いところで自由にさせてやりたかった。


 はぐれ者のオレしか部屋にいないせいか、伯爵の口は若干緩んでいる様子。


――う~ん、貴族らしくない。


 派閥から村八分にされても文句は言えないだろうに。

 ここまで娘を愛することができるというのはすごい。

 貴族にしては珍しい、超ド級の親馬鹿だ。

 きわめて善良で、正直。これで伯爵位とか大丈夫なのかと逆に不安になる。


『親というものは子を想うものだな』


 我が意を得たりとばかりに胸の中でうなずくドラゴンもいる。

 それでも――


「やると決めたのは本人です。伯爵の心中は察して余りあるところだが――」


 ここは親として娘を送り出してやるべきではないか。

 どうしても心配なら護衛の数を増やしてやるとか、

 娘を援助する形で力を貸した方がいいと思うのだ。


「それは……そうなのですが……」


 浮かない顔だ。何かあったのだろうか?


「南方諸侯軍の話はご存知ですか?」


「え?」


 つい先日まで世話になっていたレンダ南方伯率いる諸侯軍。

 最後まで見届けることなくエルフの森へ向かったが――


「軍事機密ということで詳細までは伺っておりませんが」


 諸侯軍は壊滅に近い損害を受けて散り散りに。

 今は南部の領袖であるスィールハーツ公爵が直々に諸侯を集め、

 南方諸侯軍の敗残兵を取り込んでこのサスカスの南に陣取っているとのこと。


「我々にも兵を出すよう言われております」


 だから、グリューネルトにつける護衛を捻出することが難しい。

 伯爵家とはいえ、それほど軍事に力を入れているわけでもないらしい。


「敗れたのか、諸侯軍が……」


 苦い顔をして頷く伯爵。南方伯以下何名かの行方は知れないとのこと。

 そして、ここの南に陣を敷いてあの黒スライムと向かい合っているとすれば、

 今度負ければここいら一帯が奴らの餌場になるということ。


――いっそグリューネルトを北に逃がした方がいいんじゃないか。


 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 詳細不明とはいえ、伯爵だって独自の情報網を持っているはず。

 ダークエルフに襲われるかもしれない帝都行と、

 黒スライムに食われるかもしれない南部残留を秤にかけて、

 後者をとったということだろう。

 ここの方が周囲に味方が多いし、自分の目の届く範囲にいてくれた方が、

 安心と考える気持ちも理解できなくもない。


 ただ、両方の脅威を目の当たりにした者として言わせてもらえば、

 常識の範囲内に収まっているダークエルフの方が、

 南より迫る正体不明の化け物よりは組し易いと見るが……


「できれば明後日には出立を考えています」


――あとはグリューネルトの気持ち次第か。


 帝都に戻るか、ここに留まるか。

 それまでに親子で十分に話し合ってください。

 オレから言えることはそれだけだった。

 おそらく伯爵自身の中にも迷いがあるのだろう。

 しおれた花のように力無く部屋を立ち去る伯爵に、

 それ以上かける言葉もなく。


――ウチの親とは大違いだな。


 途中で水を一杯もらってから自室に戻り、

 与えられたベッドに寝転んで独り言ちる。

 天井が、やけに遠く感じられる。


――親子か……相談されても困るわ。


 何しろアルハザートの父と娘は家出に喧嘩に勘当と、もう誰が見てもガタガタな有様。

 そのオレにこんな助言や援護を求められても困るのだ。


 サスカス伯爵の言い分には、十分なまでの説得力がある。

 口先だけではなく、心の底から娘のためにどうすべきかを考えた末だろう。

 その内容には、人の上に立つ貴族としてはどうかと思う部分もあるが、

 ひとりの父親としては立派なことだと応援したい気持ちもある。


『そう言えば、契約者は親と折り合いが悪いのであったな』


「そうなのよ」


 羨ましいな、とは口に出さず、

 枕元に灯されていた明かりを消した。


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