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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第23話 妖精の里 その3


「落ち着いてくれたら、外の話を聞かせてくれんかの」


 茶をすする音を交えながらの族長の声に我に返る。

 

――オレも、いつまでもガキのままじゃいられない。


「ああ、もう大丈夫だ」


 起き上がって、南方に旅立ってからここにたどり着くまでの経緯を、

 ひとつひとつ順を追って説明する。


「黒いスライム……?」


「ああ」


 南方を襲った未曽有の危機。

 正体不明の化け物について長命種の長の知識を頼ってみても、


「いや……すまんがとんと聞いたこともない」


「そうか……」


 その返答に失望はなかった。

 古王朝の頃より生き続けるエオルディアすら見聞きした覚えがないのだから。

 アイツより若いエルフの族長が知らなくても不思議はない。


 魔術が効かない――というよりも魔力が効かないスライム状の化け物。

 南方諸侯軍の陣に押し入り乱戦になった後、どのようになったのかはわからない。


「この里の結界は魔力でできていると聞いたから、アイツが来たらどうなるか……」


「む、むう……」


 族長の声から苦渋が滲む。

 南方伯は最悪の場合里を捨ててでも逃げ出した方がよいと言っていたが。


「しかしのう、ここはかつて我らに慈悲をくださった皇帝陛下から預かった森じゃ」


 椀を持つ老エルフの手が小刻みに震えている。

 当時を知るエルフとしては、はいそうですかと引き下がることには強い抵抗感があるらしい。

 帝国とエルフの関わり、その馴れ初め等については多少聞き知った程度だが、

 歴史の生き証人たる老エルフにとっては思うところがある様子。


「その辺はこちらからは何も言えないけど……」


 エルフの在り方についてまでどうこう言う資格があるかと問われれば、否と首を振るしかない。

 人間だって、災害に襲われるとわかっていても住まいに居座る者は少なくない。

 自分の命よりも住居を優先する気持ちは、オレにはまったく理解できないが。


「そして、この森に来られた折にエルフに襲われた、と」


「ああ」


 黒いマントに白い仮面。

 ひとりではなく複数のエルフたち。

 隠された顔はよく日に焼けており、特徴的な長く尖った耳を持ち――


「あいや待たれい」


 唐突に族長からの『待った』がかかる。


「……なんだよ?」


「我らエルフの肌は陽光に焼けたりはしないぞい」


 族長の口から飛び出す衝撃の一言。


「えっ、でもアタシらを襲ってきた連中は――」


「肌が黒くて我らのように耳が尖っているとなると、それはダークエルフじゃな」


「「ダークエルフ?」」


「ああ、ダークエルフか」


 族長の言葉に首をかしげるテニアとグリューネルト。

 

――そう言われれば、確かに典型的なダークエルフの姿だ。


 なんで今まで気づかなかったのか疑問に思うほどに。

 件の連中の姿は物語の中のダークエルフに瓜二つ。


――じゃあ、リデルはダークエルフのハーフエルフってことか……


 リデル以外のエルフに会ったことがなかったせいで、

 この世にダークエルフなんて存在しないのかと思ってたぜ。

 ……あいつ自身ダークエルフだなんて名乗らなかった――いや、エルフとも名乗ってないのか。

 なんかしてやられた気分だぜ。


「おや、ご存じかの?」


「何か知ってるの、ステラ?」


「……ちょっと、話に聞いた程度だよ」


 とりあえずごまかしておく。

 エルフの族長と二人のやり取りから見ても、

 ダークエルフという種そのものがあまり一般的な存在ではないらしいから。


「ステラってさ、ときどきなんか変なこと知ってるよね」


 箸の使い方を習ったとか言ってたけど、

 帝国に来て箸使ってる人見たことないし、

 誰から習ったんだろうって不思議に思ってた、などと余計なことを口走る。


「とにかく、耳に挟んだんだよ。いつかなんてもう忘れた!」


『契約者?』


――知らない。忘れた。黙秘権を行使する!


「ま、まあそれはええか」


 そしてオレの身代わりに毒を受けたクロは、今別室で静養中というわけだ。

 ひととおり話し終えて、すっかり冷めてしまった茶で喉を潤す。


「ふぅむ……ダークエルフのう」


「ダークエルフってなんなのさ、もう!」


 オレと族長だけわかった風になっちゃってさ、アタシら置いてきぼりなんだけど。

 テニアがぶー垂れると、


「彼の種族のことを知ってどうするつもりかの?」


「そりゃもう先輩の仇だし、きっちりナシ着けてやらないと」


「クロはまだ死んでねーぞ」


「いや、言葉の綾だから……そんなに睨まないでさ」


 ヘルハウンドとか呼ばないでね、などととんでもないことを言う。

 おかげで族長もグリューネルトも引いてしまっているではないか。


――そんなことするかよ!


『先程熊が召喚されたようだが』


――そういえば、そんなこともあったな。


 もう終わった話だ、それは。


「その件は置いといて。ダークエルフについて詳しく教えてくれないか?」


 もちろんオレ自身もやられたままではいられないが。

 それ以前に基本的な知識がまるで足りない。

 オレにしたって黒い肌のエルフぐらいの認識でしかないのだ。


「そうじゃのう……ワシもそれほど詳しいわけではないが」


 どこか過去に置いてきた思い出を引っ張り出すように、

 エルフ族の長は言葉を探しながら話を続ける。


 曰くエルフとダークエルフに種族的な違いはない。

 ともに妖精界から人間界に移住した同胞であるが、

 生まれたときからの違いといえば肌の色と居住地だけ。


 どちらも長命種ゆえに他種族との摩擦を繰り返し、

 繁殖力の低さに由来する数の差で人間に追いやられた経緯は似ている。


「我らエルフは人間の慈悲に縋って安息の地を得たが、彼らは己の誇りを頼りに戦いを続けたという」


 その結果として、ダークエルフはさらなる衰退を招き、

 古王朝の崩壊から続く時の流れの中で、いつしか歴史の表舞台から姿を消した。


「そんな連中が、何で今頃になって帝国領をウロウロしてやがるんだ?」


 こちらの問いに首を振る族長。


「わからん。同じ妖精の同胞とはいえ、我らが分かたれて既に久しい」


 ダークエルフと直接言葉を交わしたものは、すでに里には誰もおらず、

 何もかもが口伝として語り継がれてきたものに過ぎない。


「なんか嘘くさい話だけど、ステラもダークエルフのことは知ってたみたいだし信じてもよさげかな?」


 テニアは、まだこの集落のエルフによる自演説を捨てきってはいなかったようだ。

 う~ん、疑り深い。何事にも陽性に見えるテニアにしてはちょっと意外。

 コイツも族長の孫たちの態度が相当頭に来てる模様。


「まあ、そうなるな」


 エルフとは異なる勢力が帝国で暗躍していると言われた方が納得は行く。

 この里に住まう一族にとって、帝国と事を構えるなんて百害あって一利ない。


「疑って悪かった」


 頭を下げると、


「儂らエルフと人間がもっと密に付き合っていれば避けられた誤解じゃろう」


 問題があったのはお互いさまという。

 長い時を生きているせいなのか、かなり鷹揚な性格をしているらしい。

 その割には、さっき孫にえらく冷たかったが……

 彼らの家庭の事情に関わるのはよそう。


「それでは、今この里の外にはダークエルフという輩が待ち受けているのかしら?」


 グリューネルトが言葉を挟む。

 帝都に戻らねばならない彼女にとっては大問題。

 不安に思うのも致し方ない。


「どうだろうな。何人かは潰したが、全滅させたわけでもなし」


「そもそもダークエルフってのが、どれだけいるのかもサッパリだしねぇ」


 ついでに言えば、何でオレ達が襲われたのかも不明だ。

 たまたま遭遇したから戦闘に入ったというのでは、どうにも腑に落ちない。

 あの戦闘は明らかに待ち伏せされていたという感覚だったのだけれど。


「で、では仮にここを出て帝都に戻るとしたら」


 わたくしたちがダークエルフに襲われる可能性があるということですの?

 グリューネルトの震える唇から出た問いかけに、答えを出せる者もいない。


「まぁ、オレ達の話はこんなもんだ」


 これ以上説明できることは何もない。

 一度話を切り上げて、グリューネルトに問う。


「それで……お前の方はどうなったんだ?」


 帝都を出立してかなり時間がたっている。

 とっくに皇太后さまの親書は渡されたはずだが、

 何故いまだにエルフの里にとどまっているのか。


「まだ返事が貰えてないのか?」


「そ、それは……」


 俯いて歯切れの悪くなるグリューネルト。


「グリューネルト殿を責めんでやってくれんかの」


 族長曰く、親書に目を通し部族会議に諮ったところ、

 エルフ族の中でも意見が分裂してしまったとのこと。

 オレ達が最初に出会った孫たち若いエルフは反対派だったという。


「だから、あんなにピリピリしてたんだ」


「返す返すも済まんのう……」


「や、それはもういいけど」


 問題はその結果だ。

 エルフは帝国のために力を貸してくれるのか否か。

 そこが決まっていないというのなら、いつまで待てばいいのか。

 

「そうじゃの……外がそれほどに荒れておるというのなら」


 エルフだけが結界に閉じこもって座視し続けるというわけにもいかん。


「儂は――皇帝陛下の病を見るよう薬師に命ずるつもりじゃ」


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