9.盗賊団との団体戦
大男率いる盗賊団は総勢12名。対峙するのは護衛5人とボクのみ。背水の陣で臨む壮絶な殺し合いが幕を開けると思いきや、ボクの提案は様相を一変させる。剣道の試合よろしく、命を奪わない勝ち抜き戦がここに始まった!
「ふざけるな! ガキの遊びじゃねぇんだぞ!」
「仲間が何人殺されたと思ってるんだ!」
「ぶっ殺さねぇと気が済まねぇ!」
……
「お前ら、黙ってろ。俺が決める」
大男が左手を横に広げ、怒号を一掃する。
10秒、20秒と続く沈黙――。
でも、ボクには確信があった。
この大男は提案を受ける。捕縛した2人が生きていると知った時の安心した表情、圧倒的有利にありながらも相手に降伏を勧める言動、自らが矢面に立って戦おうとする姿勢――そのいずれもが、彼の心根の優しさを物語っているから。
だからこそ、お互いのため、命を奪わずに決着をつけることのできる提案をした。ボクの中では、正直に言って勝てるかどうかは二の次だった。
ボクの後ろには隊長を始め、護衛たち全員が集まっていた。
その誰もが険しい表情をしている。仲間を殺された恨みを晴らしたい気持ちはあるだろう。勝算が見えず、結局は殺されるのではないかとの不安もあるだろう。
でも、誰もが口を真一文字に結び、黙って剣を下ろしている。それは、ボクの提案に賛同してくれていることの証明だった。
「その提案、受けよう」
大男の宣言を聞いて、一番安心したのはボクでした!
街道に面した平原に、大小2つの円陣が組まれている。
「言い出したボクにも責任があるから」
小さな円陣の中、もう何度目になるのか分からないくらいの抗議の声を上げた。
「だからさぁ、リンネさんよ。さすがに俺ら大の男を差し置いて女の子に先鋒を任せるのは――」
申し訳なさそうに説得してきたのはランゲイルと名乗った護衛隊長だ。赤髪ツンツン頭は置いといて、彼の太い二の腕を見るだけで相当強いことは分かる。勿論、ボクなんかでは歯が立たないくらいに。
でも――。
「貴方たちは既に傷ついていて十分に戦えないでしょ? ボクが時間を稼ぐから休めばいい」
「女神様、俺たちはそんなに頼りないですかい?」
壮年と言うより中年な感じの人が話し掛けてくる。確か、ブランさん。茶髪=ブラウンだからブラン、覚えやすい名前で助かります。
「違います! ボクはただ、あちらは最初から1番強い人が出てくるんじゃないかと思って――」
「だったら尚更俺たちが最初に行くよ!」
金髪の真面目そうな好青年が力強く言い放つ。でも、足が震えてるんだよね。
で、この人誰だっけ。あ、フリードさんだ。髪は綺麗だけど顔はタイプじゃない。
なかなか思い通りには決まらない。
ボクの読みでは、確実にあの大男が先鋒で出てくる。1人でも仲間を傷つけられたくないだろうから、大将に回るなんて考えは採らないはず。
だったら、油断をしている間に時間停止を使って一気に勝負をつける! そして恐らく、ボスがやられたら残りは降参する。それが狙いなのに――。
「分かった。俺が先鋒だ、文句は言わせねぇ。相手が大将ならこっちも大将だ。剛剣ギベリンだろうが、やってやるぜ!」
赤髪ツンツンがやる気満々になってしまった。
剛剣ギベリン、それがあの大男の名前なのか。確かに、あの2mもの大剣を振り回せるのは尋常じゃないね。
結局、隊長以降は年齢順になった。こっちのメンバーは、以下の通り。
1番手:ランゲイル隊長(25歳)
2番手:ブランさん(33歳)
3番手:ディーダさん(28歳)
4番手:フリードさん(21歳)
5番手:ホークさん(19歳)
6番手:リンネ(12歳)
こうなったらもう、ランゲイルさんが剛剣ギベリンを倒してくれることを祈るしかない。
旋風舞う街道で、5mの距離を取って向き合うのはお互いのリーダー。
なんだか普通とは逆の構成な気がするけど、それもまた団体戦の醍醐味のうち。
「まさか、こんな形で戦うことになるとは思わなかったぜ、元王国騎士団近衛隊長、ギベリン・フリューゲルさんよ!」
えっ、この盗賊団の頭領が、王国騎士団? しかも近衛隊長?
「ふんっ、あの赤毛の小童か。俺の前に立つ勇気だけは認めてやる。だが、おむつ被って今すぐ消えろ」
え、2人は知り合い?
事情を知っているのか知らないのか、全員が固唾を飲んで戦いを見守っている。
「俺なんかを覚えてくれていて、あんがとよ! でもな、俺が剣を始めたのは貴様に憧れたからだ。そして、俺が騎士団ではなく冒険者をしているのも貴様のせいだ!」
「何を言ってる。俺がお前の人生を振り回したとでも言いたいんだったら的違いだ。お前が今そこに立っているのはお前自身の責任だ。お前が弱かったってことだろ?」
「俺はもう、弱くねぇ! お前を超えるからな!!」
速い!
突風の如くランゲイルさんが踏み込む!
ガキンッ!
「軽い剣だな、お前の生き様と同じだ」
「ほざけっ!」
「小賢しい」
奇襲の袈裟斬りを弾かれた勢いを生かし、身体を捻って脚を狙うランゲイルさん。
しかし、それも容易に避けられてしまい、2人の間合いが再び開く。
「貴様が王国を出奔したせいで、大勢が魔物に喰われた! それ以上に、多くの者が希望と安寧を失ったんだ!」
「そりゃ、俺のせいかよ! 事情も知らねぇで喚いてんじゃねぇぞ!!」
「くっ!」
ギベリンの剛剣が伸びる!
振り下ろすのではなく、大剣を突いてきた。
まるでランゲイルさんが躱すのを読んでいたかのような、もっと言えば、態と躱せるように放ったかような突き――。
ガキンッ!
そして、大剣はそのまま横に薙ぎ払われ、ランゲイルさんを鎧ごと吹き飛ばす。
「なんて怪力だ! でもな、冒険者を舐めるなよ!」
地面を転がりながら側方へと回り込んだランゲイルさんは、腰から短刀を2本抜き、ギベリンに向けて投擲する。
1本目は山なりに、2本目は地を這うような速さで。
「悪足掻きだな!」
頭上を意識させられつつ、急接近する短刀を躱すのは困難――。
「貰った!!」
2本目を投擲したままランゲイルさんが突っ込む!
2本目を身体を張って防いだところを、1本目と共に強襲する3段構えの作戦か。
「寝てろ」
しかし、ギベリンは1本目の短刀には目もくれない。
真っ直ぐ向かってくる2本目の短刀を、剣の腹で落ち着いて弾き、直後に下から斬り上げようと迫ってきたランゲイルさんの顔に膝蹴りを見舞う。
「ぐはぁ!」
カウンターで入った膝蹴りを鼻頭にまともに受け、ボクたちの前に転がってきた赤髪。
「すまねぇ……負けた。降参するも、挑むもお前らの自由だ……だが、死ぬな、よ……」
言いたいことを言い切って満足したのか、そのまま気を失ってしまう。
仲間たちに、大の字のまま引っ張られていく姿はどうにも情けなかった。
2番手のブランさんが直剣をギベリンに向けて立つ。
でも、明らかに腰が引けていて――。
「がぉ!」
「ひぇー」
肉食動物のような咆哮を上げたギベリンを見て、そのままお尻から倒れてしまった。
3番手は紺髪の28歳、ディーダさんだ。
両手に持った曲刀を自在に振り回し、大男を威嚇する。バトンとかやっていそうな器用な手捌き。
「来いよ、三下」
ギベリンが挑発しても、自分からは仕掛けない――。
「来ないなら――」
背後から勢いをつけて豪快に払われた大剣が、横からディーダさんに迫る!
ガキンッ!!
「ま、負けました!」
2本の曲刀が迎え撃った大剣は、難なくそれらを破壊する。半ばから折れた剣の柄を放り投げ、ディーダさんは馬車の方へ走って逃げた――。
「次はお前か?」
大剣の切先が、真っ直ぐに金髪の青年フリードさんを指す。
「えっ? えっ?」
ボクたちは右から順番に並んでいたから、相手にもバレバレなんだけど――。
「やるのか、やらねぇのか!」
「やらねぇです! あ、すみません、やりません! 降参です!!」
何もせずに降参してしまったけど、それが正解だと思う。だって、少しズボンが濡れているし――。
5番手、白髪の青年ホークさんがギベリンに向かって歩み寄る。
「お前、舐めてるのか?」
「いいえ」
ホークさんは素手だ。腰には短刀があるけど、手に持つ気配はない。
「俺は素手の格闘家です。剛剣のギベリンさんは、剣無しでは俺よりも弱いですか?」
「何だと?」
ホークさん、無謀な挑発!?
でも、プライドを擽って剣を封じる上手い手だ!
「安い挑発だが乗ってやる。来いよ!」
大剣を地面に深々と突き刺し、無手で構えるギベリン。
「行きますよ!」
跳び込んでからのハイキックが太い腕に防がれる。着地と同時に放った足払いも、後ろに飛び退いて躱される。
でも、さすがに格闘家を自称するだけのことはある。動きが機敏なだけじゃなく、ドスンという重そうな音がする。
速攻を全て防がれたホークさんだけど、全く動じる様子はない。再び一気に距離を詰めると、目にも止まらぬ速さで拳の連打を放つ!
「素早いが、そんな柔な拳で、俺が倒せるかよ!」
防戦一方に思われたギベリンが、思いっきり放った右脚の蹴り。
「うっ!」
間一髪で躱したように見えたけど、ホークさんの左腕に掠ったようだ。
一瞬だけ苦々しい顔をしたホークさん。でも、諦めずに逆襲に出る。
動きの鈍った左はフェイントに使い、右拳を確実にヒットさせる。相手は鎧を着ているとはいえ、皮製だ。多少のダメージは通るはず。
ギベリンの剛腕とホークさんの技量、拮抗した戦いが続くと思われたその一瞬――。
「はぁ!」
ホークさんが放った回し蹴りがギベリンの顎を打つ!
「あれ!?」
「少しは楽しめたぜ」
ギベリンはホークさんの足を掴み、6回7回と豪快に振り回し、ボクの方へと放り投げた。
「リンネさん……逃げて……」
そしてそのまま、目を回して倒れ込んだ。
「終わったな。小娘、馬車にいる女を連れて来い」
馬車にいる女って、リザさんが言っていたお姫様?
「お姫様を誘拐してどうするつもり? まさか、結婚!?」
「馬鹿か!」
「あ、馬鹿って言った! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからね!」
小学生っぽい発言は、相手を油断させるため、のはず。
「ふははっ! 確かに俺は馬鹿だ。ガキに説教を垂れるのは性に合わんが、人生は自分が馬鹿だと気づいた瞬間から始まるもんだ、覚えとけ」
ちょっと、何を言っているのかわからない。でも、この男に何か事情があって、自虐的になっていることだけは推測できる。
ならば――。
「ボクはリンネ。人生が、自分が馬鹿だと気づいてから始まるのなら、この勝負、負けた方が世界最高の馬鹿ってことでいい?」
ギベリンに何か事情があって盗賊をしているとしても、ここで負かせば再度人生をやり直すきっかけを与えられる。
だから、ボクは勝つ。勝たなきゃいけない。
「お前が負けたら、盗賊団としての新しい人生が始まるってことだな?」
「長! 絶対勝ってくだせぇ!」
「傷つけないよう、手加減はしてやってくださいよ!」
今まで黙っていた盗賊たちがここぞとばかりに騒ぎ出す。
怖い――でも、負けるわけにはいかない!
「1つだけ、条件があるんだけど――」
ギベリンが片眉を上げて睨んでくる。
「また素手で戦えってか?」
ボクは真顔で首を振り、交渉を持ち掛ける。
「いえ。剣は使ってもいいけど、この勝負で勝った方を、団体戦の勝者にしてほしい」
これは賭け。だって、相手には何の得もないんだから。
6番手のボクが負けたらこっちは終わりだし、あっちはギベリンが負けても10人以上も残っている。こんな条件を呑むメリットがない。
でも、そこに心の隙がある。
まさか剛剣のギベリンが12歳の少女に負けるわけがない。負けるわけがないなら条件を蹴る意味もない。そう読んでの賭けだった。
「俺は構わないぜ。お前らもいいだろ?」
「「おぅ!」」
やった!
不安が少しだけ和らぐ。時間停止を使って何とかギベリンを倒しても、その後、手下の1人にさえ勝てる自信がなかったのだから。
「ありがとう。銀の使者リンネ、全力でいきます!」
「お、おぅ。ギベリンだ。悪いが手加減はしないぜ!」
12人に立ち向かう12歳の少女の影が、夕日に照らされて力強く伸びていった。
次回、いよいよリンネvsギベリンです。弱小主人公が見せるチート力、ぜひご期待ください。
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