Dの契約者達
多くの人で賑わう酒場の一角に彼らは集まっていた。
誰もが楽し気に過ごす中で、彼らのいる一角だけが異様な程に空気が重い。
「なぁ、本当に彰の奴が……」
隼人が口を開き、途中で言葉を区切った。あまりに衝撃的過ぎるその事実を、最後まで口にする事が出来なかったのだ。
「残念ながら本当です。彰さんはもうDを失いました」
そう言って手に持っていたグラスを置いた賢治は、眼鏡の位置を直しながら溜息を吐き出した。
「そんな……」
「信じられないかもしれませんが、事実です」
「ちくしょう……」
項垂れる隼人は魂が抜けてしまったかのように、手に持っているハイボールをじっと見つめている。だがそれも仕方のない事なのかもしれない。隼人にとって彰は、友人であると同時にライバルでもあった。これまでの長い年月を共に切磋琢磨し、競い合ってきたのだから。
「本当に信じられんな。確か彰先輩は四十を超えていたはずだ」
「あぁ、そうだ。ようやく三十を超えて覚醒したばかりの俺達とはレベルが違う。彰さんは隼人さん同様に別格だった。あの人がDを失うなんて考えられない。だが、事実は事実だ」
「そうだよな……。まさかあの人がこんな事になるなんて、本当に信じられん」
固まってしまった隼人を横目に見ながら祐司と賢治が会話を交わす。
およそ半年ぶりに集まった彼ら。いつもは四人で集まっている彼らだったが、今この場所に、いつもいるはずの彰の姿はどこにもない。
「それで彰先輩からDを奪ったのは、どんな相手なんだ?」
「詳しくは分かっていないが、最近二十になったばかりらしい」
「は? 嘘だろ? 彰さんは四十越えのはずだ!」
「本当だ。まぁ最後まで話を聞け」
「あぁ、悪い。それで?」
賢治は乾いた口を焼酎で湿らせる。こうして話している賢治自身も、この事実を受け止め切れていないのだ。
「相手はFだったそうだ」
「Fだと……」
賢治がジェスチャーをすると、それを見た祐司が目を見開いた。
Dの契約者である彼らの前にそんな大物が現れる等、一体誰が予想出来ただろうか。だが賢治が持っている情報はそれだけに止まらなかった。
「それだけじゃない」
「まだあるのか?」
「ふん、こっちが本命だ。相手はVでもあったそうだ」
「――なっ!」
あり得ない。
きっと誰もが同じ事を考えるだろう。
普通では絶対に起こりえないような事が起こったのだ。宝くじで一等を当てる方が、遥かに現実的に思える程である。
「そうか、彰の野郎が……。はは、はははははは……」
「隼人さん……」
壊れたように笑いだした隼人に対して、どんな言葉をかけるべきなのか。二人揃って、適切な言葉を思い付く事が出来なかった。
その時だった。
「悪い! 遅くなった」
約束の時間よりも一時間近く遅れて、彰がやって来たのだ。
「彰!」
「おう隼人、どうかしたか?」
「どうかしたかだと? 賢治から聞いた。お前はDを失ったのか?」
「あー、その事か。バレちまったか。悪い、その通りだ」
「いつだ?」
「三ヶ月くらい前かな」
「そうか……」
彰のその言葉を聞いて、隼人はガクリと肩を落とした。僅かに残っていた希望が完全に潰えた瞬間だった。
「それにしても、あの時居たのはやっぱり賢治だったんだな」
「すいません。彰さんの相手は、俺の後輩の知り合いだったんです」
「なるほどね。隼人には俺から伝えたかったんだけど、仕方ないか。まぁ気にするな」
「あの、彰先輩……」
「ん? 祐司どうした?」
「彰先輩の彼女が、二十歳になったばかりでFカップの持ち主、しかもヴァージンだったって聞いたんですけど、本当ですか?」
三人の視線が彰に集中した。
彰はそんな三人を順に見回して、鷹揚に頷いた。
「本当だ。まさかそんな事まで知ってるとは驚いたな。俺には勿体ないくらい良い女だよ」
そう言って彰は爽やかに微笑んだ。
これまで見せた事のない大人の男を思わせる表情だった。
それはまさに勝者の余裕。
童貞を卒業し、男として一段高みへと昇った証。
Dの契約を破棄したリア充がそこにいた。
――爆発しろ。
敗者達の怨嗟の声に彰は苦笑した。