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創作の協奏曲  作者: 久遠未季
第四章 創作の狂想曲――ツナガラナイ未来
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序、砂上の楼閣

序、砂上の楼閣


    *


『何故か作業関連板に書き込みが乱立していますが、一応、こちらにて』


 夏コミも一ヶ月後に迫り、追い込みをかけているときのこと。

 例によってエターナル・ミキが、やけに長文の書き込みをした。

 事態を大きく動かす発言をするのは、かつて制作した同人ゲーム『メカニカル・コンチェルト』のときから、いつも彼女だった。


『少しばかり、根本的なことについて、確認したいと思います。皆さん、どういう理由で『君ツナ』を作り上げようと思っているのでしょうか? その点が不明瞭なままでは、誰も、何も出来ませんし……するべきではありませんよね』


 彼女の語り口はいつもの通り、最初こそ静かなものだった。

 ただ、雁間出太は知っている。

 彼女の場合、語り口が静かなときこそ、とんでもないことを言い出すのだと。


『ワタシの場合、『メカニカル・コンチェルト』のようなフリーゲームではなく、有料ゲームを作ってみたいという思いがそもそもでした。そして、おもてがわさんがヒキワリさんのイラストでゲームを企画していると聞いて、「ちょうど良いな」と思ったわけです。正直言えば、切っ掛けといえば、その程度のものです』


 雁間がおもてがわしんじから「ヒキワリさんのイラストをメインにしたゲームを作るつもりなんスよ!」ということを聞いたのは、いつのことだっただろうか。

 たしか『メカニカル・コンチェルト前編』が完成した頃のことだから――一年半前になるのだろうか。

 何とか完成までこぎ着けたものの、メンバ同士で衝突が絶えず、思うような作品にならなかったのが『メカニカル・コンチェルト』だった。

 その反省を活かし、おもてがわが中心となって新しく立ち上げた『スタジオぎゃおす』では、本当に作りたいものを作るつもりだったのだ。


『それがもう少し積極的な思いに変わったのは、おもてがわさんの「ヒキワリさんや雁間さんにいい目を見させてあげたい」という言葉があったからです。例えばヒキワリさんの場合、『メカニカル・コンチェルト』では『ブリュンヒルデ』『KUMA-SAN』でイラスト参加しながらも、イラストを上げながらも頓挫した企画が他にふたつあります。また、雁間さんも『メカニカル・コンチェルト』では、『叛涯』を初めとした全ての企画が頓挫してしまったりと割を食ってしまう面が多くありました。そのため、ワタシは「今回は自分が多少割を食ってでもよいか」というつもりで、制作していました』


 そういえば、半年前にサークルで新年会をしたとき、おもてがわはそんなことを言っていただろうか。

 ちなみに、その際におもてがわは「もちろん、エルさんの苦労に報いるような結果にもしたいんッスよ!」と言っていたハズである。

 実際、雁間の知り得る範囲でも、エターナル・ミキという人物は貴重な時間の大部分をサークル活動に割いてくれている。

 それこそ『メカニカル・コンチェルト』の時などはフリーゲームだというのに、彼女は誠心誠意活動に参加し――その割りに見返りらしい見返りがなかったのだ。


『ただ、現実は、どうでしょうか? おもてがわさんはヒキワリさんのことを罵倒して、制作停滞の元凶をヒキワリさんだと詰っています。雁間さんは本来のイラストとしての作業はほとんどなく、雁間さんを立てるための方策も空回りしています。ちなみに、これを言うのは本当は狡いのですけれど……『グリズリー』の企画元となった『既存の短編or既存の雁間さんのイラストで短編ゲームを』という案がありましたよね。あれ、おもてがわさん伝いで雁間さんに提案しましたけれど、ほとんど全てワタシの案です。例のDMの時、おもてがわさんの横にワタシがいて、言い回しを指示していました』


 しかし実際の所、どうなのだろうか。

 サークル代表であるおもてがわが罵倒しているのは、イラスト担当のヒキワリに対してだけではない。

 雁間の目から見ると、ここ最近、エターナルへの対応も酷いものだった。

 シナリオもプログラムもスクリプトも一人でこなす、このサークルの生命線ともいえる人物だというのに、おもてがわは彼女をぞんざいに扱っている。


『ここで書いてしまった以上、今は『グリズリー』として完成した短編ゲームの話について、せっかくなのでもう少し補足します。これを企画したのは『君ツナ』の制作規模が肥大化して開発期間が長くなりそうだから……というのも、もちろんひとつの理由です。ただ、何よりも雁間さんのイラストをメインとする企画を、どうしても完成させたかったからということが念頭にありました。雁間さんはメンバの関係性に気を遣ってあまり強い発言をされない傾向があり、『メカニカル・コンチェルト』のときも、割を食っている面が多かったはずですから』


 エターナルはそう書いているものの、雁間としては、その言葉をそのまま彼女に返したいところだった。

 たしかに雁間は『メカニカル・コンチェルト』のときから、創作者としては割を食うことが多かったかも知れない。それこそ『叛涯』のときにはプロットもイラストも完成していたのに、シナリオ担当の薩摩隼人が期限内に上げなかったがために、企画そのものが流れてしまった。あるいはそれ以前にも、おもてがわの企画へイラストを上げたのに、それも流されてしまったということもある。

 しかし、報われないという意味でいえば、それこそエターナルが一番報われていないのではないか。以前の『メカニカル・コンチェルト』のときから、誰よりも多くの作業をこなしていたのが彼女である。途方もない労力をかけて各種演出を作ったはずの『弾痕のメタファー』は企画主であった照月がエスケープしたせいでつぶれ、膨大なテキストを忠実に再現した『明星のチューリングマシン』は有耶無耶となり、『叛涯』も後はシナリオテキストを流し込めばよい状態までシステムやデータを作っていたはずなのに流れた。彼女の企画であるはずの『機兵少女フリージア』にしても、薩摩隼人がテキストを仕上げなかったり橘なるがイラスト指定の見落としをしていたなどのためもあって、結局は彼女の意に染まぬ中途半端なものになったハズだ。

 彼女はしばしば「ワタシは利己的な人間なので、自分の益になることしかしませんよ」などと嘯くものの、全然、彼女は利益を得ていないではないか。むしろそうして雁間たちのことを思って行動して、余計に貧乏くじを引いているだけではないか。能力もあり、報われて然るべき努力をしているハズの彼女がそうして不遇な目に遭っているのを見て――雁間は何故だか、我がことのように悔しかった。


『ちなみに、同じことはおもてがわさんにも言っているので、『グリズリー』が雁間さんのための企画だということは理解しているはずです。ただ、そのわりには……おもてがわさんは『グリズリー』の販促について他作品より力を入れていない印象がありました。忙しい時期であったのだろうということを差し引いても、結局、テストプレイをした形跡もありませんし(販売開始後の時間が空いたときににプレイして感想を書くなどは出来たはず)。そのことからしても、正直、ワタシとしては「何故?」としか思えませんでした』


 そう、件の『グリズリー』にしても、収益は実質的にゼロだった。

 たしかに『君ツナ』のリリースに向けた、有料ソフト販売の予行演習ということで立ち上げられた比較的安価なソフトである。だが、少なくとも雁間やエターナルは全力で作り上げたものである。特にエターナルは「売りになる要素が必要だから」ということで雁間のイラストに手を加え、2D画像を3Dように動かすことの出来る『Live2D』データに変換するという作業もこなしていた――ちなみに彼女は簡単にやってのけていたが、後で雁間が自力で行なおうとしたところ、やたらと手間暇がかかることから挫折した。

 それだというのに、サークル代表であるおもてがわは販売に非協力的で、まったくもって見向きもしてない。それこそおもてがわはその前後、フリーのくそつまらないノベル作品を外部委託で作り、サークルメンバの許可も取らずにサークル名を冠してダウンロード配布を始めていたのだが――何故かそちらに関してはやたらと金をかけて宣伝するという、全くもって意味不明なことをしている。そもそもエターナルが遠回しながらも「つまらない」と言っているのに、それに気付けないあたりでも大問題だった。

 ちなみに雁間やヒキワリといった他のメンバは、その勝手に作られたフリーゲームを完全無視しているのに対し、エターナルは律儀に最後までプレイしてアドバイスまでしている。その意味でも、彼女は損な役回りを演じている。そこまでしてエターナルがおもてがわに配慮しているというのに、おもてがわは彼女の『グリズリー』対して何の協力もしなかったのだから、傍から見ている身としては彼女が不憫でならない。


『ヒキワリさんや雁間さんのため……ではなかったのでしょうか? それは大事な所だったと思うのですけれど、全部、嘘だったのでしょうか? ヒキワリさんのやる気が出なかったのも、極論すると、そういう嘘が透けて見えたからではないでしょうか? 思ってもいないことを口にする……ということ自体は『嘘も方便』というように悪いものとは限りませんが、それで他人をないがしろにするのは悪辣です』


 それが公人であれ私人であれ、おもてがわはSNSなどを使って、しばしば「嘘つき」「バカ」「詐欺師」「死ね」だのと罵倒することがある。ゲーム制作が遅れている最大の原因は締め切りを何度延ばしてもテキストを仕上げないおもてがわ自信だというのに、「イラストが上がらないから」だの「主題歌が上がらないから」と決めつけ、裏アカウントではさらに口汚く喚き散らす。

 それに対してエターナルは、作品に対しての批評は辛口であれど、滅多にそうした言葉を使わない。使うにしても、遠回しに、決して直接的に言うことはない。裏アカウントや別名義を用いることを嫌っているのも、おもてがわとの決定的な違いだろうか。その彼女が正面切って明確に『嘘』『悪辣』と書くことは、それだけのおおごとなのだ。

 もっとも、そのことを当のおもてがわが理解できるかどうかは、また別問題なのだが――少なくとも雁間は理解できていた。そして理解出来ているからこそ、我がことのように苦しかった。


『本当、よく同じ口で、twitterを初めとした各種発言ができるものだなと思います。それを二枚舌というのですし、一歩間違えれば詐欺にもなると、以前の照月さんの件でもキツく忠告したはずです(そのときもおもてがわさんは一方的に照月さんを悪者にしていましたが……)。これが初めてのことというのならともかく、いわばこれは二度目ですし、類似のことは『メカニカル・コンチェルト』でも何度かしています。何故、学習しないのか……というよりもここまで続くと、もはやそれが悪いことだと認識することが出来ないのではないかと疑いたくなりますよ』


 おそらく、おもてがわは『それが悪いことだと認識できない』人間である。何故なら、おもてがわしんじという人間は、間違いなく頭が悪い。勉強が出来るとかできないとかいう意味ではない。何をすればどうなるという世の中の因果関係を理解できないし、想像することもできない――決して想像力がないわけではないが、てんで的外れなのである。他人が傷ついたり不利益を被っているということが想像できないから、平然と他人の悪口を言えてしまう。

 自分の思い込み通りに世界が動くはずで、そうならないのは誰かの悪意が自分のことを妨害しているからだ――おそらくはそんなふうに、自分勝手な尺度でしか物事を見られないのだろう。SNSなどでの書き込みを見る限り彼の思考は常にそんな調子で、他者の思考や思想を受け入れようという姿勢が微塵もないどころか、むしろ自身と異なる考えの存在を馬鹿にしたり罵声を浴びせたりする。三歳児の頭のまま大人になってしまったような人間なのだろうな――それが、雁間がおもてがわしんじという人間に抱いた感想だ。

 もちろん、それは同時に彼の純真さを表してもいるのだから、必ずしも悪いことではないのかも知れない。それこそ三歳児がそういうものの考え方をしても、それを詰る大人は滅多にないように、おもてがわしんじの人間性はある種の愛嬌さえもある。だが、責任や力のある立場にこういう人間が就任することほど、性質の悪いことはないだろう。


『ワタシに限らず、皆さん、もっと優先してやるべきことを削って作業して……もちろん、おもてがわさん自身もそうなのでしょう。でも、どうして、他の人も同じだと想像することができないのでしょうか? まさか自分だけが特別苦労していて、特別理不尽な仕打ちを受けて、特別嫌な目に遭っていると思っているのですか? もしもそう思っているのでしたら、おもてがわさん自身が感じているのと同等の嫌なことや理不尽なことを、おもてがわさん自身が他のメンバにしている状況に気付いていますか?』


 雁間の思いを代弁するかのように、エターナルの言葉は続く。

 いや、雁間だけの思いではない。

 この『スタジオぎゃおす』に参加している他の面々も、おそらく同じような思いを抱いているのだ。

 気付いていないのは、おそらく、代表であるおもてがわだけだろう。


『また、どうやらおもてがわさんの中では、各種問題が解決したことになっているようですけれど……。何か、解決したことって、ありましたっけ? むしろ問題がどんどん積み上がっているのに、それを処理しようとする形跡すらないどころか、余計に悪化させているようにしか見えないのはワタシだけでしょうか。作業関連板の >60 で『荒野の言う「議論」はさておき』じゃないですよ! 何で、それをさておくのですか!』


 そして、エターナルはここが肝要だとばかり、言葉を強くする。


『おもてがわさんの作品はいくつか見ているわけですが……多くのものに内包される創作モチーフに『ズルい大人(社会)に抗う』というものがあります。今までの『ガンボーイ』しかり、『君ツナ』しかり、それを指摘する台詞はどこかしらで必ず挟まれます。SNSでも「老害が」だのと、それに類する言葉を吐き出していることも散見されますしね。ただ、気付いていますか? 今のおもてがわさん自身が、それこそおもてがわさん自身の一番嫌う類の『ズルい大人』だということに』


 おもてがわしんじに創作者としての誇りがあるのだとすれば、もっとも言われたくないであろう言葉。

 それをエターナルは、容赦なく叩きつけたのである。


    *


 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

 思い返してみても、『これがそうだ』という決定的な原因があるわけでもない。

 それでも、確かに言えることがあるとすれば――いくつものことが積み重なって、そうなったということである。

 だから雁間は、今までに起こったひとつひとつのことを思い出してみる。



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