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その6

 無事に路銀を手に入れ、どうにか宿屋に泊まることが出来たイチノとネーヴェル。

 寝る前に明日の予定について相談した後、いざ就寝と相成ったわけだが。

 見目麗しい少女とひとつ屋根の下どころか、同室で寝泊まりすることを強制的に決められたイチノが素直に眠れるはずもなく――なんて事にはならず、しっかり爆睡しましたとさ。


 慣れない環境にずっと緊張し続けたせいだろう。寝床に横になって一息吐いた途端、ブレーカーが落ちるように意識を失った。

 ちなみに、当然ながらベッドはネーヴェルに譲り、イチノは異次元ポケットから野営用のおふとぅんを引っ張り出して、床で寝た。ネーヴェルは終始不満そうにブー垂れていたが。


 というわけで、翌朝。


「……うん?」


 カーテンの隙間から差し込む陽光と小鳥の囀りが目覚まし時計の代わりとなって、イチノの意識に覚醒を促す。

 知らない天井だ、などと一度言ってみたかった台詞を呟きつつ、身体を起こそうと腹筋に力を入れた……のだが。


「あれ?」


 理由は定かではないが、どうにも身体の自由が利かない。


 これは所謂『金縛り』、脳は起きてても身体が起きていない状態か! と一瞬だけ勘繰ったものの、よくよく己が肉体の感触を確かめてみれば、何か柔らかくも大きな物体に身体を固定されているようだった。


「……何だこれ」


 首を動かせば、イチノ一人分とは思えない程にこんもりと掛布団が膨らんでいる。

 ともすれば、自分の左肩に真っ白な"何か"が乗っているようだ。覚醒し切っていない脳は、その何かが人の頭頂部だと認識するまでにしばらくの時間を要した。

 いや、寝惚け眼のパッと見では、掛布団の白い縁と白い何かが完全に融合しているようにしか見えないのだ。そう、これぞ迷彩である。


「……」


 ちらっと相方が寝ているはずのベッドの様子を窺うが、誰もいなかった。

 おかしい。これはどういう事だ。そこにいなくてはならないはずの人物がいない。

 いや、きっと既に起床しているのだ。恐らくは顔でも洗いに行っているのだろう。

 この人間の頭頂部に見える白い物体は、おふとぅんの魔力が作り出した幻覚である。そうだ、きっとそうに違いない。

 イチノは自分の頭が出した結論を信じることにした。

 そして、再び落ちてきた瞼の重さに抗えず、二度寝の態勢に移行する。


――もぞっ


「うん?」


 沈みかけていた意識が再び浮上する。

 今、確かに布団の中で何かが動いた。

 同時に、身体を締め付ける圧迫感が増したように思う。


 いる。確実に。


 イチノは唯一自由に動く右手を駆使し、恐る恐る掛布団を持ち上げてみた。


「……」


 そこには、俄かには信じ難い光景が広がっていた。

 なんと、イチノを抱き枕にしたネーヴェルがぐっすりと実に気持ち良さそうに眠っていたのだ。下着姿で。まぁ寝間着の類を持っていなかったので、これは仕方ないといえば仕方ないのだが。

 ちなみにイチノはボクサータイプのパンイチであり、ネーヴェルは上下のスポ-ツインナーである。これはれっきとしたゲーム時の仕様であり、彼の趣味というわけではない。念の為。


 それはさておき、身体をぴったりと沿わせ、己の脚をイチノの脚に絡めるようにして熟睡している現状、彼女の豊満な胸やら艶めかしい太腿の感触がダイレクトに肌へ伝わってくるのである。

 身体のとある部分がヒートエンドし始めたのは、如何ともし難い生理現象だった。


「……うぅん」


 掛布団を捲られたことで差し込んだ光が、閉じられた瞼の裏にある彼女の眼球を刺激したのだろう。

 可愛らしい呻き声を漏らし、俯いていた顔がもぞもぞと上を向き始める。

 やがて、とろんと蕩けた銀色の眼と視線が開通した。


「……おはよ、イチノ様」


――朝っぱらから、男の甲高い悲鳴が室内に響いた。


 ◆◆◆


「ガハハハハッ!! おめぇっ自分の嫁にっ布団に侵入されてっビビッて悲鳴あげるとかっ! 冗談だろ!? 俺を笑い死にさせる気か!」


 無遠慮且つ豪快な笑い声が食堂に木霊する。

 笑い声の主はベッツォだ。左目のあたりに痣が浮かんでいるのはスルーで。

 彼の隣では息子である茶髪の青年――名はリッツォというらしい。昨夜、宿泊の手続きをしてくれた男だ――も呆れたような笑みを浮かべている。


「……」


 目の端に涙を滲ませながら、今にも崩れ落ちそうになっているベッツォには視線を向けず、イチノは憮然とした面持ちで朝食を突く。

 笑われても仕方ないと自覚しているので、ただ黙って波が過ぎ去るのを待つしかない。

 男が女に添い寝された程度で悲鳴をあげるなど、情けないにも程がある。色々とヘタレ過ぎて泣きたくなってきた。これでも一応は経験済みなので、尚更だ。


 隣の席では全ての元凶であるパートナーが我関せずの態度で黙々とパンを頬張っていた。自分には一切の非がないとでも言いたげな顔だ。

 小憎らしいが、とても可愛い。彼女の横顔を見つめるだけで何も言えなくなる。


「はぁ……はぁ……これまで色んな人間を見てきたが……こんなに面白れぇ夫婦は初めてだぜ……」


 辛そうに息を途切れさせるベッツォには取り合わず、イチノは厚切りベーコンと一緒にパン齧る。


――くそぅ、不愉快な気分なのに飯は美味い……。


「ところで、今日は朝から出掛けるんだろう?」


 悔しそうな顔で朝食を食べ進めるイチノを見かねたリッツォが苦笑気味に口を開いた。

 どうやら話題を逸らしてくれるようだ。


「弁当は玄関前のカウンターに置いておくから、忘れずに受け取ってくれよ?」

「あ、はい。わかりました」

「で、斡旋所か迷宮組合か、今日はどっちに行くんだ?」

「今日のところは斡旋所ですね」


 朝食を済ませた後は件の傭兵斡旋所へ赴く予定である。ベッツォの話から推察するに、ファンタジーの定番である冒険者ギルドと概念的には似たような組織らしい。

 傭兵として登録するに為は、実技試験に合格して最低限の能力を証明しなければならないとのことだが、それさえクリアしてしまえば身分証としても通用する傭兵カードを貰えるそうだ。

 国家の枠組みを超えて大陸規模で展開し、個人情報なども各斡旋所間で共有されるからこそ、身分証として通用するのであろう。

 都市に無断侵入するような真似は二度とやりたくないので、この傭兵カードは是が非でも入手しておきたいところである。

 さらには魔物の素材なども引き取ってくれるとの事で、異次元ポケットに兎頭の死骸を放置している身としては願ったり叶ったりといえよう。


 ただ、やはり傭兵と言えば荒くれ者が集うイメージが強い。粗野な性格をしたムサい輩に絡まれたらどうしようと、考えるだけで気が重くなるイチノであった。

 行くだけ行ってみて合わなさそうであれば、ベッツォの言葉に甘えて本当にこの宿屋で働かせてもらってもいいかもしれない。

 とはいえ、イチノも男である。元の世界では味わえないファンタジーな世界観に年甲斐(見た目はともかく)もなく期待が膨らんでしまうのは無理からぬことであった。


「まぁ俺の見立てでは兄ちゃんも嬢ちゃんもそこそこやるみたいだからな。合格だけなら簡単だろうよ」


 おや? とイチノはベッツォに視線を向ける。

 ネーヴェルはまだしも、これまでのところイチノを強者と判断する材料はどこにもなかったはずだが。

 そんなイチノの眼差しに気付いたベッツォが得意げに笑った。


「ガハハッ! 俺ぁこれでも元グリーンランクの傭兵だからな! 歩き方だとか、呼吸の仕方だとか、そいつの何気ない立ち振る舞いを見りゃ、大体の実力が分かっちまうのよ」


 グリーンランクというのはよくわからないが、どうやらそれなりに上位の立場にあるらしい事だけは理解できた。

 相手の立ち振る舞いだけで実力を推し量れるというのは、素人に毛の生えた程度の人間には不可能だろう。


「ところでお前さんら、得物は何を使ってるんだ?」

「私は長槍」

「槍か。敵との間合いを広く保てる分、攻撃を受ける頻度が減るからな。嬢ちゃんの珠の肌に傷が付きにくくなるって意味でも良いチョイスだ。ガハハ!」


 長槍はあくまでスキル上げの為に装備させているだけであって、彼女が本来最も得意とするスタイルは『珠の肌に傷が付きにくい』の対局をいくようなものだと知ったら、ベッツォは果たしてどのような顔をするのだろうか。

 詮無い事を考えながら、イチノは残ったパンを口に放り込んで朝食を終える。


「で、兄ちゃんの得物は?」

「俺は杖です。後ろからネーヴェルを支援するのが役目なので」

「ってことは、魔法か!? へぇ、意外だな! 俺ぁてっきり……いや、なんでもねぇ。忘れてくれや。ガハハ!」


 ベッツォの瞳が一瞬だけ細まるが、すぐに元の陽気な表情に戻る。その様子をばっちりと目撃していたイチノは何も気付かなかったフリをして食後のハーブティーを胃に流し込んだ。

 彼の反応を見る限り、イチノが本来得意とする戦闘スタイルにも察しがついているみたいだが、それを言葉にしないだけの分別はあるらしい。

 元々、客に対してしっかり気配りできる人なのだ。当たり前と言えば当たり前か。


 イチノはこの異世界に飛ばされて、ネーヴェルが兎頭を屠ったその時から、自分は後衛に徹すると決めている。

 そう、槍を持つネーヴェルを魔法で援護し、傷付けば即座に癒せるように。

 別に敵の正面に立つのが怖いとか、そういう話ではない。イチノの代わりに率先して前衛に立とうとするネーヴェルの身を心から案じた結果として、己は後衛に徹するべきだと客観的に判断しただけである。異論は認めない……いや、認めよう。普通に怖いのだ。勘弁してほしい。


 テレビゲームではないのだ。殺し合いの覚悟などそう簡単に持てるはずがない。

 これでチート能力に頼ってあっさり殺し合いの流れに身を任せるような人間は、きっと先天的にそういう素質を持った異常者なのだと断言しよう。


――イチノを腰抜けだと罵るなかれ。後衛に徹するという姿勢を示しているだけで、何も戦わないとは言っていないのだから。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様」

「おうっ! 試験頑張れよ!」

「「はーい」」


 食事を終えて席を立つ2人に頷き、ベッツォはその背中に激励を飛ばした。


 さあ、傭兵斡旋所へ行こうか。


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