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その13

 最早、日課と言い換えてもいいかもしれない。

 イチノとネーヴェルは、この世界に飛ばされて以降、1日たりとも休むことなく、金稼ぎに精を出した。

 今日も今日とて、銭を稼ぐべく傭兵斡旋所にて薬草採取の依頼を受注した2人は、依頼項目に記載されている薬草類が採れるというメドー山を目指していた。


 フィルティマを離れて2時間と少し。周囲を見渡せば、辺り一面に小麦畑が広がっており、所々に風車小屋が建っている。

 道の幅こそ、馬車2台が余裕を持って擦れ違うことができる程度には整えられているが、舗装はされておらず、土は剥き出しのままだ。

 雨でも降れば、地面がぬかるんで大変な事になるのは想像に難くない。

 日本ではあまり馴染みのない景色であるが、イチノはどことなく懐かしい気持ちに駆られた。

 隣に並ぶネーヴェルの表情も、普段より幾分か柔らかくなっているようだ。彼女にとっては見慣れた景色である事に間違いないが、イチノの穏やかな面持ちを見て、気分を良くしているらしい。

 魔物も、人間の生活圏に侵入してくることはあまりない為、道中も実に平和である。

 とはいえ、そこは当然、人間側も危険な魔物が出没しにくい地域を選んで道を拡張している。そういう地味な配慮があってこそ、道中の安全は成り立つのだ。

 稀に、逸れの魔物と遭遇して、不運な旅人や商人が襲われるという悲劇もあるにはあるのだが、そこは気にしても仕方ない。絶対に安全な旅路など、魔物が跳梁跋扈するこの世界には存在しないのだから。


 優しく照り付ける陽射しの下を爽やかな風が吹き抜けたところで、イチノの手が何かに絡めとられた。

 見てみれば、ネーヴェルが己の指をイチノの指に搦めるようにして、手を握っている。

 その彼女が、嬉しそうにふわりと物柔らかに微笑んだ瞬間、イチノは自分の顔面に全身の血が集中したように錯覚した。

 相も変わらず、ネーヴェルの動作ひとつで動揺する肝の小さい男であるが、それだけ彼女の美貌が常軌を逸しているのも事実であった。


 収穫の時期にはまだ早いのだろう。緑色の穂が緩やかに揺れ動く小麦畑の中で、男と女の影が徐々に寄り添っていく。


――そんな折、道行く2人の耳に人の声が届いた。


 思わず、きょとんとイチノとネーヴェルは互いの顔を見合わせた。

 声の質としては、随分と荒々しい。距離からして、かなり遠方から聞こえてきているようだ。

 現代日本のように、高層ビルや家屋が乱立しているわけでも、雑多な騒音に塗れているわけでもないが故に、普通では考えられないような距離からでも声が届いたのだろう。

 通常、旅の道中で、遠くから人の声が聞こえるということは不吉を意味する。その理由は、少し考えれば自ずと理解できるだろう。

 

 声を警戒したネーヴェルが足を止めて、道の先、遥か彼方をじっと見つめる。

 彼女は眼は"特別"だ。通常なら、『千里眼』という遠距離を観察する為のスキルが必要な距離であろうと、難なく見通すことができる。


 道の先で、恐らくは只ならぬ何かがあった事は間違いない。イチノは、少しばかりの緊張を持ってネーヴェルを見守っていたところ、


「――ぷっ」


 まさしく、失笑といった感じだった。

 唐突に小さく吹き出したネーヴェルは、警戒を解くように若干細めていた目元を緩める。


「イチノ様、特に問題ないみたい。いこ?」

「え? あ、あぁ……問題ないならいいケド。……何を見たの?」

「じきに分かるよ……ふふっ」


 先程見た光景を思い出したのだろう、可笑しそうに口元を抑えるネーヴェル。そんな彼女を眺めながら、イチノは首を傾げた。


 そして、そのすぐ後に、イチノはネーヴェルが失笑した理由を知る。

 あれからしばらく、黙々と道を進んだ結果。イチノは笑えばいいのか、憐れんだらいいのか、よくわからない感情で胸の内を燻らせていた。


――目の前の光景を、なんと例えればいいのだろう。


 眼前では、遠方から響いてきた声の主と思われる深緑色の髪の少年と、その仲間であろう紺色の髪の少年が、一匹の魔物と死闘を繰り広げていた。


「はああああああっ!!」


 裂帛の気勢を声で表すように、力の限り叫んだ深緑色の髪の少年は、大剣を魔物に振り被る。

 だが、当の魔物には掠りもしない。というより、魔物はその場から動いてすらいなかった。少年の腕力が大剣の重さに負け、剣先があらぬ方向へ泳いだのである。つまり、少年の方が勝手に狙いを外した結果だった。

 魔物は意気揚々と小さな身体を屈めたかと思いきや、反撃とばかりにコークスクリューばりの見事な体当たりを少年の顔面へお見舞いした。


「ぶへぇ」


 気の抜けた悲鳴と共に、少年の身体がよろめく。よくよく見れば、その顔は見るも無残にボコボコにされていた。これまで、数々の攻撃をその顔面でひたすら受け続けたのだろう。まるでスー○ァミ時代のスト○ートファ○ターの敗者を彷彿とさせる有り様だ。


「アッシュ!? ……くそっ当たれぇ!!」


 どうやら、深緑色の髪の少年はアッシュというらしい。紺色の少年は悔しげに唇を噛みながらも、長弓の弦を引いた。

 ぽひゅん、と気の抜けた音と共に力無く飛んだ矢は、乾いた音をたてて魔物の前を転がる。


 弓矢に狙われていた魔物は紺色の髪の少年に向き直ると、全身で怒りを表すようにぷるぷると震えてから、怒涛の勢いで突進していく。


「に、逃げろクラウス!」

「うわあああああ――べっ!?」


 アッシュの悲痛な叫びも虚しく、魔物の突進は取り乱した紺色の髪の少年――クラウスの顔面にクリーンヒットした。


 ころんと地面を転がるクラウスを庇うべく、悲壮な覚悟を決めたような面持ちでアッシュが魔物の前に立ちはだかる。


「クラウス、お前だけでも逃げろ。……ここは俺が食い止める」


 何か始まったようだ。


「なっ!? 馬鹿な事を言うなよ! アッシュを置いて、僕だけ逃げられるわけないじゃないか! 最後まで一緒に戦うさ!」

「そうか……」


 自らの提案を即座に拒否するクラウスに対し、アッシュは鼻の下を指で擦り、どこか嬉しそうに言った。


「へへ……前々から思ってたけど、お前ってバカだよな……!」

「君ほどじゃないよ、アッシュ」


 鼻血を垂らしながら、少年たちは歯を見せて笑い合った。どうやら、彼らの脳内辞書に撤退という文字はないらしい。

 2人の少年は最後の力を振り絞るように己の武器を構え、魔物と向き合う。

 対する魔物は、粋がる子供を嘲笑うかのように小刻みにぷるぷると震えてみせた。


「いくぜ、クラウス!」

「ああ!」


 己の瞳の内に、闘志という名の炎を燃え滾らせる2人の少年。まさしく、少年漫画ばりの熱い展開といえよう。

 ……彼らの相手が、このハウヴンスクにおいて、名実共に最弱の魔物―― 一般にグミンと呼称される単細胞生物――でさえなければ。


「――っ! ――ッッ!!」


 笑い過ぎて、上手く呼吸ができないのだろう。腹を抑え、膝を震わせながら凭れ掛かってくるネーヴェルを抱き留めつつ、イチノは呆然とした表情で呟いた。


「……なにこれ?」


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