その11
恙なく依頼を達成し、無事に都市に帰還したイチノとネーヴェルは、採取した薬草を僅かばかり手元に残して全て換金、元々の報酬も合わせて計緑銀貨2枚と銀貨3枚を手に入れた。日本円にして約23000円、そこそこの金額である。
それに加え、依頼には含まれていなかった種類の薬草も多数入手できたので、ネーヴェルも大満足。薬草が手に入ったら、色々と薬品を試作するつもりだったらしい。今の彼女は、見るからに上機嫌な様子だ。
宿屋に帰ってきた2人は借りていた弁当箱と水筒を返却し、店番していたリッツォと軽く雑談。無事に傭兵登録を済ませ、初依頼も達成した事を報告すると、部屋に戻った。
夕飯の時刻までは、まだしばらく時間が余っているということで、イチノとネーヴェルはそれぞれ自由に過ごすことにした。
「イチノ様、私の道具出して?」
ネーヴェルは早速、調合を始めたいらしい。
彼女にせがまれ、異次元ポケットに保管していたネーヴェル専用の錬金術道具一式を備え付けのテーブルにセットした後、薬草を詰めた袋を手渡す。
嬉しそうに袋を受け取ったネーヴェルは、即座に表情を真剣なモノへ切り替えると、幾つかの器具を弄り出した。
それを横目で見届けたイチノは斡旋所で貰ったガイドブックを取り出し、ブーツを脱いでからベッドに倒れ込む。
昨日は色々と切羽詰まっていたので後回しにしていたが、今なら少しは思考を巡らせる余裕がある。
イチノはこの自由時間を利用して、この世界の事を学び、そこから自分達が召喚された原因を探ろうと試みた。
勿論、ガイドブックで得られる知識など高が知れているのは百も承知だ。詳しい事は、暇を見て元傭兵であるベッツォに尋ねてみるつもりである。
だが、この本でも事前知識を得る分には十分に役立つ。
身体を横にし、力を抜いた事で、襲い来る若干の睡魔に耐えつつ、パラパラと本を捲り、斡旋所の支部が置かれている国家を解説しているページを開くと、イチノはそのまま熱心に読み耽った。
昨日、雑貨屋でもちょろっと聞いたのだが、改めてこの世界が『ハウヴンスク』という名称で呼ばれている事を再確認しておく。
イチノやネーヴェルという"キャラクター"が存在した世界『リザールシア』とは、掠りもしていない。
挿絵として載せられた大陸全土の地図を見て、イチノはひとつ溜め息を吐いた。記憶に留めてある、どの大陸とも明らかに形状が異なっている。
ガイドブックに載せられていた情報は、"自分達は紛れもなく異世界に召喚されたのだ"という現実を決定的なモノにした。
まぁそれについて今更どうこう言うつもりはない。言ったところでどうにもならない話をぶり返したところで、何の意味もないのだから。
重要なのは、いったい何が原因で異世界へ飛ばされる羽目になったのかという事柄だろう。
ネーヴェルの話では、異世界へ飛ばされる前に、確かに召喚陣らしき物を見たらしい。この証言を事実と認めるならば、どう考えても、この召喚事故は人為的なものという話になる。
一連の出来事は、人の意志を全く介さない偶然の賜物だ――等という暴論を支持するつもりはない。
一応、召喚陣を用いた何かしらの実験の最中に起きた偶発的な事故だった――という可能性は思考の隅に置いてあるが。
理由は何にせよ、この拉致事件には必ず犯人がいるハズなのだ。
まずはその犯人を探し出し、何とかして元の世界への帰還方法を聞きださなければならない。帰るか帰らないかは別として、イチノは、残された家族に対するアフターケアはきっちりするべきだと考えていた。
「まずは、こんな馬鹿な真似を仕出かしそうな国に当たりを付けないとな。召喚された理由も考えつつ、纏めていこう」
候補としては、イチノが考えた3つの条件のうち、何れかに該当する国だ。
異世界召喚系ライトノベルでいう、主人公が異世界へ召喚される理由の鉄板といえば、敵に追い詰められた国家が主人公を勇者と見做し、助けを求めてくるパターンである。
鉄板過ぎて、実際には逆に見かけない設定であるが、それはひとまず隅に置いておく。
即ち、強力な敵対国家、または魔物に攻め立てられ、二進も三進もいかず窮地に陥っている国があれば、そこが怪しいといえよう。
これが条件その1。
次に他国へ頻繁に侵略を繰り返し、自国の領土を強引に押し広げている軍事国家だ。
異世界人を、世界の覇権を握る為の強力な戦力として利用する目的で召喚する話もよくある展開といえる。
この場合、好戦的且つ野心的な国家が怪しい。
これが条件その2。
最後に、魔法の研究が特に盛んな国を挙げる。
何がしかの魔法実験が暴走するなり何なりして、偶発的に召喚されてしまったような場合も考慮すると、候補に入れないわけにはいかない。
これが条件その3。
イチノ自身も色々と穴がある事は百も承知しているが、思い付く限りでは大体こんなものだろう。
これ等に当て嵌まる国がないかガイドブックを読んで調べてみるものの、成果はなかった。そこらへんのお国事情までは記述していないらしい。
とはいえ、全くの収穫なしというわけでもない。一応ながら、この大陸について最低限の情報を得ることはできた。
本によると、この世界には大きく分けて3つの大陸が存在するらしい。
その1つが、今イチノとネーヴェルが滞在している大陸である、バゼルウィン大陸だ。
この大陸の大きな特徴といえば、北西から南東にかけて陸を袈裟懸けに切り裂くように流れる超大な大河『バンデミオ大河川』であろう。
国境線の役割も果たすこの川は、バゼルウィンを見事に分断しており、それにちなんで、大陸もそれぞれ東、西バゼルウィンと分けて呼称されているそうだ。
西には2つ、東に3つの強大な国が幅を利かせており、この五強国が大陸の情勢に大きな影響を及ぼしているのだとか。
ちなみに、2人が滞在している国は西バゼルウィンに位置する中小国のひとつである。
西バゼルウィンに座する2つの大国及び自国とほぼ同規模の小国3つ、計5つの国と国境を面しているらしい。外交面でなかなかに気苦労が絶え無さそうだ。
それはさておき、まずはこの五大国の情報を得ようと思い立ったイチノは、調合に夢中になっているネーヴェルを残して階下の食堂へと足を運んだ。
扉をくぐれば、カウンターでコップを磨いているベッツォが目に入った。
どうやら夕飯の準備は既に終えたらしい。テーブル席には、早くも酒を呑んでいる客もいるようだ。
「おっ、イチノじゃねえか。聞いたぜ、無事に傭兵登録できたんだってな」
「はい、お陰様で」
「そうかそうか! それは何よりだ。で、何か注文するのか? ちょいと早いが、夕飯にしたけりゃ用意するぞ」
「いえ、夕飯はもうしばらく後で。それよりも手頃な値段でお勧めの酒をください。軽いつまみも一緒に」
イチノはベッツォと正面から向かい合える席に腰を下ろす。
この席なら、杯を傾けるついでに話を聞いてもらえるだろう。
「――あいよ、お勧めの酒だな」
少しの間を置いて、ニヤリと意味深な笑みを浮かべたベッツォは、酒瓶を収めている棚から一本の瓶を取り出すと、拳大の透明なグラスをイチノの前に置いた。
素直に出してくれるあたり、飲酒に関する法律は定まっていないのか、若しくはそれほど民衆に浸透していないのかもしれない。
外見は思春期真っ盛りな少年でも、中身は三十路を控えたおっさんであるイチノは内心でほくそ笑んだ。元々酒を好んでいた彼からすれば、実に好都合な結果であった。
茶色いガラス瓶から注がれる琥珀の液体が独特の音を奏でつつ、グラスを満たしていく。その際に仄かに鼻腔を擽った香りから、イチノは目の前の酒の正体を看破した。所謂、ウィスキーである。
「これ、つまみな」
薄く切ったドライソーセージと何かしらのスモークチーズを盛り合わせた皿が置かれた後、ニヤニヤしたベッツォの笑みだけが残る。
恐らくは酒精の強さに耐え切れず、無様にむせて咳き込む姿を期待しているのだろう。
イチノは無言のまま、グラスを一気に呷った。
「あっバカやろッ――!」
ベッツォが焦った声をあげるが、もう遅い。
気にせずに中身を飲み干すと、熱い吐息を胸の奥から吐き出しつつ、先程のベッツォと似たような笑みを浮かべた。
微かな甘さと芳醇な香りが口内を満たすと同時に、喉と胃を焼け付くような熱さが駆け抜けるが、ここは我慢。
イチノの笑みを見て、ベッツォは困ったように頬を掻いた。
「うっふ……流石に一気飲みはやり過ぎたか。喉が焼ける」
「お前さん、この酒を知ってたのか? うちの地方でしか作られていない特産品なんだが……」
「まぁ、以前にこれと似た酒を飲んだ事がありまして」
苦笑するベッツォに軽く笑いかけながら、イチノはつまみを口の中に放り込む。
ドライソーセージの塩辛さとスモークチーズの濃厚な旨味が合わさり、舌の上に残るウィスキーの香味と融合していく。
「ちっ、そういう事か。コイツの酒精の強さに驚く顔が見たかったんだがなぁ」
「ご期待に添えず申し訳ありませんね」
互いにカラカラと笑いながら、談笑を楽しむこと少し。
食堂に来た本来の目的を思い出したイチノがベッツォに話を振った。
「ところで、五強国に関して少し教えてもらいたいんですけど、いいですか?」
「あん? 五強国? それは構わねえが、具体的には何を聞きたいんだ?」
「そんな大した事でもないですよ。単純に、どういう所なのかなって」
お替りを注がれたグラスを傾けつつ、少しばかり酩酊しつつある頭を必死に回転させながら、言い訳を考える。
「次の目的地はいずれかの国を目指そうと考えてるんですけど、今までの旅路ではとんと縁がなかったもので、情報が不足してるんですよね。なので、そこらへん詳しそうな人に、参考までに聞いておこうかと思いまして。ベッツォさんは元傭兵とのことでしたので、話を聞かせてもらうのに適任かと」
「なるほどな。なら、簡単に説明してやろう――」
それからしばらく、イチノは黙ってベッツォの話に耳を傾けた。
◆◆◆
それなりの時間が経ち、食堂へ降りてきたネーヴェルと一緒に夕食を済ませてから自室へ戻ったイチノは、天井から吊り下げられたランタンを灯し、薄暗い室内を明るくした。
頼りない光源がゆらゆらと揺らめき、現代のLED照明では実現できない独特の雰囲気で満たしていく。
不安定に揺れる己の影を背に、イチノが控えめながらも腹に力を込めた声音で言った。
「これより第一回円卓会議を始めようと思います!」
「わーぱちぱち」
「うむ。ノリが良くて非常によろしい」
ネーヴェルの合いの手に気を良くしつつ、イチノは備え付けの小さなテーブルを挟んでネーヴェルと向かい合って座った。
彼女の銀色の瞳がイチノの黒い瞳を捉え、互いの視線が絡み合ってから数秒後。イチノはゆったりとした口調で言葉を紡いだ。
「さて、今のところは特に目的も定めることもなく、日銭稼ぎを主眼に置いて日々を過ごしているわけですが」
日々といっても、まだ飛ばされて二日目なのだが。細かい事はスルーして話を続ける。
「ある程度の常識を学び、路銀が溜まった未来を想定して、今のうちに俺達の活動方針を決めておこうと思います」
「ん」
「俺は、この世界に飛ばされた原因を調べたい。で、あわよくば元の世界に帰る方法……まではいかなくとも、どうにかアクセスする手段を見つけたいと考えています」
「……」
ネーヴェルは何か言いたそうに、少しばかり眉尻を下げるが、その美しい唇が動くことはなかった。
彼女の発言を待っていたイチノはネーヴェルの内心を薄々察しつつも、敢えて問い質すことはせず、気を取り直して会話を再開する。
「ネウさんは今後の方針に関して何か意見や要望はある?」
「ん……イチノ様と一緒なら何でもいい」
「おっと、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。まぁそれなら、とりあえず俺の案を採用って形で話を進めていいかな?」
「うん」
「おっけ。なら、今はとにかくお金を貯めよう。んで、ある程度のお金が貯まったら、本格的に調査を開始するってことで」
無言のまま頷くネーヴェル。
漠然としながらも一応の方針が決まり、イチノは次に将来的に調査する必要があると思しき国について話を進める。
「さて、原因を調査する話の続きだけど、ベッツォさんから聞いた話を纏めて、俺の方で怪しい国をある程度絞っておいたんだ。まずはそこらへんの情報を共有しておこうか」
異次元ポケットからガイドブックを取り出し、大陸地図が載っているページを開く。
「最初に、俺達がいる国がここ、ヘンデルランツ王国って言うらしい」
「ふーん、なんか細長いね。海にも面してるんだ」
「そ。んで、ヘンデルランツと国境を接している北の大国がデルキア帝国、東の大国がゼルディオン王国、ヘンデルランツとゼルディオンに挟まれてる小さな国がシグニッツ公国」
それぞれの国を1つずつ指し示していくイチノの指先をネーヴェルの目が追っていく。
ヘンデルランツ王国は、北北西から南南東に掛けて細長く伸びた国土を持つ中規模の国家だ。海にも面しており、極小規模ながら軍港も有している。
この国を抑えれば、東の大国ゼルディオン王国と西に固まる小国家群を真っ二つに分断できる為、大陸覇権を狙うデルキア帝国に度々侵攻を受けているそうだ。
その都度、ゼルディオン王国とシグニッツ公国の2か国と軍事同盟を結び、辛うじて国土防衛を果たしてきたのだとか。
今は何度目か数えるのも馬鹿らしい停戦期間中との事で、大規模な軍事行動は双方共に行われていないそうだが、小競り合いは未だに続いているらしい。
常日頃から戦乱の絶えない国であることは間違いなさそうだ。
「西側の小国2つを含めて、今回はデルキア以外の国は重要じゃないので省きます」
イチノはバッサリと切り捨てると、指先をデルキア帝国の上に持っていく。
「俺が調査の対象として選定した国の1つが、このデルキア帝国。この国は所謂、軍事国家だね。ここ数十年の間に、近隣の小国を片っ端から飲み込んで肥大化していったらしい」
地図で見れば、西バゼルウィン大陸の実に三分の一を占有しているデルキア帝国は、国境としての役割も果たしているバンデミオ大河川を跨いで領土を持っている唯一の大国である。
ベッツォの話によれば、自国内に抱える迷宮の1つが完全攻略された頃から、他国への侵略行為が激しくなっていったようだ。
迷宮攻略と国の成長に因果関係があるのかは不明だが、一概に無関係とは言い切れまい。
しかし、ここまでは割とどうでもいい情報である。イチノにとって、調査対象として選ぶ決め手になったのは、攻略された迷宮から持ち帰った秘宝の1つに、『異界の生物を召喚する宝杖』なる物があり、それが帝国の宝物庫に納められているという噂であった。
真偽の程は定かではないものの、過去に何度か使用されたという噂も一緒に持ち上がっているあたり、信憑性はそこまで低くないと思われる。
故に、イチノはこれを本命として位置付けていた。同時に、確信に迫り得るかもしれない情報をさして苦労も無く入手できた事に、些か拍子抜けしていたりもするのだが。
ネーヴェルに説明を終えたイチノは、肩を竦めてみせる。
「といっても、色々ときな臭い国だから、調査に赴く際は慎重に事を進める必要がありそうだけどね。俺達を召喚したのが本当に帝国だった場合、向こうの出方次第では最悪、敵対する可能性もあるし」
「大丈夫。何があっても、私がイチノ様を護ってあげる」
「ありがとう、ネウさん。頼りにしてます」
「任せて」
ネーヴェルの言葉を受け取り、軽く微笑んで礼を言いつつ、イチノは地図の上の人差し指をずらした。
「次。問題が発生して、帝国内での調査が不可能となった、或いは特に成果がなかった場合。その時は目的地を変更して、東バゼルウィン大陸にある五強国のひとつ、ヴァーニス皇国を目指します」
ヴァーニス皇国とは、東バゼルウィン大陸の北東一体を支配する大国だ。
バゼルウィン大陸の最北端、グローデン魔境を統べる『魔族』の国家と長年に渡り血みどろの戦争を続けており、恐らくは五強国の中で最も精強な軍隊を持つ国家である。
世界で唯一、殲鬼兵と呼称される対魔族専門の特殊部隊を有し、十剣将という人外レベルの猛将を抱えているらしい。
領土の北方には鉱山地帯、南方には緑豊かで肥沃な大地が広がっており、侵略上等のデルキア帝国ですら、ヴァーニス皇国の前には強気に出れないという事実を鑑みれば、国力的にどれだけヤバイ国家なのかは自ずと理解できよう。
ちなみに、『魔族』を簡単に説明すると、頭部に大きな角を持つ、"魔力"の扱いに秀でた人型の種族をいう。人型というか、頭に角がある事を除けば、見た目的には人間と変わらないとのことである。
「ベッツォさんから聞いた情報なんだけど、何でもその皇国で勇者様が現れたみたいなんだ」
「勇者様?」
可愛らしく小首を傾げるネーヴェル。
勇者の存在が気になるというよりは、何故に勇者の話が出てきたのか、話題との関連性が見えず、疑問を抱いているのだろう。
「イエス、勇者様。こういう存在って異世界召喚系のテンプレみたいなもんだし、調べれば何かしら情報が得られるかもしれないんだ」
「ふーん?」
暴論ともいえるイチノの弁に対して、曖昧に頷くネーヴェル。ここらへんのラノベ脳気質な理屈は、彼女には理解し難いようである。そりゃそうだ。
イチノの方も理解が得られるとは思っていないので、気にせずに続ける。
「それに皇国って魔法技術の最先端らしいから、勇者は別にしても、一度赴くだけの価値はあると思うんだ」
ヴァーニス皇国は、大陸で最も魔法の研究が盛んな国だという。そうであるならば、勇者の件が空振りに終わっても、得られる物はあるかもしれない。
「ん、問題ないよ。私はどこにだって一緒に付いていくから。イチノ様が"行きたい"と言うのなら」
どこまでも真摯で真っ直ぐなネーヴェルの眼差しが、イチノの視線と交叉する。
精錬された白銀を思わせる瞳孔に、魂を吸い込まれるかの如く数瞬の間見惚れたイチノは、気恥ずかしさを誤魔化す為に軽く咳払いしてから言った。
「……んんっ! では、纏めます。とりあえずの方針として、まずはお金貯めてから帝国に向かうって感じで。俺からは以上だけど、ネウさんは何か議題に出したいことはあるかな? どんな些細な事でもおーけーよ」
「じゃあ、私からも少しだけ報告。この世界の薬草でも、『リザ-ルシア』で流通してた回復薬とその他のお薬作れたよ。以上です」
「えっマジで? ちょっ、そんなあっさり終わらせないで! kwsk説明ぷりーず!」
当の本人はしれっとしているが、ゲームで流通していた回復薬の類をこっちでも製作可能であるという予想外の事実に、イチノは思わず興奮した。
彼らからすれば、性能が低過ぎるハウヴンスク製の回復薬など、鞄を圧迫するだけのお荷物に過ぎない。
そんな"もどき品"に頼る気になど到底なれず、持ち込んだ回復薬を節制しながら使っていこうと考えていただけに、リザールシア製回復薬の量産可能報告は棚から牡丹餅にも等しい幸運であった。
「ん。今日拾ってきた薬草だけど、適当に混ぜ混ぜしてたらヒールポーション(緑)と(青)、マジックエーテル(黄)、睡眠薬が作れたの」
「適当に混ぜ混ぜしてるだけでお薬作れるとかしゅごしゅぎぃ……伊達に錬金術をマスターしてないな。で、どれくらい作れた?」
「(青)だけは薬草の消費量が多くて1本のみ。あとは各種5本ずつ。(青)は材料の消費量が倍以上に増えるから、量産するなら大量の薬草が必要だよ」
「ふむ……。とはいえ、ポーションだけじゃなくてエーテルも作れるのは嬉しい知らせだな。ネウさん、よくやった!」
ヒールポーション(青)は緑のワンランク上位品であり、マジックエーテル(黄)はMPを回復するアイテムの最下級品である。
下級品のポーション緑とは異なり、中級品の青の回復力はそこそこのものだ。さらには、ネーヴェルが作製することで品質が通常品からハイクオリティ品となっており、性能もアップしている。ゲーム中では、材料の入手のしやすさと回復力の高さから、最も好んで使用していたポーションである。
これなら、折を見てもう一度薬草採取に赴くべきだろう。当然、報酬目当てではなく、自分達で消費する為に。
一応、傷や状態異常はイチノの魔法でも癒せるのだが、アイテムで回復する方が即応性は高い。なにより、MPが切れた時の緊急時に備えておける点は到底無視できるものではなかった。
薬草を大量に確保する為に、丸一日を採取に費やすとして、他にもやっておきたいことは沢山ある。さて、まずは何を優先すべきか。
――と、そこへ、椅子から立ち上がったネーヴェルが、考え込むように黙っていたイチノの膝の上へ座り直す。
柔らかな重みが己の膝を心地良く圧迫する感触に、イチノは目を白黒させた。
「お、おお……?」
「ねぇ、イチノ様。私、頑張ったよ? だから、ご褒美ちょーだい」
イチノの首に腕を回し、上から覗き込むように視線を合わせるネーヴェルが、どこか妖艶な雰囲気を感じさせる甘ったるい猫撫で声で褒美を強請る。
彼女の雪のように白く美しい髪とフルーティーな吐息が頬を擽り、心臓が爆発したように鼓動する。
いったい何を要求されるのか、胸の高鳴りが治まらないイチノはどもりながらも声を絞り出した。
「ごごご褒美でございますか……?」
「うん、ご褒美」
怯えるチワワと化したイチノに対し、艶やかな微笑を湛えるネーヴェルは、
「――ん。頭、撫でて欲しいの」
何とも愛らしい要求を口にした。
「あ、あぁ……そんな事でいいのなら、喜んで。よしよし、良く頑張りました」
「んぅ……」
ホッとしたような、ガッカリしたような。そんな複雑な感情を押し殺し、イチノはネーヴェルの頭を優しく撫でる。
気持ち良さそうに瞼を瞑るネーヴェルは己の頭をイチノの肩に預け、リラックスしたように身体の力を抜いた。
――どうやら、今日も無事に一日が終わりそうだ。