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その9

 一度退室した女性職員が連れて戻ってきた男性職員2人は瞼の限界まで目を剥き、我を忘れて魔導具に齧り付いている。

 正直な話、かなり絵面が悪い。


「信じられない……本当にこんな事が……」

「これは……レアリティが0はまだしも、まさか7とは……」


 夢なら早く覚めろとばかりに眼球を揉みほぐす男性職員達は、この斡旋所で傭兵の個人情報を監理している部署を取り仕切っている人物らしい。

 正式には傭兵斡旋所の情報管理部第二課課長と情報管理部部長である。


「イチノ様とネーヴェル様、でしたね? あなた方も教会でレアリティ査定を受けているはずですが、その時には何も言われなかったのですか?」


 部長が詰問するような口調で問い質してくる。レアリティ査定とやらを2人が受けている前提で話しているあたり、国民の義務にも等しい事柄なのだろう。


「受けてないけど?」


 普通なら何か悪い事をしてしまったのかと不安になりそうな空気なのだが、ネーヴェルは特に気にする素振りも見せずに平然と言い返す。これがイチノなら小声になっていたに違いない。


「何ですって? それはまたどうしてですか? 親は貴方を教会に連れて行かなかったのですか?」

「さあ? 私達は捨て子だし」

「それは……なるほど、そういう事ですか……」


 ネーヴェルの話を聞いた部長は捨て子という単語に反応を示し、何やら一人で納得したように頷いている。疑ってもいないようだ。

 やはり、彼女の堂々とした態度が嘘に説得力を持たせているのだろう。実技試験時のポンコツ具合が信じられない程の変貌ぶりである。

 イチノは全ての会話をネーヴェルに託し、自らはボロを出さないように無表情の維持に徹しようと固く誓った。


「そもそもレアリティって何?」

「その質問が飛んでくる事自体、こちらとしては信じられない思いなのですが……どうやら事情が事情のようですので、簡単に説明致します。レアリティとは、その生物に与えられた神の寵愛の度合いです。一般的にはレアリティが高ければ高いほど、身体能力や魔力、運気に恵まれ、様々な才能を開化させることができるとされています」


 纏めると、


 クラス1・インフェリア

 クラス2・コモン

 クラス3・アンコモン

 クラス4・レア

 クラス5・スペシャルレア

 クラス6・スーパースペシャルレア


 の6つにカテゴライズされているようだ。


 しかし、この神の寵愛とやらが、ネーヴェルは今まで確認されていなかったクラス7に該当するのだという。

 この数字は"ゲーム"における彼女の『レア度星7』と同数だという事実を知っていたイチノは、なんとなく無関係ではないような気がして、微かに顔を顰めた。

 まぁ、だからどうしたという話なのだが。

 そして、その神の寵愛が0だというイチノ。それは彼がプレイヤーだからか、または他に原因があるのか、それはわからない。

 何れにせよ、上等である。

 元々神様など信じていない身の上なのだ。レアリティを得ることで何かが変わってしまうくらいなら、いっそレアリティの恩恵など受けずに、今までと同じように何も変わらないままの方がいい。

 決して負け惜しみではない。決して。


「クラスは最低1から最高6の計6つに分けられます。どのクラスのレアリティが授けられるかは、その方の運次第です。とはいえ、大半の人間がクラス2に割り振られますが。ただ、近年になって、低確率ながら親のレアリティを子が引き継ぐ可能性があるとの研究報告が発表されています」


 レアリティの高さは、神の寵愛の深さ。

 その為、貴族の間では"血"よりも重要視されているらしい。

 レアリティが高ければ平民だろうと貴族や王族の血族に迎え入れるのだとか。場合によっては、世界中から熱烈な勧誘を受けることさえあるようだ。


「通常、レアリティは子供が3歳の誕生日を迎えた際に、親が子供を教会に連れていく形で査定を受けます。レアリティの査定は国民の義務……とまでは言いませんが、限りなくそれに近いものであり、余程の事情がない限り査定を受けていない者はおりません」

「ふーん」


 あまり興味無さそうなネーヴェル。

 まぁそりゃそうだよね、俺達はこの世界に来てまだ2日目だし――と、イチノは内心で同意した。

 レアリティだなんだと言われても、いまいちピンとこない。

 だが、イチノもこれだけは理解した。ネーヴェルの存在が世間に明らかにされれば、下手をすれば世界中が彼女を求めて動くかもしれないのだと。

 面倒事は避けたいのだが。

 イチノの心に憂鬱という名の泥が沈殿していく。


「深く詮索するようで申し訳ないのですが、お二人は孤児院でお育ちになられたのですか?」

「ううん、私達を拾った養父が育ててくれた」


 宿屋にて即興で作った作り話を持ちだすネーヴェル。こちらの世界ではこの設定で通すらしい。嘘も方便とは、まさにこのような事を言うのだろう。


「その養父様は今どこに?」

「旅の途中で魔物に殺されて、もういない」

「……大変失礼致しました。心中お察し致します」


 あ、そういう設定なんだ――と、ここにきて新しく盛られた嘘を記憶しておくイチノ。自分に話が振られても、慌てずに対処できるように心構えをしておかなければ。

 下手にボロを出したせいで、こちらの腹を探られては敵わない。藪を突かれるのは御免蒙る。


「それは別に良いけど。結局、カードは作ってくれるの? くれないの? 作るつもりないなら、もう帰りたいのだけど」

「ご安心ください、カードは既に作らせてあります。レアリティの件も私達が直接確認致しましたので、書類上の問題も無くなりました」


 どうやら、傭兵登録自体は既に済ませてあるらしい。斡旋所からすれば、試験官を負かす程の優秀な人材をみすみす手放す理由もないのだろう。

 ちなみに、2人には与り知らぬ話だが、実技試験の様子を休憩がてらこっそり見物していた職員が早速噂を広めており、既に一部の間で期待の新人としてマークされていたりする。


 閑話休題。


「ただ、また後日改めてお話を伺うことになると思いますので、その点はご了承頂きたく存じます」

「それはどうして?」

「えっ? いえ、どうしてと申されましても……。なにぶんクラス7など歴史上初めての快挙ですから、詳細な話を聞いたうえで上層部に報告を……」


 このタイミングで問い返されるとは予想外だったのか。会話を締めようと考えていた部長は困ったように言葉を詰まらせる。


「それは私達に何かメリットはあるの? 無駄に騒がれるのは迷惑なのだけど」

「必ずしもメリットがあるとは断言できません。しかし、必要な事なのです」

「……面倒臭い」


 感情を煮詰めたような一言が中空に霧散する。

 ネーヴェルはその端整な顔を僅かばかり歪めて、苛立ったように深く息を吐く。絶世という言葉を体現する美少女なだけに、その迫力も通常の人間とは桁が違った。

 飾り気のないストレートな言い回しに、職員達もたじたじだ。可哀想に。


「もうカードはいらない。だから、私達の事は放っておいて」

「そ、それはっ! お待ちください! 貴女のお気持ちは分かります! ですが、私達も知ってしまった以上、見て見ぬ振りはできないのです! どうかお考え直しください!」

「嫌」


 もうここにいる価値はない。躊躇無く切り捨てたネーヴェルに、自分に向けられた言葉ではないにも関わらず、イチノは少しばかり動揺した。

 最早取り付く島もない。イチノの手を掴み、椅子から腰を浮かすネーヴェルを見て、職員達が大いに狼狽する。さり気なく扉の前に移動するあたり、是が非でも逃がしたくないらしい。お仕事熱心である。


「わ、わかりました! この話は何とか当斡旋所内だけに留めておきますので! どうか傭兵登録だけはお願い致します!」

「……」


 そこまでしてネーヴェルに首輪を付けておきたいのか。

 部長が深く頭を下げたことで、事の成り行きを見守っていた他の職員も慌てて頭を下げる。土下座せんばかりの勢いに、イチノは顔を引き攣らせてドン引きした。

 ここでみすみすネーヴェルを逃がしてしまった暁には、首を括るしかないと言わんばかりの態度である。

 そんな彼らの態度を黙って眺めていたネーヴェルは、しばらくして椅子に座り直した。


「嘘吐いたら殺すよ?」

「は、はい……承知致しました……」


 怖い。

 脅迫罪を適用されないか心配になるほどのド直球だ。

 冷や汗を滝のように流す部長を哀れに思いながらも、イチノは己の隣に座るネーヴェルの交渉力に舌を巻いていた。

 本音と演技を使い分け、自分達の不利にならないように話を上手く纏めたその手腕は賞賛に値する。

 これがイチノであれば、あれよあれよと言う間に面倒事の渦中へ引き摺り込まれていたことだろう。

 いや、これから先もそうならないとは限らないのだが、少なくとも現時点では最良にも等しい結果に抑えることができたと断言できる。ネーヴェル様様としか言いようがない。


「では、こちらが傭兵カードになります。再発行には別途料金が課されますので、くれぐれも紛失されないようにご注意ください」


 なめし革らしき素材で作られた茶色のカードを受け取り、イチノとネーヴェルはそれぞれの懐へ収めた。結構凝ったデザインをしており、見た目はお洒落である。

 ついでに、新人傭兵に向けて様々なアドバイスを載せた皮装丁の本も頂戴した。内容としては各土地の特性に合わせて各種魔物や薬草の情報などを纏めている。簡易的な地図も含まれており、かなり本格的に作り込まれたガイドブックだ。

 これは思わぬ収穫といえよう。イチノとしては、簡易版ながらも地図を入手できただけで傭兵登録した価値があったというものだ。


 内心で大喜びするイチノがパラパラと本を流し読みし始める中で、部長がおずおずと遠慮がちに口を開く。


「あの、差支えなければ宿泊先を教えていただきたいのですが――」

「……」


 差支えあるからイヤ――そんな台詞が幻聴として聞こえてきそうな、冷たい光がネーヴェルの瞳に宿る。

 首筋へ仄かに当たる冷風が、歓喜に浮かれていたイチノを一瞬で現実へ引き戻す。

 直接その冷気を当てられた部長などは、そのいぶし銀な顔付きを真っ青に変色させていた。


「……し、失礼致しました。忘れてください」


 背筋どころか心臓すら凍り付く無言の圧迫感に部長の心が折れたようだ。前言は撤回され、深く頭を下げられる。

 これで何一つ『アビリティ』を行使していない事を知るイチノからすれば、尚の事恐ろしいと言わざるを得ない。


「……」


 肩に圧し掛かるような重たい空気が、無言の静けさという形で空間を支配している。

 決して部長の態度が悪いわけではないのだが、いつの間にかネーヴェルの苛立ちは演技ではなくなっていた。

 妙に束縛しようとしてくる斡旋所に、現在進行形で印象を悪くしているらしい。


 流石にこのまま放置するのも不憫に思ったイチノは、己の手を掴むネーヴェルの手をそっと握り返す。

 その意味を正しく汲み取ってくれたのだろう。ネーヴェルはハッとしたようにイチノへ振り向くと、決まりが悪そうに眉を八の字に寄せた。


「不必要に干渉しないと約束してくれるなら、教えてあげてもいいケド……」

「――! 本当ですか!? 勿論、斡旋所の名誉にかけてお約束致します!」

「宿の人に迷惑掛けたら承知しないからね?」

「こ、心得ております……」


 妥協したネーヴェルに釘を刺され、部長が顔面を引き攣らせる。


 女性職員が宿屋の名前をメモしたところで、ネーヴェルとイチノは椅子から立ち上がった。

 これでやるべき事は全て済ませた。今度こそ、もう用はない。

 一応、イチノのレアリティも大きな問題として取り上げるべきなのだが、いつの間にかすっかり忘れられてしまっていたのはスルーである。イチノ的には願ったりな状況なので、蒸し返すつもりもない。

 これもネーヴェルが会話の一切を引き受けてくれたおかげだ。

 彼女にばかり面倒事の処理を押し付けてしまっている現状を申し訳なく思いつつ、自分には何もできないとイチノは首を横に振る。


――その顔は、どこか諦観にも似た感情を孕んでいるように見えた。


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