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飛べない鳶の勇者生活  作者: 上瓶コルク
第一章
8/18

 7 裏庭で

「はあぁぁぁ...」

 トンビはまた情けないため息をつきながら手に握っていたシャツを再び絞った。季節が春あたりだとは言えども、水はまだ冷たかった。少しずつ冷却されていく指先に気を付けつつもシャツを絞ってはパンパンと水気を払う、をトンビはしばらく続けていた。

 「...」

 ...。

 地味だな...。

 トンビは今、見ての通り朝方お茶(しかも色の濃い緑茶)まみれにしてしまった勇者服に似ているシャツをとりあえず洗っていた。なんとなくあのまま朱蓮に迷惑はかけたくなかったし、その前に居心地も悪かった...とやら云々かんぬんがあって今は集落のはずれに流れていた川で洗濯をすることにした(幸い、シャツの代わりの服は朱蓮がいつの間にか出してくれたので、有難く今着させてもらっている)。

 あー、やれやれ。

 「どうしようかな...」

 朱蓮の家に戻ってもおそらく彼女はいないだろうし、仮にいたとしてもやることがない。あ、この洗濯物もどうしよう...。

 そんな風に悩んでいる時だった。

 「おや?」

 「!!」

 不意に見知らぬおば...いや、少し年配の女の人がひょっこりとトンビの背後に現れた。いろいろなトラウマがあったトンビは洗濯物を持ちながらほぼ反射的に後ずさりをした。

 さすがに初対面で後ずさりをされると不審に思われるだろうか、なんて一瞬思ってしまったのだが目の前の女性はそんな顔一つせず、むしろ逆に朗らかな笑顔でトンビに近づいてきた。

 「まあまあそんな怖がらずとも。あたしゃ何にもしないよ」

 「す、すみません...」

 トンビはなぜかまた反射的に頭を下げた。

 そんなトンビを見た女性は大げさにはっはと笑うとトンビの背中辺りをバシバシ叩いた。

 「なんだかおとなしいねぇ君は。見ていて癒される気がするもんだよっ」

 「は、はあ...」

 なんだかこの光景、どっかの漫画やら映画やらで見たことがある気がするな...。

 ...ん、そうだ。

 「あの...」

 「なんだい?」

 「このシャツ、干させてもらっていいですか?」



 同時刻。

 少し離れた竹藪の中に、着心地のよい装束を着て、ところどころ穴の開いた太い竹を前にひたすら無言で愛刀をふるう高身長の女性、朱蓮がいた。

 先日の雨の影響で少し地面は湿っているものの、訓練にはそれほど支障はない。そう判断した朱蓮は小刀を握る右手に力を込めると真っ直ぐに小刀を前に突き出して竹を刺し、小刀を抜いてぐっと腰を落とした態勢を取って少し後退し、今度は左手に持ち替えて下から上に振り上げた勢いで少し前進し、さらに右手に持ち替えて再び竹に向かって今度は三連突きを素早くしてからひらりと宙返りをして後退した。

 (さて次は...)

 宙返りをしながら次の行動を考えていたその時。

 「っ!」

 何やら上から黒い影が彼女を目がけて急降下してきた。朱蓮の態勢はまだ宙で反り返ったままだったが、それに臆することはせずに瞬時に身体を右側に半ひねりさせ、片手を地面につくと大きく後ろに飛びのいた。同時に何かが先ほど彼女がいたところにすとんと刺さった。よく見てみると、苦無のようでありながら短槍のようなものだった。

 「これは...」

 少し周辺に人の気配がする気もしたが、慎重に近づいてそれを引き抜いてみた。手元が暗くてよく見えないが、何かが隅に書かれている。じっと目を凝らしていると...。

 「フン、君はまだ甘いな。そんな物を見ても誰だか分らんとはな」 

 「!さては...」

 朱蓮は咄嗟にぐるっと周囲を睨みつけた。すると、彼女の真後ろに青みを含んだ黒い影がたたずんでいた。その影の主は待っていたかのように口を開いた。

 「久しいな、朱蓮」

 「...青龍か」

 朱蓮はやれやれといった感じで腰に手を当てた。

 「にしても、相変わらずの良い度胸だな。わざわざ他人の縄張りに入るとは」

 「そりゃあ、それほどの度胸は持っているさ」

 青龍と呼ばれた青年は自嘲気味た笑みを浮かべ、右手を朱蓮の方へ差し出した。朱蓮は青龍を睨みながらも手に持っていた彼の苦無をぽいっと投げ渡した。

 「で、何の様だ」

 そう言うと朱蓮は迷わず小刀をすらりと抜いて真正面に向けた。

 ここの山賊の間では身内・相手の縄張り問わず急な決闘をすることは少なくない。だが、朱蓮は腕がたつ山賊として隣人の間では知られてきたため、あまり決闘の経験は山賊として認められた12歳のときから数えても多くない。が、同程度の力量を誇る目の前の青年とは別で幾度となる突然の決闘を重ねてきた。

 (最近あまり仕掛けられてない、ということはつまり...)

 また苦無がいくつか飛んでくると思い、右目で青龍をとらえつつ、体制を軽く整え、左目で軽く周りを警戒した。

 が、それを青龍は左手で軽く制した。

 「いや、今日はやらん」

 「なんだと?」

 警戒心こそあったものの朱蓮は短剣を鞘に戻した。

 「本当さ。やりたいけど」

 青龍はいつもの如く笑みを崩さなかった。青龍こいつが笑みを崩さない、ということは8割本気だということだ。

 (珍しいな。青龍が決闘を惜しむとはな)

 青龍は今まで朱蓮との決闘で一度も勝ったことがない。だから、最大で1週間に4回も決闘を受けている。

 ...少なくとも、トンビ《あいつ》が来る1週間前までは。

 「ならば?」

 「...君が預かっている自称旅人君」

 青龍の言葉に朱蓮はピクリと反応した。

 「その子についていろいろ聞きたいんだ」

 「...」

 青龍の顔は既に獲物を見据えた山賊そのものであり、その彼の黒蒼い目は不気味に光っていた。



 「えっ、長老様の妻?!」

 「声が大きいっ」

 静かな居間で大きな声を出してしまったトンビは先ほど助けてもらった女性、心葉シュウハに口を思いっきり塞がれた。抑えた勢いが強すぎたためトンビはそのまま後ろに倒れ、頭を強めに打ってしまった。

 「あら、」

 「ってえ...」

 トンビが頭を擦っている中、またどこかで笑い声が聞こえた。

 もう本当に誰だよ...。

 気にはなったがとりあえずトンビは心葉に向き直った。

 「ごめんねぇ。怪我はないかい?」

 「大丈夫です、多分」

 「ん?なんか言ったかい?」

 「い、いえ、何でも...」

 自分で余分なことを言ってしまい内心ヒヤッとしたがどうにか誤魔化せた。

 「もう一度言っておきますが、私は長老様の息子さんの妻です故」

 「はあ...」

 一応補足するが、心葉は妻とは言ったが二人目の妻であり、ある意味お手伝いさんのようなものらしい。

 「でも聞きましたよ。長老様直々にお目にかかってきたそうですね」

 「あー...はい、」

 情報が回るのって早いんだな...。

 「それでうちの一番の朱蓮ちゃんのとこにいるんだっけ?」 

 「そう...一番?」

 「そうよ、あの子はここらの山賊で一番の実力を誇る次期長候補の一人なの」

 心葉はまるで自分の子を自慢するかのようにニコニコしながら話し続けた。

 「一番って、女の人の中では?」

 「いんやあ、男も含めての話よ。というより、もともと女の子は山賊にはならないの。あの子だけよ、女性山賊は」

 「へえ...」

 ...え。

 トンビは途端に血の気がサーっと引いた気がした。

 「あの子ときたら、昔っから男の子勝りの体力持ちで、今じゃ刀を合わせられるのは2番手の青龍君だけらしいのよ」

 「青龍?!」

 「ああ、名前だから本物の龍じゃないわよ」

 一瞬ビックリしたぁ。でも「青龍」だなんてかっこよすぎる...。

 トンビはすっかり心葉の話に耳を傾けていた。

 「でねぇ、その青龍君は...」

 そこまで心葉が言いかけたところで不意にトンビのおなかが勢いよくグルルルーッと鳴った。

 「っ!」

 「あらまあ、もうおなかが空いたのかい?」

 そういえば、朝ごはんまともに食べていなかったっけ...。

 トンビは顔を真っ赤にすると素早く立ち上がった。

 「そ、そろそろお昼ですし、僕帰ります」

 「えー、もう帰っちゃうのかい?残念だわ...」

 心葉は名残惜しそうだったが素直に送ってくれた。トンビはその優しさに免じて物干しざおのある方に下りた。

 「あら、表から帰らないの?」

 「えっ」

 てっきりさっき上がった方が表かと思ったトンビだが(だって山賊の里だし、入り口が違っても...)、心葉は笑いながら教えてくれた。

 「そっちは裏庭。表はあっちよ」

 心葉はそういうと真反対の方向を指さした。

 ん、まてよ。物干しざおの近くにさっき川があって...!

 「う、裏庭って!」

 「そうよ。ここは長老様の別荘でもあるから裏庭があって、さっきあなたがいた小川もあるのよ」

 これは参った。

 「...勝手に敷地内に入ってすみませんでした!」

 心葉は心優しかったが、いくら長老様でもバレたらマズいだろうと実感してしまったトンビであった。

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