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飛べない鳶の勇者生活  作者: 上瓶コルク
第一章
7/18

 6 朱蓮とトンビ

 時刻は午前5時くらいでしょうか。本日もよい天候に恵まれており、綺麗な太陽が東の空から覗いております。季節...はて、春でしょうかな?こんなペースでのこのこ旅をしております、トンビ(&コールラットのルート)です。で、今何をしているかと言いますと...?

 「...要するに、転生前にこの世界を旅したいただの旅人さんかい?」

 「えっと...そんなかんじです」

 「ふーむ、成程なー」

 はいはい、長老様のお屋敷(というべき場所)で尋問されています。そうですよ、のこのこ歩いていたら山賊に捕まったんですよ?!危うく首刎ねられるところだったですよ!あの時は怖かったけど今はとりあえず素性を隠しただの旅人を装って適当に質問に答えていますよ!...と、いう訳ありましてそんな呑気な会話、いつまでもしていられる余裕なんてございません。全く、キャスター風気紛らわし作戦失敗。なんかつらいな...。

 トンビははーっとまたため息をつきかけてから慌てて口を押えた。それはいつまでたっても小刀を鞘にしまわない女山賊、朱蓮がすぐ右に座っているからだ。

 「少しでも怪しいそぶりをした途端、外に連れ出して首を刎ねてやるからな」

 長老様の命令でと手首についていた縄をほどいてもらう寸前、朱蓮に耳打ちされた一言である。さっきからこの言葉が頭の中でずっとループしているせいか背中の寒気が収まらない。そのせいでため息すらまともにつけない。ちょっと困るけど、まだ敵だからとものすごく睨んでるんだよな、朱蓮さん。

 まあそんな事はさておき、現実に戻りましょうか。

 「これを見てくれないかい?」

 切り出した長老様は足元にボロボロの地図を広げた。至る所にちょこちょこっと何か墨で書かれているがぼやけすぎてよく見えない。でもそれが地名だということはなんとなくわかった。

 「...」

 「トンビ、顔が青いぞ。どうしたのか?」

 「えっ、え、あ」

 長老様に指摘されてトンビは慌てふためいた。そこ、一番刺されたくなかったんですけど...。

 トンビが真っ青になった理由、それは当然だが目の前の地図だった。始めは大丈夫だろうと思ってはいたが、地図を眺めてやはりここは現世の中国(しかもヒマラヤ山脈らへん)に当たるところだと察知してしまった。ヒマラヤ山脈周辺は確か、世界で最も高い山、エベレストがある高山地帯。

 つまり...、

 「まさか、山が苦手とか?」

 「うっ」

 そういう事だ。

 仕方なくトンビは頭を下げた。

 「はい、お恥ずかしながら...」

 「そうかい、辛いのう」

 長老様は少し笑うと、地図の上(トンビから見て)を指で指した。

 「ほれ、今はここの辺りにいる。話を辿れば、お前さんは北からこっちにきたんじゃな?」

トンビは慌てて意識を地図に戻し、とりあえず頷いた。ちょっと分かりにくいがこの地図から見て北が平地で南が山地だそうだ。そしてここら辺の山里はもう少し南側で、西に進むとエベレッタ(現世で言うエベレスト山)があると長老様は言った。

 「へえ...」

 「どういう目的でここまで来たかは知らんが、見たところまともに金すら持ち合わせていないようじゃな」

 「はい」

 ここは素直に頷いた。

 出来れば泊めてくれ出来れば泊めてくれ出来れば泊めてくれ...!

 「まあそれなら仕方あるまい。しばし泊めても構わん」

 「...や、」

 やったー...!

 しかし心の中でガッツポーズをするトンビの裏でやはり朱蓮は身を乗り出した。

 「長老様!しかし!」

 「朱蓮、丁度いいからお前のところで寝かしてやれ。その方がワシも安心するしの」

 「ですが...」

 「言い訳は無用だ」

 何とかと食い下がった朱蓮も、流石に長老様には叶わないのだろうかしぶしぶ後ずさりした。

 ああ長老様、一生尊敬します...!!

 「まあ、今日はこれくらいにしようかい。さあ、朝の集会じゃ!」

 そういうと長老様はパンパンと手を鳴らし、家から出てしまった。

 こうしてとりあえず長老様との初面談は良行状態で終わることができたのだった(最後の朱蓮のあの顔は怖かったけど無かったことにしよう)。



 あれから1時間程経ってから朱蓮は帰宅した。まだ彼を受け入れられない朱蓮は家の片隅で出されたお茶をすするトンビを睨みつつも朝食の準備を始めた。それに気づいたトンビはコップを机にそっとおくと朱蓮のいるキッチンに向き直った。当然壁で阻まれていて見えないが、そこは一つの敬意とした。

 「お、お帰りなさい、朱蓮さん」

 「...」

 当然返事はかえって来ず、ちょっとトンビは気が重くなった。何も言えなくなったトンビはまたお茶をすするしかなかった。

 うん、相当恨みがあるよね...。

 「...」

 「...」

 しばし長めの沈黙が続いた。トンビは結構居心地が悪かったが、朱蓮は動じずといった感じでお盆に朝食を乗せて部屋に持ってくるとトンビの向かいに座った。

 「ほれ」

 不意に、朱蓮がお皿をトンビに差し出した。できるだけ視線を合わせずにと緑茶をすすっていたトンビは驚きのあまりに緑茶を吹いてしまった。

 「ぶっ!...あ」

 「...お前はよく飲み物を吹くんだな」

 「う...」

 冷たくもなんか情がこもった朱蓮の発言にトンビは驚きつつも止まった。そういえば、カルドじいさんの家でもホットココア吹いたっけ...って、あああああシミがあああ...。

 「ごめんなさいィ...」

 「なぜ謝る」

 「あ...」

 いろいろと訳が分からなくなったトンビはいよいよ顔色を悪くした。

 もう帰りたいよ...。お母さんの方が怖くないよー。

 と、こんな感じでトンビがうなだれている傍ら、どこからかくすくすと笑い声が聞こえた。

 「...!」

 まさかと思いつつトンビは顔を前に向き直すと、相変わらず不機嫌な表情の朱蓮の顔が目に入った。当然、朱蓮の顔は笑っていなかった。

 「何だ」

 「いえ、何でも...」

 そりゃあ笑う訳ないだろ、このアホ勇者。

 でもそしたら誰が...?

 「...」

 「...おい」

 「はい?!」

 「食べないのか?」

 「え、あ、食べます。じゃなくて頂きます!」

 トンビは朱蓮に指摘されると迷わずに差し出された食事に箸をつけた。だがよくよく考えてみると、それが得体の知れない何かであることが分かった。

 見た目は...お粥の様に見えるが、なんか違う。箸でつつくと、少しねっとりしたお粥とは違う...そうだ、水のりのような感覚。これ本当に食べ物なんだよな?

 「ご飯...いや、違う。何だろう...」

 「何をぶつぶつ言っているのか?」

 「い、いえ、何でもないです」

 そうは言ったものの、素直に食べる気がしない。しかしここで断れば...やはり命はないだろう。

 ちらりと片目で遠くに置かれた小刀をトンビは確認すると、意を決意して白い物体を一口、口に放り込んだ。すると、急に喉の奥から吐き気が込みあがってきた。トンビは慌てつつもごく反射的に左手で口を押えた。まずい、ここで飲み込まなきゃ殺される殺される...。

 「う...っ」

 「?」

 無言で食べていた朱蓮もさすがに気が付いたのだろうか、こちらに顔を向けた。

 だから殺されるってあれほど...!

 「...やはり駄目なようだな」

 「...へ?」

 なんとか口に放り込んだトンビは意外なセリフにあっけにとられた。そんなトンビを気にせず、朱蓮はすいっとお茶をトンビにすすめながら口を開いた。

 「え、あの」

 「すまない、とりあえず飲み込んでおけ」

 そういいながら朱蓮はトンビの目の前にあったお皿を片付けてしまった。

 ...何が起きているんだ?!

 とりあえずトンビは全力で目の前のお茶をさっきの感覚がなくなるくらいに飲み干した。トンビがごくっとお茶を飲みほしたあと、それを察したかの様に朱蓮は再び座ると向き直った。

 「もう大丈夫か?」

 「はい...でもあれは?」

 「ああ、後で私が食べておく」

 「はあ...」

 ちょっと納得がいかなかったが、そこは気にしないことにしよう。

 「...やはり一応言っておく。さっき出したのは狼の脳だ」

 「ぶーーーっ!」

 再びお茶に口をつけていたトンビはやはり盛大に吹き出したのであった。

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