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飛べない鳶の勇者生活  作者: 上瓶コルク
第一章
16/18

 15 開始早々戦力外

 そろそろお昼かな...そんな頃。

 《へ...へクチッ》

 頭の上からいきなりくしゃみが聞こえた。

 まさかだろうけど、僕の頭の上に鼻水垂らしてないよね...?

 《ごめんなさい、ちょっと頭についちゃったかもしれません》

 「ルートぉ?!」

 トンビは小声でオーバーリアクションをしながら叫んだ。小声だったのはもちろん、只今とある方の自宅の下で絶賛張り込み中だからである。ちなみに家の下というのは、昔の日本でよく見られた...今でいうお寺や神社にある膝丈ほどの高さがある家下の中くらいのスペースを指す。説明下手なのは13歳なのでご了承くださいね☆

 で、なんでここで張り込みをしているのかというと...。

 《治りました?》

 「うーん...うわ」

 トンビがそっと顔を覗かせた先には、明らかにモザイク処理せざるを得ない光景が。そんな様子をさらに上から覗いたルートは、

 《あー、ダメですね》

 「うえぇ」

 《傷跡ってリアルすぎて気持ち悪いです》

 そういうとすぐに頭に潜り込んだ。そんなルートが羨ましいと思いつつも、トンビは腕に巻き付けていた血まみれの包帯を再びきつく巻き直した。

 ...というわけで正解は、「深手の傷を負ってしまったから」でしたー。

 ...。

 ...。

 つまんねー。

 一回気を取り直します。はい。

 えー、どうしてこうなってしまったのかと言うと、今からさかのぼること30分前。

 朝の集会の直後に襲われた後のペースで僕たちは着々と過激派さん方を撃破していた。あまり撃破って言い方は正直良くないかなとは思うが、この際仕方がないのでそう呼ぼう。何せ、あんな感じで敵に死なない程度斬りこまないと例の影は抜けないらしいので、先ほどまで何人かの脇腹を犠牲にしてしまったし。

 これ、いろいろマズくない?

 だって僕まだ13歳の中学1年生だよ?

 明らかに将来危ないよね。そもそもこれ殺人未遂でただ事じゃないよね!

 ...まあ、いいか。

 ここ山賊の縄張りだし、辺りに今のところ警察いないし。

 ...。

 で、15人目くらいを相手にしていた時に右腕を軽く斬られてしまい(当然だが腕はついているけど)、朱蓮曰く「このままだといろいろ心配だ。情報収集しながら休憩でもして体を休ませろ」ということで、只今こうして情報収集しています。はい。

 ね?僕ちゃんと仕事しているんだよ?

 《そんなこと言いながら大きな声出しちゃっていいんですか?》

 「そうだね~...!」

 トンビは呟いてからはっと気づき、口を左手で抑えた。バレるといろいろマズい。

 なんせ、ここの真上は少なからずご縁のあった長老様こと山宗さんの豪邸だから。



 「んー...」

 「どうされました、おじい様?」

 「なんか、どこかで物音が聞こえてのう?」

 「物音...軒の下に何か住み着いたのでしょうか」

 相変わらず腑抜けたような話し方をしているのは山宗さん、それに少しかしこまった感じで返答しているのはかつてお世話になった心葉さんだろう。

 心のどこかではまだ甘えたがる自分がいるせいで、ダラダラ冷や汗とともに裏切る悲愴感が強く心に響いて痛い。

 二人とも、ごめんなさい。

 トンビは自力でぐっと抑えて再び耳を真上に傾けると、聞きたくない内容を耳にしてしまった。

 「むう...後でちいとばかし覗いてみようかの」

 ?!

 「いいえ、おじい様。あとで甥っ子の青龍に任せますとも」

 ?!?!

 「...それがいいかの。ついでに朱蓮にも」

 ?!?!?!

 「かしこまりました。では早急に招集を」

 マズい。本格的にマズい。

 そう頭の中で復唱したトンビは顔を地面に向け、そして動こうと腰を軽く浮かした。

 その時、体が急に金縛りにかかった。

 「っ...」

 体験したことなんて当然一度もなかったが、怪奇体験談から成程、そのままだとつかの間感じた。

 動けない。思った通りに身体が動かない。

 なんで?!こんな非常時なのに...。このままじゃ見つかる、つまみ出される、そして...。


 《全く、いつまでとぼけるつもりですか》

 急に右ほおに激痛が走り、同時に冷たさを含めた幼い男の子の声が右耳の中で響いた。

 抑えた指でなぞったところ、とても細いひっかき傷だったことから正体はすぐに分かった。

 「ル」

 《声に出さなくていいです。出したら、また脅されるだけです》

 脅される...?

 《はい。今動けば、それこそあちらの思う壺ですよ》

 動けばあっちの思う壺...?

 《...全く、主さんは僕がいないとダメダメですね。状況が全くわかっちゃいない》

 ルートの言う通り、全く状況が飲み込めずにしどろもどろしているトンビをルートはばっさり切り捨てた。トンビはその一言に、心に深く傷がついた気がした。

 今、ルートにけなされた。

 年下(多分)であり、僕より世間離れしていたはずの仲間に、軽蔑された。

 トンビはそんな失望に一瞬淡く〈あの日〉の記憶がよぎり一瞬現実逃避しかけたが、それもルートの追撃によって遮られた。

 《この様子じゃあ、嫌でも御姐さんの見た感じに同意せざるを得ません。「戦力外」だと》

 は...!

 今、なんて、

 《そっくりそのまま返します。「戦力外」だと》

 急に金縛りが解け、トンビはそのままばさりと暗がりの汚い地面にくずれ落ちた。

 ...これほどまでに、人の目の前で軽蔑の言葉を返することができる者がいただろうか。

 今は実際にルートの表情はうかがえない。でも、おそらく、いつもの可愛い見た目を装ったまま、外道の者を見据えるかの目をしてこっちを見ているだろう。

 ルートははっきり言った。

 「戦力外」だと。

 僕は、トンビは役立たずだと。

 それは、さっきまでの朱蓮との共闘どうこうの話ではない。今、いや、彼らに出会ったときから「役立たず」なのだ。単に剣が上手く振れない、上っ面勇者を演じられないだけならまだしも、人として役立たずだと言われたのだ。一人の「人」として否定されたのだ。

 それは、まだ生まれてから一度も外界からの深い傷を実感したことがないままに13年間育ったトンビには重たく、人生の中で一番辛かった。

 なんで、気づかなかったのだろう。

 上の二人はもう、僕がいることに気づいているんだ。朱蓮はもう、僕が勇者でも勇者を装った旅人でもないことを見透かしているんだ。そしてルートはもう、この凡人以下の心構えを持たずにずっとへらへらしていたトンビの心の内を知っているんだ。

 全て、自分のせいだ。自分で、自分をありのままに見せすぎた結果だ。

 思えば昔から僕は自爆体質だったと思う。

 それでも一大事を無くして過ごせたのは、おそらく、いや、絶対にあの破天荒な姉、美濃橘花がそばにいたからだ。

 あの姉は特別体質だ。常に誰かを私事情に巻き込み、そのたびに周囲を呆れさせつつも和やかにさせる。そんな様子と態度から「人型ドジっ子タイフーン」なんて長い珍名までついていたっけ。そんなわけで、僕が時にトレーの上の紅茶をお客さんに誤ってぶちまけちゃったとしても、人前でボソッとその場が凍り付くようなセリフを呟いたとしても、見知らぬおじさんと路上喧嘩になったとしても、一大事に至ることは一度も無かった。

 でも、今この場には、あれほど疎ましくも心強かった姉もいない。

 今は僕一人。唯一、『転生界』の住民でも招かれたものでもなく、明らかな他界の者。

 ...今まで、そんな事実を受ける覚悟を持ったことがあっただろうか?


 「...僕は」

 《喋らないで下さい、ってさっき言ったじゃないですか》

 ぺチッ、と乾いた音が聞こえた。

 軽く右ほおを叩かれたが、それほど痛くない。おそらく、ルートにとっては悪ふざけ程度の力だろう。でも、それだけで十分だった。

 ゆっくりと音をできる限り立てないように体を少し起こし、顔や服についた泥を軽く払う。

 ルートは少し察した様だった。

 《終わりました?自虐タイム》

 いや、少しどころじゃなかった。

 《自虐タイムって何なのか?!って気持ちですよね。わかりますとも》

 わかるならなぜそういったの?!

 《そりゃあ、他人のボクから見れば戒め、と言うよりは明らかなる自虐タイムとしか言いようがないですよ。だってあんなに去った日々の事を長いこと回想していましたし》

 もしかして、聞いていた?

 《はい。始めから終わりまで一言逃さず》

 トンビは急に顔面が熱くなるのを感じた。もう自分でも承知してしまうくらい。

 「...ルート」

 《なんですか?そんなか細い声で》

 何から何まで口を挟まれ、精神的に追い込まれつつも、トンビはやっとの思いで口を開いた。

 「お願いだから...さっきまでの事は誰にも言わないって約束して、くれる?」

 結局生まれたての小鹿も真っ青なくらいの頼りなさが完璧に声に出てしまったが、ルートは、

 《仕方ありませんねぇ。いいですよ。一応あなたはボクの主ですし、守ってやりましょう!》

 いろいろと聞き捨てならないセリフを言っていたが、とりあえず、了承してくれた様だった。



 ...ちなみにその後、傷の止血はどうにかなったついでに山宗さんたちからの情報収集もそこそこ取れ、朱蓮の方も無事で今のところ満足状態になった。この時点でのトンビの心残りと言えば、やはり止血&情報収集中に起きたルート主催の反省・喝入れ会くらいなようだった(ルート曰く、今後ばらす機会があれば是非とも朱蓮にばらしたいとの事)。

 そんなこんなで意外と安全な再開を果たした二人と一匹の、またつかみどころのない会話が始まったところに、静かに刺客が彼らの背後から徐々に迫っていた。

 当然彼らは気づかない。ここらで最も一流な山賊とまで言われた朱蓮ですら。

 (...愉快だ)

 そんなことを考えつつ、にたあと口元を吊り上げた影はきらりと光る短刀を片手にまた、徐々に彼らへ近づいていった―。

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