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飛べない鳶の勇者生活  作者: 上瓶コルク
第一章
15/18

 14 調査、実行

 静かな里に真っ赤な朝日が地平線の彼方から顔を出した。山賊の里という事だけあって、明朝は僕が住んでいた都会・田舎混じりの町に比べて物凄く静かだった。

 「...」

 「...」

 《日の出、ですね。眩しい》

 「静かにしろ」

 《はい、すみません》

 不意に声を漏らしたルートは、朱蓮から一喝を受けると自負したのか僕の頭の中に潜り込んだ。それで頭がもぞもぞするような、少し気持ち悪い感覚に襲われたがそんなのは今関係ない。目を軽く瞬かせると、トンビは眼下に広がる集落に目を見張った。


 ...トンビたち一行は今、朱蓮が好む「里を一望できる丘みたいな少し高めの崖」に身を潜めている。理由はもちろん、朱蓮の言っていた真実を確かめるためであった。変な言い方ではあるが、朱蓮の言葉をそっくりそのまま信じるのならば、此処にいる若手山賊たちの様子が狂って見えるそうだ。朝の集会までは大丈夫らしいが、訓練へ出かける推定8時ごろから、何かに命をささげる過激派宗教信者のように彼らは荒れる。聞いただけでは何かの映画なり小説なりでお目にかかりやすいシーンで疑わしいが、実際朱蓮の顔が真っ青になるくらいのものだった。

 こんなものかな。

 さて、その狂乱状態に陥った若手山賊さんたちを拝見しようか。青龍さんは特に拝見したくないけれど...。



 「皆の者、朝だ。太陽が昇ったぞー」

 突然、一人の老人の声が金属棒を叩く音と同時に里中に響き渡った。これは起床時刻を伝えるこの里の合図らしく、あの声の主は長老...山宗のものだ。そのしわがれかけていても太く響く声を聞いていると、3日前までの記憶がよぎり、どうしても胸が苦しい。

 自然と胸を擦っていたトンビに気づいた朱蓮はそっと気遣ってくれたが、トンビは軽く首をふり拒んだ。


 やがて、里の至る家々から人がちらほらと出て、山宗がいるであろう里の中心に集まってきた。軽く見通して20名程だろうか。基本的にはがたいの良い男性が多いが、ほっそりした女性やトンビと同じくらいの子供も少しいた。朝の集会と言うだけあって、人はそこそこ多い。

 「全員来たかの?」

 「長老様。あの女が見当たりません」

 「ん、朱蓮、か。確かに居ないのう」

 その言葉に応じるように朱蓮は軽く瞬きをすると、薄黄色の長いマフラーみたいなものを首に巻き付けた。

 「ねえ」

 「これか?...さっき言っただろう、着けたものを透明化できる襟巻だ」

 「襟巻...」

 透明化マフラー、か。便利だな...。

 「それって本当に見えなくなるの?」

 「姿はな。だが、足音や周りを取り巻く空気、声は筒抜けですぐバレる」

 ふむふむ。取扱要注意と。

 「で、何で今取り出し」

 「いちいち聞くな。察してくれ」

 「はい。すみません」

 トンビは怒られると仕方なく目線を戻した。

 するといつの間にか、集まっていたはずの人々が再び散り散りになっていた。

 「!」

 「終わったな」

 「早くない?!」

 「声が大きいっ」

 「う...」

 朱蓮はちらりと崖の下を見下ろした。

 「私から見れば格下だが、奴らも山賊。気配を感じれはすぐ動く」

 「じゃあ...」

 《大丈夫です。バレてませんよ。おそらく集会が終わっただけです》

 一瞬ヒヤッとしたが、ルートの言う通り、下を見下ろせば散り散りになった人々がそれぞれの家へ向かったと見られた。

 危なかった...。

 「今回は運が良かっただけだ。実際、お前の声はここの真下にまでしっかり届いていたはずだからな」

 ちなみにここの崖、真下を見下ろすと軽く10メートルの高さはある。

 「反省します...」

 「反省するのならば短く話せ」

 「はい」


 「さて、そろそろ移動するか」

 急に朱蓮が立ち上がった。

 「えっ」

 《長居はいけません。主さん、行きましょう》

 「でも、なんで...」

 言いかけた所で、トンビは後ろを振り向き、立ち上がりかけたところで固まった。

 なぜならば、目の先には5人くらいの山賊がじりじりとこちらに近づいていたからだ。少し遠くて見ずらいが、おそらく右手には刃物が握られている。

 「...」

 トンビは完全に言葉を失った。

 「言っただろ?早く撤退すると」

 「うん...」

 もはや冷静になんてしていられない。

 こっちに向かってくる山賊はおそらく戦闘経験済み。全員30代くらいで身体も十分がっしりとしている。それに対して、朱蓮だけなら何とかなるものの、まだ13歳になったばかりのトンビではどうにもならない。剣は全力で振っても付け焼刃すぎて役に立たないし、何しろこっちの背後は10メートル以上の高さがある崖―!

 「おい、しっかりしろ」

 「はいぃ!」

 突然耳元で囁かれて現実に戻され、背筋がピーンと伸びてしまった。

 呆れつつも朱蓮はいきなり出てきたトンビの頭を軽くよけると再び顔を近づけて言った。

 「声が大きい。長老様にもバレるぞ」

 「分かってます分かってますワカッテマス...」

 おそらくトンビの顔は真っ青だろう。体中ががくがく震えているし、さっきから冷や汗は一向に止まる気配はない。

 「安心しろ。4人引き付けるから1人任せる」

 「出来るのならば全員引き付けてよ...」

 「お前の成長の為だが?」

 「喜んでお相手致します...」

 《主さん、無茶言わないで下さい》

 「おい!いつまでそんな茶番を続けているつもりだ!」

  そんな談話はここで打ち切りとなり、しびれを切らした山賊の一人が声を上げた。すると朱蓮は右の眉をピクっと上げると不機嫌そうな表情で男たちに向き直った。

 「面倒だな...」

 「ああん?!今何て言いやがった!」

 その一言を聞いた朱蓮は今度こそ一層不機嫌な顔をした。

 「たかが下僕の山賊どもに、調子に乗る権利なんぞあっただろうか?」

 トンビはこくりと唾を飲んだ。真横にこうして立っているだけでも十分な殺気を感じられるからだ。

 奴らは明らかに朱蓮の気に障る行為をしている。

 それは、数日でも一緒にいたトンビからすれば完全なる自殺行為に等しかった。

 「ここらの中では腕利きと言えど、相変わらずふざけた口調にしやがって...!」

 だが、同じ里に住んでいても無自覚な者もいるらしい。

 「おい、此奴らをまともに受けるな。こいつら、例の洗脳されている一団だ。本来ならばもっと善良なはずなのだが...。まあ、肩慣らしには持ってこいの相手だ。手抜きはするなよ」

 「分かったけど、手抜きなんてする余裕ないよ...」

 さっきぼやいた一言は完全抹消。もはや戦闘は避けられない。

 仕方なくトンビは決意すると、息をふうと吐いてから剣をゆっくり抜いた。隣では、既に朱蓮が愛刀を片手に敵を品定めしていた。

 「では...決戦と行こうか」



 先陣を切ったのは朱蓮。迷わずに真ん中を突っ走ると、案の定、相手は一気に彼女に飛びかかった。

 「初めてって怖いなあ...」

 トンビはついそうこぼすと、できる限り素早く足場の広い右前側へ走った。

 初めに睨み合っていた距離は15メートル程とかなり狭いが、少なくとも時間稼ぎの一つとなる。故に、相手には気づかれているが、トンビはいち早く足場の安定した竹藪へ入っていけた。

 《来ます。おそらく、3人》

 不意に頭上から声がしたと思うと、トンビの右頬を何かが掠めた。驚いて足を止め、後ろを振り向くと、目を血なまこにしてトンビを追いかける山賊が3人いた。

 そのうち、2人は刃物持ちで...一人は弓もち?!

 「トンビ!手と足を止めるな!」

 奥で朱蓮の声が聞こえた。はっと我に返ると、山賊たちは目の先にいた。

 しまった、逃げ遅れた。

 「よお異国の坊主」

 「っ...」

 トンビは怖さのあまりに腰を抜かしてしまい、ドサッと地べたに座ってしまった。男たちはどんどん近寄ってくるとトンビの上に立ちはだかった。

 「俺たちとしては、お前みたいなちびっ子を斬ることなんてしたかぁねぇ。だが、ここは世の理...あの方の為に死ぬ、ということだ」

 後ずさりするがもう遅い。一人が刃を頭上に高く振り上げる。

 「会ったばかりだが、あばよ、坊主。あの世でまた会おう」

 男が不敵な笑みをこぼしたと同時に、刃が小柄なトンビを貫く―


 ...はずだった。


 スパン!

 「...ん?」

 不意に、山賊は手を止めると、片手でお腹辺りを押さえた。すると、

 「うおおおおおおおおおお?!」

 一瞬にして彼の腹から血がドバっと噴き出た。あわあわしている間に血が喉にこみ上げ、ついには膝を折ってせき込み始めた。

 「な...く、はぁっ」

 彼とは別に、もう一つ、同じくせき込んでいる声が微かに聞こえる。

 (まさか、そんなはずは...!)

 男は、咳き込む口を無理やり閉じてふらふらと立ち上がった。

 すると、さっきまで目の下で縮こまっていたはずの少年は見当たらなかった。

 「かっ...き、様」

 「ごめんなさい。殺すつもりはありませんが、もし...」

 いつの間にか背後に立っていた少年は、冷たい表情と憐れんだ表情をこちらに向け、両手でしっかりと見事な剣を握っている。その剣には、少し汚い色の混じった赤い液体が滴っていた。

 男はばたりとその場で倒れた。

 「...でしまったら、不束者ですが許して下さい」

 そんな、頼りなさそうで芯を持つ少年の一言を聞いているうちに、男の意識は遠のいた。



 「トンビ!」

 崖のあった方向から朱蓮が駆けつけてきた。いつも冷静沈着を保つ彼女にしては珍しく焦りの表情が顔に見えていた。

 「し」

 「無事だったか?怪我は?あ...」

 今まで見たことのない圧倒的な圧力に負けるトンビをよそに、朱蓮はづかづかと間に入ったが、トンビの後ろに横たわっている2人の山賊を見るなり、朱蓮は心の底からため息をついた。

 「よかった...」

 「そう、ですか」

 一体全体何なんだ、このギャップの差...。

 呆れるトンビに気づいたのか、朱蓮が不思議そうな顔でトンビに向き直った。

 「どうした?」

 「...」

 「...」

 「なんでもない、です」

 《ギャップの差に驚いているんですよ、きっと》

 「ルートぉ?!」

 《いや絶対》

 相変わらず言いタイミングをルートは逃さない。困ったものだ。

 「ぎゃっぷとやらは知らぬから後でとして、本当に上手くいくとは...」

 「うん、僕も正直びっくりしたよ」

 朱蓮とトンビは関心しながらルートを見つめた。

 《いやあ、照れますって》

 二人の注目を浴びたルートはトンビの頭の上でカリカリと頭をその小さい手で掻いた。

 実際、ルートの手は偉業を超えるレベルだとトンビは思う。

 何しろ、あの場でそこそこの実力を持つ(トンビからすれば天と地の差の相手である)山賊を2人も一気に倒せたのはルートのお陰と言っても足りないくらいだった。

 さっきまで戦っていた山賊の一人が刃を向けていたとき、僕は地べたに座り込んだ。だが、それはあくまでそう見えていただけ。実際は、低い姿勢で剣を構えていたのだった。そして、山賊が幸運にもゆっくりと刃を振り上げた所で、トンビは剣をまっすぐ前に向けたまま2人の脇腹を目がけて一直線に突っ走った。その結果がこれである。

 この「あくまでそう見えていた」を実現したのがルートである。

 ルートがこの力を告白したのは、朝の集会前。


 《ボク、そういえば「敵を惑わすチカラ」みたいなの、持っているんですよ》

 「...は?」


 こんな感じの抜けた会話がここまで役に立つとは...。

 うん、欺きの力、恐るべし。

 ...とまあ、こんな感じで事態は満足に終わったのだった。

 「私も試してみたいものだな。次はこちらで試してくれ」

 《えー、慣れない所はちょっと...》

 「まあまあ。それより、早く次行かないと」

 恨めしそうな目でトンビを見ていた朱蓮の目が一瞬で元に戻った。エリートはいつ見てもすごい。

 「そうだな。しかし、此奴らが洗脳されていると少しマズい」

 「そうなの?」

 朱蓮はゆっくりと倒れている山賊へ目をやった。

 「此奴らは、ヒル山賊の中でも比較的良い輩だ。言ってしまえば、幼き頃がお前みたいだった奴ら」

 その一言、ちょっと納得いかないけど...。

 言いたかったが、ここはこらえた。

 「だが、斬ったときに黒い影がスッと抜けたのに気づいたか?」

 「うん...」

 確かに、2人の間を抜けている途中で黒い影を少しばかりか見た。

 どこかの鉄製造工場で見そうな黒くて細長いものだった。

 「あれがおそらく奴らをかき乱している」

 「...あの人達は、つまり、あまり乱暴な人ではないってことだよね?」

 「そうだな」

 「じゃあ...」

 トンビは息を呑んだ。

 そんなトンビが口を開くよりも早く、朱蓮はくるりと崖の方向へ振り向くと、ゆっくり歩き始めた。

 「早くいかねばな」

 「うん」

 二人はこわばった表情のまま歩き続けた。

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