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飛べない鳶の勇者生活  作者: 上瓶コルク
第一章
14/18

 13 目を覚ませ

 僕は勇者なんかじゃない。僕は勇者なんかじゃない。僕は...。

 ベチン!

 「ったあ!」

 突然左頬から平手打ちが飛んできた。目を開けるのと同時になぜか倒れていた身を勢いよく起こすと、目の前にいたらしい誰かと思いっきり額をぶつけてしまった。

 「「痛っ」」

 とっさに両手でぶつけた辺りをかばいつつ、そっと目を開けてみると、目の前には片手で同じように額を押さえる一人の紅いをまとった女性が屈んでいた。

 「!」

 「っ、起こしてやったにも関わらず、これは一体どういうことだ...」

 紫がかった黒くて鋭い目に色白の肌。間違いない、朱蓮だ。

 「ご、ごめんなさい。わざとではないんです」

 「いいや、分っている。お前がそんな卑劣なことを企む奴ではない、トンビ」

 久しぶりに呼んでもらった自分の名前を聞いて、トンビは胸の奥深くが温まった気がした。

 あの時の朱蓮じゃ、ない。出会った時と変わらない、いつもの厳しめな朱蓮だ!

 「...」

 「...」

 「...おい」

 「...」

 「聞いているか?」

 「え、あっ、すみません...」

 どうやらまたじっと見ていたらしく、また一つ朱蓮に不審な点を見せてしまったようだ。だがそんな事はぶっちゃけどうでもいい。今はどうでもよかった。

 「あの」

 「何だ?」

 「...朱蓮は、僕の事を勇、使者だって信じて」

 「ない。そんなことはあまり信じない」

 念に念を入れて質問したが、やはり回答は同じ。朱蓮は微塵もトンビの使者説を受け入れてはなかった...らしい?

 「今、あまりって...」

 「?ああ、あまり気にするな。その時は信じたことにしておかねばならない。そんなとき用に言っただけだ。案ずるな」

 「...よかったぁ」

 トンビは安堵のため息をついた。

 そんなトンビをいたわってくれたのか、朱蓮はトンビの左側へ寄ると、右手をのばしてそっとトンビの背中を擦ってくれた。

 「周りの連中はすっかり術にかかったかのようにお前の事を崇拝している。だが、気にするな。私はお前の味方、だからな...」

 「味方?本当に?」

 「なぜそう尋ねる」

 トンビは顔を俯かせた。

 「...だって山賊は、部外者をそう簡単に受け入れるような甘い世界じゃないでしょう」

 「...」

 「朱蓮だって、始めは僕の事殺そうと」

 「それ以上は言うな」

 朱蓮はそう言ってトンビの言葉を遮ると、べしっと一発トンビの背中を叩いた。

 「わあっ」

 「今は味方してやる。私が認めたのだからな」

 相変わらず言葉は尖っていたけれど、ものすごく温かみがこもっている。不安な表情の僕を前に、にやりと不敵な笑みを見せている所からも随分その様子が伺える。

 ...僕はここにいた数日、もしかしたら命令なんかじゃなくて朱蓮の本心によって守られていたのかもしれない。

 そう思うと、より一層心の中が晴れていくような気がした。

 「...」

 「今度はどうした?」

 「いいや、その...ありがとう」

 「?」

 やはりこういった場面を経験したことがあまりないのだろうか、朱蓮は難しそうな顔をした。でもトンビとしては、お礼が言えただけでも十分だった。



 《んー、えーっと、コホンコホン》

 「!」

 そんなほわんとしていた雰囲気は、突如聞こえた幼い男の子の声によって元のひんやりした雰囲気に戻った。目をあわあわ泳がせながら辺りを見渡すと、この部屋の唯一の光源である傍らの細長い蝋燭の下に、ルートがちょんと行儀よく二足立ちのまま見上げていた。

 トンビがしばらく驚いた目で見つめていると、いきなり二人に見下ろされて困ったのか、ルートは急にしどろもどろになった。

 《あ、うん、僕としても、こういった...その?》

 「ルート!」

 《わあやめてくださいよボクが今話しているんだから!》

 トンビが思いっきり伸ばした両手をルートはあわてつつもひょいとかわした。

 「ちょ、逃げなくてもいいじゃん?!」

 《流石に今のは誰だって逃げるさ!なんなら主さんこっち来る?》

 「来れるもんなら勿論、じゃなくて!にーげーなーいーでー」

 「うるさいぞお前ら。まだ夜中だ」

 「《え》」

 朱蓮の鋭くて静かな一喝に二人(一人と一匹)はピタリと止まった。

 「はあ...トンビはまだしも、ルート、お前は知らないとは言わせないぞ...」

 そんな二人をみた朱蓮は額に手をやり、呆れたポーズをとった。

 「夜中だったの?!」

 「当たり前だ。でなきゃなぜこんなに辺りが暗い」

 「あ...はい、スミマセン」

 《そうですかー、夜中でしたか。ん?ヨナカって何?》

 「ルート...!」

 《待って待ってください御姉さん、そんなに怒らずとも》

 「怒ってない。いや、その前にその〈御姉さん〉呼びはやめろ」

 《なぜですか?御姉様は主さんのお付きではありますがボクよりはお偉方かと...》

 あっけにとられたトンビをよそに、ルートと朱蓮はやいのやいのと言い争いを始めた。

 「付きものではないし偉くない。様付けも癇に障る、やめてくれ」

 《ボクやめないよ?やめませんよ?》

 「私は下僕の山賊!敬われる立場ではない、敬う立場だ!」

 《そんなの関係ないですよ。だって御姉様は今こっちの味方じゃありませんか》

 「...仲いいね?ふたりとも」

 ぼそりと聞こえないように呟いたはずの一言は、ピクンと反応した二人の耳にしっかり入った様だった。


 「...コホン。少々熱が入ったようだ」

 《すみません主さん。ボクとしたことがつい》

 「いや、いいんだけど。いいんだけど...」

 正直寂しかったんだよ!

 《わかります。寂しかったでしょうね》

 わかっているならなぜやめなかった?!ていうか人の心を読むなぁー。

 トンビは一人、ガックシと項垂れたうなだれた。

 「トンビ...」

 「いや、なんでもないです。でもなんでそんなに仲がいいの?」

 「なぜそう尋ねる?」

 「だって朱蓮はポーカーフェイスすぎて初心の相手には全く動じないはずじゃないの?」

 「ぽーかー...フェイス?」

 《つまり無表情で微動だにしないってことです》

 それは少々言い過ぎな気がするのだが...?

 「...異国の言葉だな。お前たちは一体何者なんだ?」

 「言われると確かに何者なんだろ...?」

 《僕は見た目そのままの希少コールラット種ですけど、主さんは明らかにこの世界の者ではありませんね。こう見えてもちゃあんと事情が分かるんですよ》

 ルートが突如としてはなった強力な手榴弾にトンビは慌てふためいた。

 「ちょっと待って?!いきなりそのセリフないんじゃない?!」

 《ん?ボク何か間違ったこと言いました?》

 「言った言った!よくぞ場の空気読んでくれなかったなこのルートめ...」

 「...そろそろ、本題に入ってもいいか?」

 そんな一言も動じずといった感じの朱蓮が割って入ってくれたおかげでルートも《あ、どうぞです》とあっさり引き下がってくれた。

 て、ちょっと待って?

 「あの、本題って?」

 「ん、言ってなかったか?」

 《多分言ってないですね》

 「うん、僕聞いてない」

 「そうか」

 朱蓮は短く答えると、辺りを軽く見渡してから表情を硬くし、声のトーンを一段階下げて話した。

 「長老様がああ変わってしまってから2日経ったわけだが、半日前から私や青龍と同年代の若い山賊どもの様子がおかしくなってきたんだ」

 「...」

 待って?2日経っていたの...?!

 「で、そのことをまずはお前に伝えておきたかったのだが...」

 「...」

 《...主さん?》

 「おい?大丈夫か?」

 「ふえっ?えっ、あ、なんでもない...です」

 ポカンとしていたトンビを朱蓮がしきりに揺さぶると、トンビははっと我に返った。

 《主さん...まさか、「2日経っていた」の時点で放心状態になっていたの?》

 「なってない!断じて驚きすぎてポカーンとしていたわけではないから!ていうか、いつもいつも痛い所刺さないでよ!」

 「やれやれ...」

 《まさに図星ですね。単純すぎるんですよ、主さん》

 「...もう、脱線しすぎだ。真面目に行くぞ」

 朱蓮は再び一呼吸おいてから話始めた。


 「何やら里の空気が乱れつつある。おそらく、トンビのような力の持つ異邦人が此処に紛れ込み、術でもなんでも使ったのだろう。だが...」

 「...術を使った犯人が分からない、と」

 「察しが良くて助かる」

 《主さんはそこそこ頭がいいですからね。もしかしたらボクよりも異能の感受性は高いかと思います》

 ...異能?感受性?ルート、今サラッと意味わかんないこと言ったね?

 《ん、もしや、分らないですか?》

 ぐぬぬ...。

 《真の使者でなければわからなくて当然、ですよ!》

 「...わかった、後で聞く」

 トンビは軽く返答すると、再び朱蓮の方へ顔を向けた。

 「で」

 「...あまり借りたくないのは事実だが、そうせざるを得ない。何、いきなり重荷を下ろさせるつもりはない。私についてきてくれれば良いんだ」

 「それってつまり、里を二人で徘徊する、ってこと?」

 《ボクも当然行きますよ、ボッチにしないでください!》

 「まあ...お前らの意見も含めてそういうことになる」

 そこまでいうと、朱蓮は正座を整えるといきなり頭を下げた。


 「すまない、力を貸してくれ」


 正直、始めはなんて返答すればいいのかわからなかった。

 でも、答えは自然と、手からリンゴをフッと落とすかのように自らの口から出てきた。


 「もちろん。全力を尽くすよ」


 ...この、なんの飾りもない平凡な日の明朝、一人の勇者と一人の女山賊は手を組んだのだった。

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