12 相容れない
すっかり調子の狂ってしまった元長老様のせいで、トンビの正体はいち早くヒル山賊の中を駆け回り、あわや裏山で立ち合い中だった朱蓮や青龍の耳にまで届いてしまう始末だった。
お陰様で...どうだ?
ふらりと独り身で集落をうろつけば...。
「おお、あの方は噂の...」
「神様のお告げによりいらしたというあの?」
「お母さん、このお兄ちゃん誰?」
「ちょっと!何失礼なこと言っているの?!あの方は...」
「お偉いさまのお通りだ!」
「道を開けろ~!」
...。
いやいやいや。いくらなんでもふざけすぎでしょ?
いやだってさあ、僕がここのヒル山賊さんにお世話になり始めていた時は、こんなに人集まらなかったはずだぞ?!たしかに異国人っぽいから今まででも小さい男の子なり女の子なりはわらわら集まったりもしたけど、今みたいに老若男女ろうにゃくなんにょ問わずわらわら集まってくることはなかったよ?
なんだろうね...。女神様なりなんなり知らないけど、一応僕えん罪の立場だからね?僕、勇者でも使者でも女神様の直の息子でもないからね?!
...という訳ですっかりご機嫌斜め状態のトンビである。精神の疲労状態はピークに達し、それに負けじと身体もへとへとだ。もう生きることに限界をも感じそうな勢いだったので、トンビは群衆から逃げるように朱蓮の家へ全力疾走で戻り、見慣れた引き戸を勢いよく引いて家の中へ入った。
もういろいろ限界だ!流石に朱蓮はそのこと知っているはずはないだろう!
と、思ったのだが。
「おかえりなさいませ。使者様」
「...」
「ほら、朱蓮」
「...おかえりなさい、ませ」
「!!!!!」
なん...だと!
靴を脱ぎ棄てようとしていたトンビの目の前に、今度は二人の若き山賊が現れた。片方は青装束をまとった青年で、もう片方は紅装束をまとった女性。
間違いない。裏山へ修行しに行った青龍さんと朱蓮だった。
本来ならばこの二人も、こうしてトンビを迎え入れてくれる程悠長な性格なはずはない。と、いうことはつまり...。
つまり...!
「どうかしましたか、トンビ殿」
「やめろ青龍」
「止めるなど無礼な」
「...そうは言ってもだがな」
「この方はお偉い人だぞ!なのに」
「ああっ!いい加減にして下さい!!!」
想像以上に大きかった自分の怒声が裏山に響いた。後でトンビは顔が青ざめる程のショックを覚えたがもう遅い。青龍はがばっと頭を下げた。
「大変、ご無礼をおかけしました!」
「謝らなくていいです!」
「...フッ」
「なんで朱蓮笑っているのさ?!最悪斬罪だよ!」
「...だが、」
「いいから謝る!」
「だから謝らなくていいとあれほど...」
「「すみませんでした」」
ああ...ッ!
限界を超えたトンビは顔を下向きのまま真っ赤にすると、勢いよく引き戸を開け朱蓮の家を飛び出した。
(まさか本当だったとは...)
あまりにも大きい衝撃を受けた朱蓮は黙って唇をかみしめるしかなかった。
『貴方様は件の使者様とお見受けしました』
...違う。
『このお兄ちゃん誰?』
『ちょっと!何失礼な』
...違う!
『...そうは言ってもだが』
『この方は!』
「ッああもう!違うったら違うんだよ長老様!」
走ってもなおイライラを感じたトンビは足を止めると剣を抜き、乱暴に地面に突き刺した。
...集落の反対側に走っているはずなのに、まだ群衆どもの声が頭をひたすらリピートしている。
あれは一体何なんだ、何のイベントだよ?!
僕は言ったはずだ。僕は使者でも勇者でもない、ただの日本の男子中学生だ、と。誕生日の朝、いきなり誰かに殴られ、気づいた時にはもうここにいた。だから僕は自分の意志で来たわけじゃない。現世で一生を終えてこの世界に望まずともやってくる老人たちとも違う。ただの被害者だ。
それなのに、それなのに...。
誰だよ。勇者にあこがれていた僕は。現実を舐めすぎだろうよ。こうやって名誉だけで世界の人々にちやほやされたい?あがめられたい?「勇者様!」って晩年すぎた後も永久に戦歴を民に語られたい?
ばかばかしい。
僕はたしかに、この姿見ただけでも勇者だろうと思われがちだよ?確かにこんな凝った剣なんてのも持っているし。明らかにどこの国の出身だかわからない、てパターンもあるかもしれない。
だがそう考える前に、現実を再確認してほしい。
僕が知っている限りの情報が正しいというのならば、この世界は神と崇められている者によって創られたらしい。でもさ、ここは一応現世とリンクしていて、地球で生きていた人たちがこっちの世界にわんさかいるんだよ?だったらわかるだろ?
勇者なんて、ゲームの世界でもなきゃ存在しないんだ。
時代を追えば、帝国時代とかにはそれなりの地位を持っていた人もいるだろうよ。でも、今は平成の世の中だよ?平成時代の日本及び先進工業国に、剣をふるって民をまとめる勇者がいるか?
いないんだよ、当たり前だ!
勇者が存在するのはあくまでゲームの世界だけだ。勇者なんて現実には存在しない。神だとか勇者とか心の底から信じている人には悪いけど、現実的にはおかしいんだ。
そんな意志で勇者ごっこなんて都会の町中でもやってみろ。即座に警察へ補導だ。
『貴方様は女神様の唯一...』
「っ、もういい加減に目ェ覚ませ!」
トンビの頭の中で何かがプチンと切れた。
そのままトンビの心は奈落の底へと沈んでいったのだった。
********************
「ックックック...」
そんな狂乱状態に陥ったトンビを見つめる者がいた。その闇の様な影の中に身を潜ませた本人の表情は読み取れないが、無我夢中で剣を振り回すトンビを見てたいそう気に入ったようだった。
「いいねえ、いいねえ。闇に沈んだ哀れな使者...こいつは力になりそうだ」
そう呟くと彼はまた一つ喉の奥で笑い、スッとその姿を消した。
そんな、ヒル山賊に現れた黒い影を見つけた者はまだ存在していない。