11 勇者or使者、あるいは...
少しの間があった。
見た目は平常を装ったつもりだが、内心冷や汗ダラダラ状態で精神的にやられていたトンビは、早く時が流れてくれないかと懇願していた。長老様はその期待に応えるかのように、意外と早く口を開いてくれた。
「この話は出来れば他人に聞かれたくない。それだけ初めに告げておく」
「はい...」
いつもの温かみのある声じゃない。むしろ正反対な声だった。
「よろしいか」
「はい」
そう答えると、長老様は軽く座り直すと再び向き直った。
「今、おぬしにそなたの剣を抜いてもらった」
「はい」
「何も手ごたえはなかったな?」
「はい」
「その剣、実はお前さん以外に抜けた者はおらん」
「...はい?」
トンビのこわばった表情が少しだけ緩んだ。
「そこで、少しばかりか説明してほしいことがある」
「...っ」
「おぬしは何者か?転生したただの旅人ではなかろう」
「っ!」
なんとなく気にしていたような、気にしていなかったような。そんな話をいきなり振られた。
...それはつまり、僕が転生者ではないということを悟っている、ということだ。
僕はこの世界に来てから、まだ3,4日しか経っていない。その中で、ごくわずかではあるが情報は得た。一番信じれる(かもしれない)と思うのは初日に会った、この世の案内人を名乗るカルドじいさん。彼の話には当然疑いが尽きないが、彼は僕が転生者ではないことをすぐに察知した人物だ。
彼の事を全て信じるとするのであれば、僕の正体を迂闊に暴露してはいけない。
だが、この世界にはカルドじいさんの様な「住民」も存在する。僕の推測では、その「住民」であれば〈女神様〉・〈使者〉という言葉は通るはず。さて、言うべきなのか。
うーむ、と(心の中で)唸っていると、突然焦げ臭いにおいが漂った。
「?!」
「む、焦げ臭い...トンビ、お前さん、何か持っておらんのか?」
「いえ、何も...あっ」
キョロキョロ辺りを見渡していると、その臭いの元がトンビの腰にあるショルダーバッグの中だということが分かった。
「何か物騒なものでも入っていなきゃいいけど」
「なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもありません」
バッグを開けると、何か反射して鈍く光っているものがあった。つまみだすと、白く濁り半分溶けかかった丸い球体状の物体が姿を現した。
「なんだ、これ」
思わずポロリと言葉がでてしまった。案の定、長老様はすぐに反応した。なんですぐに分かったかって?
...気づいた時にはもう、目の前に居たから。
「ちょっと貸せい」
「あっ」
長老様は次の瞬間、ものすごい勢いでトンビの手から半壊状態の球体を奪い取り、じぃっとしばらく見つめていた。あっけにとられたトンビは、口をあんぐり開けたまま長老様と例の球体を見続けた。
でも、あの球体、どっかで見たことがある気がするんだけど...。思い出せない。どこかで見たはずなんだよ。じゃなきゃ、僕が無意識に持っていたってことになるし...。
トンビが頭の中で必死に思考回路を探っている間、長老様は何やらぶつぶつ呟きながら球体を机の上で転がしたり落としたりし始めた。さすがに意識だけでは無視できなくなったトンビは顔だけ長老様の方へ向けた。
...え、ちょっと何し始めているの?!
それから少し時が経った。うむ、と頷いた長老様は僕の方を向くとまた座るように促した(これまでの間、なぜか僕は立っていた)。
「...」
「...」
さて、何が始まるんだ?
「トンビ、正直に言ってくれ」
「はい?」
そんな、半分正直そうな長老様の口から出てきた一言は、とんでもなかった。当初の僕にはとんでもない、というレベルではなかった。
「お前さん、カルドの奴に会ったかい?」
...。
...。
...。
「はい...」
言っちゃった、言っちゃったよこのアホンダラぁ!
...と、必死に心中で説教しても既に遅し。表面は全力で平常な冷静さを保った。
そんなトンビの表情を見て長老様は少し満足したのか、表情を軽く崩すと左指を唐突にパチンと鳴らした。
一瞬何が起こったか理解できなかったが、一瞬にしてそれまでとは背景ががらりと変わったことから、おそらく転移でもしたのだろうとトンビは心の内で悟った。
「...正直に言ってくれてありがとう。お陰様で今までの胸のつかえもサッパリしましたわい」
「っ?!」
薄暗い倉庫みたいな部屋の中、唐突に長老様が頭を垂れ、ひざまずいた。あまりのギャップにトンビは一瞬、失神でもしてしまうのではないかと思ってしまったくらいだった。
「改めて、この山宗サジュウが誠に勝手ながら汝トンビ殿を歓迎致します」
「は、はい?」
訳が分からない。
「どうか、これまでの我をはじめとする下膳どもの勝手な無礼をどうぞお許し願います、殿下」
「...デンカ?」
儀式ではない...よな?
「さてさて、このような薄汚れた所では身も心もさぞ穢れてしまうでしょう。どうぞ、後を御出で下さいませ。ご詳細は、後ほどご説明いたします」
「...あの、長老様?」
見た目は見間違う事なしにいつもの長老様だ。ただ、態度が恐ろしく違う。呼んでも振り向いてくれなかった。
この人はもう、僕の知っている長老様ではない。
仕方なくトンビは唸りつつも山宗のあとをついて行った。
「さてと、準備が整いました。時間をおかけして申し訳ない」
奥の部屋から、なぜだか平安時代の貴族の様な恰好をした山宗がいそいそと出てきた。もう沢山だったトンビは適当にうなずくと、勧められたお茶に口を付けた。
で、二人は今どこにいるのかというと、心葉にお世話になったあの懐かしき居間の中にいた。外も背景も以前見た通りなのだが、目の前で正装らしき正装をまとった山宗を見るとやはり気がそわそわしてしまうトンビだった。それで緊張をほぐすため、という訳もありでこのお茶を飲んでいるのだが、このときのトンビは、そのお茶が山宗の知る最高級の茶葉でこされていることを知らなかった(その場で知ってしまったらどうせまた綺麗なシミを作ってしまうはずだ)。
「エッホン。では、改めまして、本日のご用件にお移りいたしましょうか」
「はい...ん、用件?」
もう場が改まりすぎてまともに返事が出来なくなってきた。
「はい、ご用件ですが何か...」
「ちょ、ちょっと待ってください!話がさっきと全然違うじゃないですか!」
山宗は依然としてキョトンとした態度のままだ。
「違う、とはどのようなこ」
「長老様、さっき...えーっと、そうだ、朱蓮の家にいた時、僕がカルドじいさんに会ったことがあるのないのとかで質問していたじゃないですか!」
「はあ...」
「さっき、その、あ、剣!剣、僕が抜いたじゃないですか!あれって結局どういうことなんですか?!」
こうしてギャーギャー一人で喚いて机をバシバシ叩いた末、ようやく山宗は理解してくれた。
「ああ、そのことでありますか」
「そのことです!」
「毎度すみませぬ。先ほどの調べの末、私はあなた様を件くだんの使者様とお見受けになりました。そうでございましょう?」
「...は?」
「貴方様がお持ちになられておりますその剣は、我々の中ではこの世界をお創りなさった女神様が直々に貴方様子の使者様のために作られた秘伝の剣と伝わっておるものであります。それに貴方様が我々の元を初めて訪れなさった際に着ておられましたあの白い道着やマントからも薄々ではありますが魔力を感じました故、貴方様は女神様の唯一のお助けである使者様で間違いないと私どもは考えます」
...。
オーケイ、K.O。
トンビは全力で机に突っ伏した。
「...はい、多分ですがそのとおりであります。多分、僕はクダラの使者でございます...」
「トンビ殿、クダラではなく件であります」
まるで酒に酔った人のようにトンビはヘロヘロしながら顔を上げた。後ろで背中をさすりつつトンビの顔を覗いてくるのはやはり長老様こと山宗だが、やはり別人すぎて緊張しかねない。
ん、なんで突っ伏したかって?
...そんなの分かっているだろ?あのじいさん、カルドと同じこと言ってきたんだよ?〈使者〉、そう〈使者〉!もうお手上げだい!
「にしても、やはりそうでございましたか」
「はい...」
「これはマズいのう、」
「!今なんか小言で言っていましたよね?!」
「い、いえ、そのようなことは滅相もございませぬ」
山宗は取り乱しつつも全力否定した。
「滅相もないとは...というより、僕みたいな異世界人がいる時点でマズいのでは?」
トンビが呆れたまま冗談半分で言ったセリフは、後にとんでもないことになった。
山宗はその言葉を聞いた瞬間、ビクリと全身を震わせると、
「皆の者~っ!緊急会議じゃあ~!!」
大声でそう言ってトンビを残して走り去ってしまった。