10 異世界:3日目
コケコッコー!
...とでも言いたかったのかな?
まあ、とりあえず鶏だと思しき動物のコーコッコー!という声でトンビはがばっと起きた。
「はっ!」
あれ、ちゃんと寝てたよ?てことは...。
トンビは右耳の辺りをごそごそ手探りした。が、目当ての小動物はいない。
「えっ、ルート?ルート!」
頭をごそごそ搔きながらルートの名前を読んでみた。
すると。
《僕はここだよ、主さん》
「ルート!」
ルートはトンビの襟裏からひょっこり顔を出した。
よかった...。
「だから首が温かかったのか...」
《なんか言った?》
「いや、なんでも...あ!」
《今度はなに?》
「そうだ、昨日僕の夢の中で喋っていたよね?」
《夢?》
「うん。なんでいきなり喋ったの?」
《覚えてないの?昨晩キミが喋れるようにしてくれたじゃん》
え?
《ほら、これこれ》
ルートはそう言って小さな腕で懸命におでこ辺りを強調した。そこには、今までなかったはずの小さなダイヤ型のルビーらしきものが付いていた。
...なんだこれ?
「これ...なんだい?」
《僕も聞きた...》
急にルートがピクリとかたまり、いきなり首に捕まりよじ登ってきた。
「どうしたの?」
《誰か来る》
ルートの言う通りだった。ルートが完璧にトンビの右耳の裏に隠れるのと同時に部屋の扉が開き、いつもの如く無表情の朱蓮が入ってきた。
「し、朱蓮!」
「おはよう。随分と遅かったじゃないか」
「そんなに遅かったの?」
「ああ。既に太陽が昇り始めている」
「嘘っ」
トンビは顔を真っ青にした。
なぜなら、トンビは今日大事な用事があるからだ。
それも長老様関係で早朝一番の。
トンビはいてもたってもいられず、身支度を済ますと朱蓮の横を通った。
「おい、どこへ行く」
「そりゃあ、長老様の処ところへ」
そういいつつトンビは顔を進行方向へ再び向けた。
顔を向けた途端、目の前に人影があることに気が付いた。
あ...。
その人影は極限まで口を吊り上げた笑顔のまま口を開いた。
「おはよう、トンビ君」
「ひ、ひぃやああああああああああ!!!」
その後。
「何をしているのだ貴様ァ!」
「ごめんなさ痛い!マジで勘弁してください反省しています痛い!」
「はっはっは、面白いのう」
「...おじい様、いいかげんにしてください」
雰囲気は大体こんな感じ。
すこし小ぢんまりとした朱蓮の家の居間には現在、愉快に笑う長老様、あきれ顔で座る青龍、怒鳴り散らしながら拳をふるう朱蓮、そして朱蓮の説教(ならぬごうも...嘘です)を受けている僕がいた。
我ながら恥ずかしいことをしたものだ、僕。
すみません長老様。許してください。僕は今いろいろあって混乱しているんです。
青龍さん、そんなあきれ顔で見ないでください。本当の僕はこんなんじゃないです。多分。
朱蓮、このことは
「なかったことにできるとでも思うかこの世間知らず!」
ゴフッ。
最後に左ストレートをくらったトンビは見事に吹き飛ばされた。
KOだ。
「ずみ、ま、ぜn」
「正座だ、正座!」
「はい...」
言われるがままにトンビは頬を擦りながら正座した。もちろん謝り方は土下座である。
大きく深呼吸をし、一呼吸おいてからトンビは口を開いた。
「長老様、並びに皆様方、このたびは大変ご迷惑おが、おかけして申し訳ございませんでしt!」
ガン!
文末に勢いよく頭を下げすぎたのか、机が近すぎたのかでトンビの頭は見事にクリティカルヒットしてしまった。
「...」
「っ...」
「あれま...」
「いづぅ...」
声にならない叫びと共にトンビはそのまま撃沈した。
「...」
「大丈夫かの?」
「この者は本当に旅人なのか、朱蓮?」
「フン、知らぬ。それよりも名前で呼ぶな」
「別にいいではないか」
「私が気に食わないのだ」
長老様が一番心配してくれているのか、撃沈中の僕の背中を擦ってくれた。対して全く動じずの若者山賊がたは僕をよそに何やら言論を始めた。
まあそっちは任せようか。
「大丈夫です...」
「そうかい、じゃあ始めるとするかの。朱蓮、青龍」
「「はっ」」
長老様が顔を言論中の二人へ向けた途端、二人は言論をやめ、自衛隊員かのように背筋を伸ばして長老様の方へ向き直った。
すげー。長老様様だ。分かっていたけど。
「さて、本題に入りたいところだが」
という訳で本会議の主導権を握っている長老様が早速切り出すのかと思ったが、いきなり青龍の方へ向き直った。トンビも習ってなんとなく青龍を観察した。
初めて見た時はあまり意識していなかったが、こうやって見るとかなりの美青年だと思う。深い青色装束に蒼い目と揃いに揃って美麗としか言い表せない。なぜだか紅色の装束をいつの間にか来ていた朱蓮と比べるとまさしく朱蓮と対の人物なのだろうと思うが、果たしてそこらへんどうなのだろうか。
というか、ここの山賊方は美男・美少女が多くないか?
「それでは、退室してもよろしいのですか?」
あ、話が進んでた。
なぜだか青龍さんが退出しようとしている。どういうこっちゃ?
「うむ。儂は別に構わんが、トンビの方にも一応聞いておきなさい」
え、どうしよう。話聞いていないのに振られちゃった。ほーら話聞いていないからだよ僕。ほんとどうするのさ。
あー、青龍さんこっち向き直ってる。ここは何か一言言っておかないと。
「あの、ここには何の用事があって来たのですか?」
「簡単に言ってしまえば、君と少し話がしたかったのでね」
ナイス僕っ!かましたぞー!
ってちょっと待って?
「話って」
「よせトンビ。此奴こいつはどうせ立ち合いがしたいだけだ。関わるな」
聞こうとしたところで朱蓮が言葉を遮った。相変わらずつっけんどんな態度の朱蓮に青龍は余計につまらなそうな顔をした。
「別にすべてが立ち合いな訳じゃないってさあ」
「ほれ、こういう奴だ」
「はあ...」
「わかったか?」
「はい」
真顔で人差し指で青龍さんをビシィっと指してくれた分よくわかりました。はい。
「では、私はこれで失礼する」
そう言い残すと朱蓮は立ち上がり、紅の装束を軽く整えて短刀を手に取ると部屋を出ていった。
「あ、話が違うじゃないか朱蓮」
青龍さんも慌てて部屋を出ていった。
という訳で、この部屋に残ったのは机に向かって僕と長老様だけとなった。
あー、前振りの茶番が長すぎだよ...。
「さて、誰もいないことじゃし...」
長老様はキョロキョロと辺りを見渡してから後ろから何かを机の上に置いた。それは見慣れたようでまだ見慣れていない僕の剣だった。
「!」
「すまぬのう。ちぃとばかし借りておったわい」
「そうだったのですか!」
少し予感はしていたが、やはり朱蓮は僕を拘束した後、ちゃんと剣を長老様に預けていたらしい。序盤ではあまり観察しなかったが、この剣のケースにはいろいろ解読不可能な紋章なりが至る所に刻まれているのだ。剣はどこにでもありそうなものだが、さすがにこのケースはどこにもないのだろう。
ありがたく剣を頂戴しようと思ったトンビだが、のばした手は長老様によって遮られた。
「あー、返す前に一つ、いいか?」
「はい?」
その目にはなぜか戸惑いが映っていた。
「その...剣を儂の目の前で一回抜いてはくれないか?」
...え?
「剣を...抜けば」
「そうじゃ。一回試してはくれんかの?」
それは本当にいまやるべき事なのか?きっと長老様は何かしら考えているに違いない。いろいろ聞きたいことはあるが...聞くのはちょっと避けた方がいいのかな。
トンビはこくりと頷くと、無言で剣を両手にとって、右手で静かに剣を引き抜いた。
剣は久しぶりにスラリとその姿を現した。
「おお...」
トンビはごく普通に抜いたはずだったのだが、なぜか長老様の反応がおかしい。その態度と言えば、まるで初めての宝物を見つけた時の様な。
途端に背筋がゾクリと冷え、右耳から急に声が聞こえた。
《気を付けた方がいいよ、主さん》
その声はとても小さく、僕を緊張させるのには十分すぎた。