オープニング
いつものデジタル時計の音で目が覚めた。カーテンをめくり、陽の光が眩しくないを確認すると、鳶高はカーテンを閉めて、再び布団に潜り込んだ。
『日頃はすっかり秋も深まり…』『朝は特に冷え込みますね~』
昨日のニュースで見たお天気キャスターの台詞がなぜか頭の中で復唱された。そういや最近、妙に布団から出たがらない自分がいるせいでなかなか布団から出られなくなった。いやー、寒い寒い。
ん?秋、11月か。早いもんだな。
あれ、今日って何日だっけ…?
そこまで布団の中で考えていた時、いきなり誰かに布団をはがされた。
と、同時に冷たい風が全身を回ってきた。
「おっはよーう!」
「さ、寒いって!」
鳶高はびっくりしながらはがされた掛け布団を取り返してくるまった。おそらく母ではない。母だったら無慈悲にビシバシ叩き起こしてくるから。いや、そういうことはどうでもよくて!
鳶高は人がいる方を見上げた。すると、にたにたした顔で僕の布団をはがした姉、美濃橘花が僕を見下ろしていた。
「いきなり何?!姉ちゃん」
「起こしに来たよ!メリークリスマス!」
…は?
「じゃなくて、ハッピーバースデー!」
…は?
「え」
「だから、ハッピーバースデー」
橘花はきょとんとした顔で繰り返し言った。いつもの阿呆らしい姉の態度に鳶高はガクッと頭を下げた。ああ、何でクリスマスとバースデーを間違えるの…。
ん、バースデー?バースデーって。
僕は姉の顔を再び見上げた。
バースデー、つまり誕生日。
ということは、今日は11月25日だ。しかも念願の休日!
「僕の誕生日?!」
「だからさっきからバースデーって」
「誕生日だぁっ!!」
「ちょっと!」
鳶高はそう言って姉を押し倒して部屋から飛び出した。
「やれやれ、トンビ君は…」
「ねえねえ父さん!今日は僕の誕生日だよ!」
鳶高は勢いよく階段を駆け降りるなり、朝食を前にして新聞を広げていた父、美濃鷹志の方へ向かった。
「鳶高!もう、まだパジャマ姿の上に朝から騒がしい!」
「まあまあ母さん。そうか、もう25日か...」
珍しくはしゃいでいる鳶高を見て鷹志は新聞を閉じながら、母、美濃恵子をなだめて鳶高に向き直った。そういえば、母さんは朝が一番不機嫌だっだっけ。まあ、そんなことは今はいいや。
「でさ!今日は休日だし、ご飯食べたらケーキ買いに行こうよ!」
「わかったわかった。じゃあ、約束だぞ!」
「うん!」
鳶高は元気にうなずき、朝食の席に着いた。
「んもう、もうちょっとお姉ちゃんにもアピールしてくれたっていいじゃないの〜」
不満そうな声が聞こえたと思ったら、先程起こしてくれた姉が後から階段を降りてきていた。
「ほら橘花も、ご飯の準備手伝いなさい」
「ふぁーい」
姉が欠伸をしながらご飯の準備をしているのを見て、鳶高もあわてて準備を手伝った。
ふふ、楽しみだな。
午前10時頃。鳶高は鷹志と買い物に出かけた。
「今年のケーキ、何にしようかな…」
「父さんはチョコレートケーキ一筋だな」
「それは却下」
「何でだよ、美味しいじゃないか」
「チョコは嫌いなんだって」
鳶高が不満そうに言ったら鷹志は豪快に笑った。それにつられて、鳶高も吹き出した。
と、その時。
どすっ。
「おい、痛いじゃないか」
前から突然誰かに思いっきり体当たりされた上に文句を言われた。朝から失礼な奴だなと思って見上げたら、黒いローブみたいな外套を上からすっぽりかぶった大男が現れた。あまりの怖さに冷や汗が頬をつたう。怖すぎるからか、大男の表情はよくわからない。
…誕生日って、こんな特典付いていたっけ?!
「あ…えっと、その」
「…」
「すみませんでした!」
失礼だとか文句はあったが、さすがに対抗手段は皆無なのでとりあえず全力で頭を下げつつ、全力で逃げようとしたその時。
「おいっ」
大男にフードをつかまれ、ぐいっと引き戻された。
「と、とうさ…」
「名前は何だ」
引き戻されると今度は胸ぐらあたりをつかまれ、顔を近づけられ、そして何故か名前を聞かれた。さっき後ろからフードを引っ張られたせいでげほげほむせていた鳶高ははっと気が付いた。
これって漫画とかにある例のワンシーンではないか?
逆に好奇心がわいてきてしまい、ついつい、
「僕?僕は鳶高だよ」
自信満々に言ってしまった。
「…」
そして、それがやってはいけないことだったと察した時にはもう遅かった。
急に視界がぐにゃりと動き、なぜか体が痛いと思ったときにはすでに顔は舗装されたコンクリートの歩道に叩きつけられていた。
殴られた?あの大男に?
ていうか、父さんはどこ?何が起こってるの?!
そもそも中学生に大人げなさすぎでしょ!
頭痛も耳鳴りも酷くなる上にだんだん薄れていく意識の中、鳶高はただひたすら心の中で叫んでいた。