学術と剣術
「いいですか、アレン兄さん。
この数字はこの数字と同じです。
だからこれをこうすればいいんです」
「……わからん」
「ではもう少し簡単なところから始めましょう。
これは先日やりましたね」
「そうだな」
「ではこの三つの問題を解いてください……はい正解です」
現在ロイは黒板の前でチョークと細長い棒を持って、マーキュリー家二男のアレンに勉学を教えている。
その内容は、非常に簡単なものであり貴族であれば10にも満たない年齢で覚えるべきものだ。
しかしアレンは勉強が非常に苦手であり、特に算術関係は不得手だった。
反面剣術では右に出る者はいないとされるほどの腕前であり、王国騎士団の団長でさえ五分といわれている。
「さすがアレン兄さん。
苦手分野といえど一度覚えてしまうと後は早い物です」
「お前の教え方がいいんだ」
アレンは寡黙な性格だが、決して面倒くさがりというわけではない。
単純に自分のことを表現するのが苦手なだけであり、結果的に多くを語れないだけだ。
「褒めても宿題は減りませんよ」
「残念だ」
しかしその性格を理解したうえで接する事が出来るならば、冗談を引き出すことはできる。
特にロイのような、相手を誘導する話術の持ち主であればそれは顕著に表れる。
「じゃあさっきの問題に戻りましょう。
考え方は同じです。
この数字がこれに代わっただけです」
「……そうか、理解したぞ」
「おぉ、早いですね。
ふむ……正解です」
「ありがとうロイ」
「どういたしまして、では次です」
「……すまないがこの後はレックスに剣術を教えなければならないんだ」
ロイが勉強の続きを教えようとしたところ、申し訳なさそうにアレンが言った。
しかしロイはそのことを理解し、快諾した。
代わりに、と自分もその剣術訓練に参加させてほしいと頼んでみたところそちらも快諾された。
「まずはかかってこい」
アレンが木剣を構える、その立ち姿は堂に入るものであり一部の隙もない。
たいして、マーキュリー家四男、レックス・トマス・マーキュリーは長めの木剣と鞘に収めたままのナイフを構えている。
その構えは、レックスオリジナルの物でありまだまだ隙が多い。
またロイは正眼に木剣を構えているが、アレンに打ち込む機会を見いだせずにいる。
「どうした、早く来い」
「……では」
「いざ! 」
二人が短く答え、アレンに切りかかる。
まずロイの一撃は、アレンが一歩引いた事で躱されてしまった。
それを逃すまいと右側から切りかかったレックスは腕をつかまれ、左側へと投げ飛ばされる。
その隙にロイは振り下ろして剣を腰だめに突きを繰り出すが全て躱され、ついでにと顎を蹴り上げられた。
「レックス、踏み込みが甘い。
ロイ、脇が甘い」
アレンの指摘は淡々としたものだったが、その言葉を聞いてロイはわきを締め、レックスは足元を確認する。
そして目くばせをし、タイミングを合わせた二人はアレンに切りかかった。
「ふっ! 」
アレンはロイからの一閃、レックスからの連撃を剣一本でうけきる。
しかしそれにも限界が来たのか、ビキリと鈍い音を立ててアレンの木剣が折れた。
その隙をついてレックスとロイはアレンの首元に剣を突き付け、アレンは口の端を釣り上げて両手を上げた。
「上出来だ」
そう言ってアレンはレックスとロイの頭を撫でる。
これはアレンの癖であり、ロイはそのことを理解していたため何を言うでもなく受け入れた。
対して反抗期真っ只中なレックスは、頭を撫でられるという行為が子供にするものであると考えているのか、顔をしかめつつもされるがままだ。
「いつか手加減抜きのアレンにいにも勝って見せる! 」
「楽しみにしている」
レックスはびしりと指を突き付け、アレンに宣戦布告する。
対するアレンも笑顔でそれを受け入れた。
「僕としても少しは強くなりたいものです」
「安心しろ、着実に一歩ずつ成長している」
ロイの言葉をきいて、アレンは微笑みながらそう言う。
それは事実でありロイは少しずつ力をつけている。
今でこそ武器での反撃を禁止したアレンに、二対一で抵抗できるとはいえ3年前は防御さえされることなく、地面に転がされていたこと考えれば大きな成長といえる。
「では兄さん、レックス。
僕は部屋に戻りますのでまた稽古お願いします。
あと二人とも宿題は忘れないように」
「……あぁ」
「はい」
ロイは勝ち逃げといわんばかりに稽古場を後にし、そして部屋に戻って床に座り込む。
二人の前ではうまく隠していたが、部屋に戻った瞬間に息が上がり汗が噴き出した。
「あーきっつい! 」
隣の部屋に響かない程度に声を張り上げ、そして寝具ではなく床に直接寝転がる。
使用人や兄弟が見たらなんというか、と思いながらも今は自堕落なこの状況を楽しむロイだった。
「……よし、とりあえず続きをやりますか」
そう言って体を起こし、棚から本を取り出して広げながら筋トレを始めた。
ロイの訓練は、人目のないところで始まる。
学術書を読みながら腹筋を続ける。
それは1冊を読み終えるまで続き、終えては次をと繰り返す。
ロイの訓練は夕飯まで続いた。