剣術と魔術
「ロイー、ロイはいるかー」
一人の男が、屋敷の一室の前で声を張り上げる。
彼はトリス・トマス・マーキュリー、マーキュリー家の長男であり次期当主とされている男だ。
トリスは学問にたけており、その他剣術や魔術の素養もそれなりにあった。
また彼が現在尋ねている男、弟のロイ・トマス・マーキュリーも同様に剣術や魔術、学問などの素養はあったが軒並み平均程度の物だった。
逆に言ってしまえばそれは、どの分野でも平均程度の実力を発揮できるため、ロイの兄や妹、弟は苦手分野を彼に教わることが多くなっていた。
「なんですか兄さん。
また魔術でわからないところですか」
「おぉ、そうだ。
流石ロイは俺のことをよくわかっているな。
ほれ、ここなんだが」
「えーと……あぁこれなら炎の魔術を併用してください。
ほら湯気はお湯から出るでしょう。
だからこの魔術のためには水を温めてお湯にしてという工程を踏む必要があるんです。
そのあと湯気、水蒸気を利用して発動する魔法です」
「なるほど、炎か。
見落としていた。
流石ロイだ」
トリスはうれしそうに何度も頷き、そしてロイの方をポンポンと叩く。
それからあたりを見渡して、ロイに耳を貸すように手招きをした。
「ここだけの話、リリアは魔術の天才だ。
けれどあいつは感覚で魔術を行使しているから教えるのは物凄く下手なんだよな。
それに比べてお前は、教師の才能があるな」
「あ、あはは」
トリスの言葉は紛れもない本心だった。
しかし、ロイは才能があるという言葉を嬉しく感じたが、素直に喜ぶわけにはいかなかった。
「下手くそで悪かったですね兄さん」
その理由は、トリスが訪ねてくるまでロイの部屋では噂の人物、リリア・トマス・マーキュリーことロイとトリスの妹が剣術の修業に精を出していたからである。
「り、リリア!? 」
「でもまぁ確かにその通りですよね。
私は魔術を感覚で使えるほどの天才なので教えるのには不向きですから。
けれどロイ兄様は本当にものを教えるのが上手。
手取り足取り、剣術がまるでダンスのようだわ」
リリアの言葉からは不貞腐れたような気配は感じられない。
どころか剣術の新しい学び方を覚えたためか上機嫌のようだ。
その反面、トリスはばつが悪そうな顔をしているがその辺りは不幸な事故というべきだろうか。
「それにしても……その魔術ってそんな原理だったのですね。
なんとなく行使していました」
リリアはトリスが持っていた本を見て、一瞬で難の魔術に関しての質問化を見抜いた。
それ自体が共学に値するが、原理を知らずに魔術を行使するという言葉に二人の兄は一抹の不安を覚える。
そもそも魔術とは、人の体内にある魔力と自然物の中にある魔力を混ぜ合わせ行使するものであり、原理が分からないのに使用するという事には大きな危険も伴う。
下手をすれば大災害を引き起こしかねない行為ともいえる。
「……やはりリリアも魔術の原理を学びましょう」
「ロイ兄様が教えてくださるなら」
リリアの返答は簡潔なものだった。
あまり公にはできない情報だが、リリアは兄であるロイに恋心を抱いている。
実の兄弟、上級貴族の子息、それに加えて稀代の天才と呼ばれた5人兄弟の中での色恋沙汰。
それは一般市民の話題を集めるには十分すぎるネタだったが、幸いリリアも立場をわきまえて行動しており、ロイも薄々感づいているため大事にならないような立ち振る舞いをしている。
またトリス含む他の兄弟も両親も一過性の物と割り切り、応援はしないが頭ごなしも否定しないよう接していた。
「ではトリス兄さんも一緒に」
「あ?
あぁそうだなぁ……そうさせてもらおうか」
ロイの提案に、トリスは妹を一瞬見たが同意することにした。
ここで断るのはあまりにも惜しいい。
妹の禁断の恋と、自身の望む知識を天秤にかけた結果、知識に傾いた。
あわよくば妹の奮闘をロイがどうやって切り抜けているのかを知りたいという下世話な感情もあったが、それは顔には出さない。
こうして上級貴族の三男による勉強会が開かれることとなった。
なおそれは何処からか漏れたのか、近隣の貴族や、使用人も参加することとなり数百人相手に魔術から剣術までを教える事になってしまったのは後の話である。