17話 どら焼き
今回は貨幣価値について触れます。
誤字や表現のおかしな部分等ありましたら、ご指摘お願いします。
最初の授業から三日経った。
ファルコ先生は毎日リンを教室まで迎えに行き、強引に連れ出して授業へ参加させている。
当然、リンの元気は日に日に無くなっていった。
セシリアはリンを庇うように前に出たが、ファルコ先生は全く相手にしなかった。
それに……。
「ボクは平気だよ。授業は難しいけど、頑張るから!」
リンはそう言って、不自然なほど明るい笑みを浮かべて自ら教室を出て行く。
セシリアはその様子を、こぶしを握り締めたまま見守る事しかできなかった。
――――ゴーン……ゴーン
「はぁ……」
授業開始の鐘が鳴る。その音を聞いたリンは、思わずため息が出てしまう。
ファルコ先生はそんなリンの様子を横目で見ながら、僅かに口角を上げる。
「さて、今日はファイアボールを複数出してみましょう。」
「おー!!」
先生の言葉を聞いた生徒達は、一斉に歓声を上げる。なぜならファイアボールを5つ以上出せれば、魔法使いとして優秀だと判断される基準の一つになるからだ。
その練習は、魔法使いとしての実力を示すチャンスでもあった。当然、生徒達も俄然やる気が出る。
「それではまず見せましょうか。我が内に流れし炎の魔力よ 火玉となりて力を示せ ファイアボール!」
ファルコ先生の呪文とともに、火玉が6つ現れた。同時に、生徒達は一斉に歓声を上げる。
「おおおっ! すげえ!!」
「6つも出てるよ!?」
「さすが先生!」
生徒達の歓声を受け、ファルコ先生は優しく笑みを浮かべる。……普通にしていれば、良い先生に見えるのだが。
「さあ、皆さんもやってみてください」
先生の掛け声とともに、生徒達は一斉に距離を取って練習を始める。
そんな中、リンは少しおどおどしながらファルコ先生に近づいていく。
「ファルコ先生、私はまだ一度もファイアボールを飛ばしていません」
「ああ! そう言えばそうでしたね。しかし、圧縮ができていない状態では飛ばしても意味はありません。聖女様はもうしばらく、圧縮の練習をしていてください」
「……はい」
圧縮の練習をしていたこの3日間、生徒達は2日目にはほとんどできるようになっていた。出来る様になった生徒達は、実際に撃つ練習までしていたのだが……リンだけは参加できていなかった。何故なら、リンの火玉はみんなほど小さく圧縮できていなかったからだ。
それでも、最初50センチ程だった火玉を40センチ程まで小さくする事は出来ていた。しかし、かなりの集中力と精神力を必要とした。だが、ファルコ先生は全く出来ていないと他の生徒達の前で叱責し続けた。
その様子を見ていた二年生達まで、だんだんとリンに対して侮蔑の視線を向けてくるようになっていた。
そして今日も、リンは隅っこの方で黙々と一人練習を続けて過ごすのだった。
「ねえねえ? 何かリンちゃん、最近元気無くない?」
「やっぱり? どうしたんだろ……」
帰りのホームルームが終わったと、クラスメイトの何人かがリンの様子を見ながらヒソヒソ話していた。
リンはその声に気づく事は無かった……気にかける余裕が無かったからだ。一人ゆっくりとした動作で、荷物を片付けている。
その話が聞こえたセシリアは、ピクッと片眉を上げるとそのクラスメイト達へと近づいていく。
「最近ちょっと疲れ気味みたいよ? だからみんなで元気付けないと! 帰りにどら焼き食べに行こうって誘ってみない?」
「いい考えです!」
「あ、私も行きた~い!」
「みんなお小遣い持ってる?」
「ある」
「うぅ……私財布忘れちゃった……また今度連れてって」
セシリアの提案にみんなノリノリだったが、何人かはお金を持っていないため断念した。
結局お金を持っていたのは、セシリアを含めて4人だけだった。
「でも、これくらいでちょうどいいんじゃない?」
「そうね!」
「次は私達にも順番回してよ~?」
そんなやり取りの後、セシリアは教室から出て行こうとするリンへ近づき、肩を人差し指でトントンと軽く叩く。
リンは一瞬驚いた顔を見せるが、相手がセシリアだと分かった瞬間ホッとした表情へと変わる。
「セシリア? どうしたの?」
「みんなでどら焼き食べにいこー!」
「行くです」
「いこ~」
「来い」
セシリアはこぶしを振り上げ、高らかに宣言する。すると周りにいた女の子達も同じようにこぶしを上げた。
一人明らかに命令口調だったが……。
リンだけはいきなりのテンションについていけず、口を半開きにしたまま固まっていた。
「どら……焼き?」
「どら焼きっ!」
「リンちゃん、どら焼き知らないです?」
「美味」
「食べた事無い……かも」(こっちの世界では……)
「それじゃあ、食べにいこー!」
そう言うと、みんなはやや強引にリンを連れて校舎を出て行く。
一応、教室の外にいたカリーナさんに寄り道すると断りを入れた。するとカリーナさんは何故か嬉しそうな顔をして承諾してくれた。
6人は学校から出て、どら焼きが売られていると言うお店まで行く事になった。
学校から商業区(街外周部の商店街)までの距離はかなりある。
公共区(街中心地にある公共施設区域)に近いリンの家から学校まででさえ、2キロほどあるのだ。
もし商業区まで行くとなると、かなり移動しなければならない。
しかし、公共区と言えど商店が全く無い訳ではない。公共施設が固まっていると言う事は、そこを利用する利用客はもちろん従業員もかなりいる。その為、商業区よりも小規模だがお店がいくつか並んでいるのだ。今向かっているのはそこにあるお店の一つらしい。
「ねね?リンちゃんってさ、どら焼きは見た事もないの?」
歩きながら、薄い水色の髪と瞳をした女の子が話しかけてくる。この子は確か……ダリア・ベネッティって名前で、水属性魔力持ち。
「そう言えば、ボク見た事ないかも?」
もちろん、日本では見た事がある。しかし、こちらの世界ではどんな形か分からないので、とりあえず分からないフリをする事にした。
「とっても美味しいよ! 私は良く買って帰るもん!」
今喋ったのはセシリア・ルミエール。緑色の髪に青い瞳、風属性魔力を持っている。いつもちょっと……テンション高めだ。
「セシリアさんはいつも買い食いをしているです?」
この子は紺色の髪と瞳の女の子で、名前はクリスタ・マツモト。属性魔力は無いけど身長高くてカッコいい!
「太る」
さっきから単語だけで喋る子は、ルイーザ・アラリー。身長は低めだけど、薄ピンク色の髪がフワフワしていてとても可愛いらしい。
「ちょっ……! そんなに毎日じゃ……ないよ!?」
「今ちょっと間があったよね……」
「あったです。怪しいです」
「デス」
「ねね? 今の『デス』って不吉な感じなかった?」
「そんなにしょっちゅう食べてないよ!?」
騒がしく話しながら移動する事15分。目的のお店に到着。リンはこの世界のどら焼きってどんなのか興味津々で覗き込む。……どら焼きはどら焼きだった。普通。
「みんなお金持ってる!?」
「はい」
「当然」
「持ってるデス」
「ねね? 今度はクリスタの『デス』が何か引っかかるんだけど? あ、もってま~」
「どっちよ!?」
「~~~す」
「長いね……」
「無駄」
「ちゃんと喋りなさいよ!?」
何故かリーダー的存在になったセシリア、そしてそれぞれ妙にボケる3人。リンは何だか楽しくて、自然と笑みをこぼす。
そして、それを見ていた4人と護衛1人も密かに喜んでいた。
どら焼きは一つ鉄貨2枚。
ちなみにこの世界での通貨だが、鉄貨・銅貨・銀貨・金貨と4種類ある。鉄貨が一番安く、金貨が一番高い。
それぞれの価値の割合は、鉄貨5枚で銅貨1枚分。銅貨16枚で銀貨1枚、銀貨25枚で金貨1枚となっている。
どら焼きが一つ100円だとするなら、鉄貨1枚50円。銅貨が5倍の250円、銀貨は4000円。金貨だと一枚で10万円となる。
通貨が違うから、実際はきっちり日本円に換算できないけど……。
5人はそれぞれ一個ずつ購入し、近くのベンチで並んで座る。即座に包みを開け、一斉にどら焼きを口に入れる。
「美味しい! これならボク毎日食べれるかも!」
「でしょ!!」
「美味しいです」
「食べ過ぎ注意」
「うま~」
5人はあっと言う間にどら焼きを平らげる。食べ終わるとまた次も来ようと約束を交わし、それぞれ家路につく。この後家で昼ご飯だから、そんなに長居は出来なかったのだ。
みんな家の方向はバラバラだった為、ここで解散する事になった。
リンはカリーナと共に家へと向かい、歩き出す。
帰宅中、リンはここ最近見せなかった笑顔で鼻歌まで歌い、見るからにご機嫌だった。
その様子にカリーナも、とても嬉しそうにしていた。
「ご機嫌ですね、リン様」
「うん! 今日はとっても楽しかった~。やっぱ学校は良いね!」
「はい、良かったです」
「……?」
カリーナの『良かったです』は意味が分からなかったが、リンは久しぶりに楽しく家路につく事ができた。
また明日からは大変だけど、友達がいるなら頑張れる。リンはこの時初めて、学校が楽しみだと思えるのだった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
ようやく貨幣価値について触れる事ができました。
通貨に関してはこの話を書き始める前から考えていたのですが、いつ出そうか悩んでいました。
横文字だと分かりにくいかもしれないのでここでもう一度書いておきます。
金貨1枚=銀貨25枚
銀貨1枚=銅貨16枚
銅貨1枚=鉄貨5枚
日本円に換算すると
金貨1枚で10万円
銀貨1枚で4,000円
銅貨1枚で250円
鉄貨1枚で50円
と、言う感じになっています。