15話 ファイアボール
今日もギリギリ間に合いましたー!
誤字や表現のおかしな部分等ありましたら、ご連絡をお願いします。
「さあ聖女様、こちらの教室へどうぞ」
「……はい」
ファルコ先生は軽く頭を下げ、右手で扉を示す。一見優雅なエスコートだが、やはり何か嫌な感じがある。
(とりあえず、聖女様って呼ばないで……)
口に出しては言えず、心の中でそっと呟く。
リンが中に入ると、先に集まっていた二年生が騒つく。
「……おい、誰だあれ?」
「可愛いじゃん」
「あれって、噂の聖女様じゃない?」
「あれが……」
遠慮のない視線が、リンに集中する。
リンは居心地の悪さを感じつつも、なんとか耐える。本音を言えば、今すぐこの教室から逃げ出したい気持ちだった。
気分を切り替えるため、教室の中を見渡す。机や椅子は無く、小さめの体育館って感じだった。
まあ、魔法の練習用だからそれなりの広さは必要になる。
「さあ、みなさん。今日から聖女様に、この二年生の授業へ参加してもらうことになりました」
「え!?」
とりあえず1日だけだと言っていたのに、ファルコはまるで毎日来ることが決まったような言い方をする。
しかもさっき、リンが注目されて居心地悪そうにしていたのもニヤニヤして見ていた。リンは今確信した、この人は自分を嫌っていると。
しかし、会ったのは今日が初めてだ。何がいけなかったのか、リンにはわからなかった。
「ファルコ先生。聖女様は新入生ですよね?二年生の授業にいきなり参加するのは無理では?」
「大丈夫です。聖女様は初めて魔法を使って、大魔法を発動させたらしいですから。ファイアボールくらい出せますよね?」
卑怯だこの人、とリンは思う。これだけ持ち上げておいて、出来ないって言えないようにしている。
「わ、わかりません。使った事がないので……」
「あ、そうか!大魔法しか使ったことないんでしたね。ですが大丈夫です。ファイアボールは聖女様が使った大魔法に比べれば、とても簡単なものですから」
ファルコはワザとらしく、大きな声で大魔法という言葉を連呼する。本当に嫌な人だ。
「さて、今日はファイアボールを圧縮する練習をしましょう。みなさん、杖は持っていますね?」
何も言えないリンを置いたまま、ファルコ先生は授業を進める。先生の言葉を聞いた生徒達は、小さな水晶の付いた短い杖を取り出す。
それを確認したファルコ先生は目を閉じ、小声で何か呪文を言っている。
「ファイアボール!」
ファルコ先生の近くに、40センチ程の大きな火の玉が現れる。
「ファイアボールは、普通に出せばこんな感じですが、これだけでは威力もスピードも出ません。ですが、これを圧縮する事で威力が上昇します」
ファルコ先生はそう言うと、今出した火の玉を消してもう一度詠唱する。
すると、今度は先ほどの半分の大きさで発現した。よく見れば、先ほど出した火の玉よりも濃い色をしている。
「さあ、各自イメージトレーニングをしてやってみてください」
生徒達は一斉にお互い距離を取り、地面に座ってイメージトレーニングを始めた。
リンも二年生から離れ、同じようにイメージを固める。
火の魔法を使うのは、実に5年ぶりだ。しかも周りは知らない人ばかり。……妙なプレッシャーもある。少し目を開けて周りを見渡すと、ファルコ先生がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
(やりにくい……。)
リンは雑念を振り払おうとするが、ファルコ先生の視線が気になって集中出来ない。
これだけのストレスにさらされていれば、うまくイメージができないのも仕方がないのだが……。
しばらくすると、二年生は次々とファイアボールを出していった。大きさはどれも15センチ程だ。たまに30センチほどの物があったが、それはただ圧縮出来ていないだけだった。
同じファイアボールでも大きさが違うのは、魔力の量で火の大きさが変わると言う事だろう。
「初めてなのにみなさん、だいぶできていますね。さて、聖女様はまだ出していないようですが……どうですか?」
ファルコ先生がまたニヤニヤしながら言ってくる。他の生徒を褒めながら、聖女様と名前を出してみんなの視線を集める。
(本当に嫌な人だ……)
「おっと、そう言えば杖を渡していませんでしたね。これではいくら聖女様が優秀でも出せませんね。これは大変失礼しました」
「い、いえ。ボクは……」
水晶を持っています、と言おうとしたがファルコ先生から強引に杖を渡される。
――――パキンッ
杖を渡された瞬間、先端についていた水晶が割れる。
(えっ……。属性石だけじゃなく、水晶でもダメなの? でも、このブレスレットは……?)
「おや? おかしいですね。不良品でしょうか? 今日、新しく納品された杖だったのですが……」
ファルコ先生はリンのせいだとは思わなかったようだ。壊れた杖を見ていたが、よくわからないと言う顔をしている。
あえて言う必要もない……言えばまた面倒な事になりそうだから、リンは言わないことにした。
「あの、ボクは水晶を持っているので杖は大丈夫です」
腕を出し、ファルコ先生にブレスレットを見せる。
少し訝しげに眺めていたが、水晶がついている事を確認すると納得したようだ。
「これは……珍しいですね。水晶は小さめですが、これくらいの魔法なら問題ないでしょう。では、ファイアボールを出してみてください」
「……はい」
リンは胸の前で両手を組み、祈るようなポーズのまま目を瞑る。
(……魔力を可能な限り抑える)
5年前は魔力の調節を失敗して倒れた。それからは魔力の放出を可能な限り抑えつつ、属性石を反応させる練習をしてきた。その要領で魔力を薄く……それでも水晶が自動的に集める分じゃ足りない、自分から魔力を流す必要がある。
イメージする。薄くした魔力が少しだけ水晶に流れるイメージを。そしてファイアボールを小さく圧縮して密度を上げる。
リンは目を開け、ファイアボールの出現位置をイメージして魔力を流す。
――――ボッ!!
ファイアボールが現れた。
「おお!?」
「おい、今の……」
「……無詠唱」
リンのファイアボールに、生徒達がざわつく。ファルコ先生も驚いた顔をして固まっていた。が、ファルコ先生はハッと我に返ると、また笑顔を作りだす。
「さすが聖女様ですね。まさか無詠唱魔法が使えるとは、私も驚きました。」
「あ、ありが」
「しかし!」
褒めてくれた先生に対してお礼を言おうとした瞬間、いきなり大声で遮られる。
「このファイアボールの大きさを見てください」
「はい……?」
作り出したファイアボールの大きさは50センチ程の大きさだった。5年前にリンが出した1メートル級に比べれば、だいぶ魔力量をコントロールできたと言えるだろう。
「火の大きさは魔力による……もちろん、これほど大きなファイアボールを出したのは驚きです。しかし、肝心の圧縮ができていないではないですか」
ファルコ先生の顔からは先ほどの笑みが消え、咎めるような表情に変わる。
リンの火の玉は、最初に先生が出した圧縮前の火の玉よりもかなり大きいものだ。他の生徒達が出した様な大きさまで圧縮する事ができていない。
しかし、初めて使ったファイアボールなのだ。出せただけでも賞賛に値する。それなのにいきなり圧縮しろと言われ、1回の失敗でここまで咎められるとは思っていなかった。
「ご、ごめんなさい」
リンが素直に謝ると、ファルコ先生はまた笑顔になって頭を撫でてきた。
「皆さん、今のを見て一つ勉強になりましたね? このように、いくら天才と言われていても、努力をしなければ意味がないのです。例え! 無詠唱で魔法が出せたとしても! 出した魔法が使い物にならなければ意味はありません」
(うぅ……)
リンは羞恥心で一杯だった。これでは完全に見世物だ。他の人の前でダメだしをされる……これほど恥ずかしい事はない。
一人地面を見つめながら、こぶしをぎゅっと握って耐えるしかなかった。
その後も授業は続いていたが、リンはもう何をしていたのかすら覚えていない。ただ、恥ずかしさと悔しさの中、泣かずに過ごすだけで精一杯だった。
授業が終わり、自分の教室へと戻るその姿は……とても痛々しい。
リンはいつ涙が零れてもおかしくない状態だった。
(今教室戻るのはまずいかも……遅刻するかもしれないけど、一度外の空気を吸ってこよう)
歩いていた足を止め、くるりと方向転換する。外に向かって歩き出そうとした……その時
「リンちゃん! 授業どうだった~?」
「あっ……」
突然目の前に現れたのは緑髪の女の子、クラスメイトのセシリアだった。
リンは授業と言う単語を聞いた瞬間さっきの授業を思い出し、思わず目から涙が零れる。
「え!? ど、どうしたの!?」
急に泣き出したリンに、セシリアはあたふたと慌て出す。
「なんでも……何でもないよ」
リンは何とか誤魔化そうと、辛うじて声を搾り出す……が、無理だった。何故なら目からは涙が溢れ出し、両手で口を押さえても嗚咽の声が漏れていたからだ。
その姿を見たセシリアは、突然リンをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だよ、リンちゃん。何があったかはわからないけど、今は私しかいないから……我慢しなくていいんだよ?」
「うぅ……ぅっ…うぇ~ん!………ふぇえええん!!」
セシリアの優しい声に、思わず体の力が抜けるのを感じる。それと同時に、抑えられていた感情や涙が溢れ出し、大きな声で泣き出す。
泣き続けるリンを、セシリアはまるで母親のように優しく頭を撫で、抱きしめ続けた。
――――――――――カリーナ・コレット視点
カリーナは今、はらわたが煮えくり返る思いだった。
教室の外で気配を消しつつ中の様子を伺っていたのだが、赤毛の教師は明らかにリン様を見世物にしている。
(こいつ、斬ってやろうか……)
正直今すぐにでも教室に飛び込み、あの阿呆を斬り捨てたい気持ちだった。しかし、リン様に絡む相手を全て斬りつけていれば、周りには誰も寄り付かなくなってしまう。そう考え、こぶしを強く握り締めながら耐える。
(とりあえず、後でえどわ……エド様に報告しなければ)
カリーナは深呼吸し、何とか気持ちを落ち着かせる。
授業が終わり、リン様が出てきた……廊下を歩く姿がとても痛々しい。その姿を見たカリーナは、抑えていた感情が再び爆発しそうになる。
(あいつ斬ろう、絶対私が斬ってやろう……)
カリーナは教室にまだ残っている赤毛の教師に向け、目一杯殺気を叩き付けてからこの場を後にした。
――――――――――ファルコ・ゲルスター視点
ファルコは今、楽しくてしょうがなかった。
表情に出さないようにしているつもりだが、気がつけばニヤニヤしていた。
まずはいきなりファイアボールの圧縮をさせてみる。
聖女様が教会から魔法を禁止されていたのは知っている。だからできなくても当たり前だ。
しかし、他の生徒達の前であれだけ持ち上げた後では失敗する訳にはいかないだろう?
そう、ファルコはワザと『聖女様は大魔法を使えた』と言うキーワードを大声で何度も繰り返していた。
『大魔法を使えるくらいだから、ファイアボールくらいならできて当たり前ですよね?』 と、遠まわしに言っていたのだ。
そして生徒達がある程度練習した頃合を見計らい、わざわざみんなの前でファイアボールを使わせる。
その為に、最初から杖を持たせなかったのだ。
何食わぬ顔で杖を渡し忘れたと謝罪し、杖を持たせた。
だがどう言う訳だ? 今日納品させたばかりの杖がいきなり壊れた。
(不良品か? あとで店に苦情を出しておかないといけないな。)
他の生徒に杖を貸してもらうか? そんな事を考えていると、自分で水晶を持っていると言い出した。
差し出された腕には、確かに水晶の嵌っているブレスレットをつけていた。
(初めて見るタイプだな……? 水晶は小さいから初心者用の物か?)
とりあえず水晶がついているなら問題ないだろう。ファイアボールならそんなに高価な杖じゃなくても出せる。
そう思い、そのまま魔法を使わせてみた。
しかし魔法を見た瞬間、私は思わず驚いた。
自分よりも大きなファイアボールだった事もあるが、何よりも無詠唱で発動させたのだ。
(確かに驚きだが……肝心のファイアボールはこれか)
ちゃんと発動させたのはさすがと褒める所だが、今日の授業は圧縮させる事だ。でかい火を出せばいいって物じゃない、残念だったな。
ファルコはこの結果に思わず笑い出しそうになるが、何とか抑える。
「皆さん、今のを見て一つ勉強になりましたね? このように、いくら天才と言われていても、努力をしなければ意味がないのです。例え! 無詠唱で魔法が出せたとしても! 出した魔法が使い物にならなければ意味はありません」
この言葉の後の落ち込みようは予想以上だった。逆に、生徒達はさらにやる気を出している。
(この温度差はかなり辛いでしょう? ふふふ……)
最後まで泣くのを堪えた表情のまま過ごし、教室へ帰っていく姿を見たファルコは、一人歪んだ笑みを浮かべていた。
(これから毎日参加してもらいますよ。聖女様)
もちろん、ファルコはこの一回で終わるつもりはなかった。こんな楽しい事、簡単に終わらせる訳がない。
それに生徒達もやる気が向上していた。他の生徒達の為に、せいぜい生贄になってもらおう。そう考えながら片づけを始める……すると
「……うっ!? また悪寒が……本格的に風邪引いたか?」
突然の寒気に、ファルコは再び身震いをする。
何か強い殺気のようなものを感じたのだが……。そう言えば教室に入る前にも同じような感じがあったが、気のせいだったか……?
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
今後もなるべく更新ペースを落とさず頑張りますので、これからもよろしくお願いします。