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三題噺「雨、たんす、本」

作者: 図書委員

 思春期の健康な少年からエロ本を奪うのは、人道的に問題がある。

 あのババアは何も分かっていない。中学生の少年がエロ本を入手するのに、どれだけの努力を注ぐのかを。友人から借りたり、堂々とエロ本屋に買いに行くという手段もあることにはある。しかし僕の友人でエロ本を持っているヤツはいなかったし、僕にはエロ本屋に行く勇気もなかった。つまるところ、エロ本はそれ以外のルートで入手するしかない。 

 そういうわけで、僕が持っていたエロ本は、夏休み、隣の市まで自転車をこいで血眼で探しに行き、ようやく入手した一冊だった。ところで、たまに落ちているエロ本というのは、あれは何かボランティア団体の活動の一環なのだろうか。だとしたら学校で無駄に募金させられるユ○セフなぞより、よっぽど子供のためになってるんじゃなかろうか。だが、子供の事を考えるのであれば、エロ本は雨に濡れるようなところには置いてはいけない。

 エロ本が、ババアもとい母にバレたのは、雨に濡れカビが生え、カピカピになったエロ本が放つ強烈な臭いが原因だった。僕が全知能を駆使して発案した、タンスの引き出しの裏にガムテープで貼り付けるという高度な隠匿術も、カビたエロ本の放つ強烈な存在感の前には無力であった。洗濯物をタンスに入れている途中の母に臭いを辿られ、あえなく僕は御用となった。その後、僕は被告として「ケンジがエロ本を隠していたことについて」という議題の家族会議にかけられた。普段、厳格な父親は意外にも僕に同情的で母を嗜めてくれていたが、僕が発した「読んでもたいして興奮しなかったからセーフ」という謎の言い訳が母の怒りをさらに助長させてしまい、結局エロ本は没収されたうえ、お年玉半額カットという追罰も課された。

 しかし、これでへこたれない強い意志(性欲)を僕は持っていた。奪われたものは取り戻されなければならない。エロ本奪還の機を僕は狙っていた。我が家には、家に誰もいなくなるタイミングがある。家を預かる母は買い物を早めにすましてしまうので、僕が学校から帰ってくる頃には必ず家にいるのだが、雨が降っている時に限り、遠方の高校に自転車で通う姉を気遣って、車で迎えに行く時がある。迎えに行って帰ってくるまでの一時間の間、家には誰もいない。奪還のチャンスはその時しかない。そうして幾日か経って、ついに雨が降り始めた。

 姉の部活が終わる三十分前の十七時半頃、狙い通り、母が姉を迎えに家を出た。捜索開始である。まず考えられるのは、母の聖域、台所であった。普段男が入らず勝手が分からない台所は隠し場所にしやすいのでは、との見立てである。しかし、いくら探してもエロ本は見つからない。魚焼き機の中までひっくり返してみたところで、僕はここでの探索を中止した。その後、怪しいスポットの探索をあらかたしてはみたが、一向にエロ本は見つからなかった。すでに時刻は六時十分を指していた。猶予はもはやあと二十分。僕は困窮して自分の部屋に座りこんでしまい、過去の失策を悔やみ始めた。ファブリーズを本にかけておくべきだった…そもそもタンスの引き出しの裏は安易すぎたのか…などと、考えながらふとタンスを仰ぎ見た。座りながら、見るとタンスの高さがより強調されて見える。ここで、僕に天啓が舞い降りた。そういえば、タンスの上を探していない、と。我が家には各部屋にタンスがあるが、僕より背が高く、上まで目が届かないタンスはひとつしかない。母親の部屋のタンスだ。まさに死角であった。すぐさま母の部屋まで椅子を運び、タンスの上を見てみる。…やはり。僕が探し求めたエロ本がそこにはあった。だが、ここで僕は異変に気付く。僕のエロ本の下に2冊ほど、本が見えたのだ。一番上にあった僕のエロ本をどけると、そこにも肌色がやたらと多い表紙の本が見えた。エロ本である。僕のエロ本は1冊だけのはずだが…?と不思議に思っていたが、すぐに合点がいった。我が家の男は僕ともう一人しかいない。父だ。これは父のエロ本だ。父が家族会議の時、妙に僕に同情的だったのはこのためだったのか…僕の中に何か切ないような哀しいような気持ちがよぎった。エロ本弾圧を受けているのは、子供だけではないのだ、と。僕は世の世知辛さを感じながら、そのエロ本をまとめて抱え、椅子から降りるとすぐに自分の部屋に向かい、エロ本3冊をファブリーズすると、机の引き出しに丁重に入れた。

 その後、母と姉が戻り、夕食を食べて少ししてから父が遅めに帰ってきた。残業だったのか、少し疲れた様子だった。僕は父に久しぶりに「おかえりなさい」と言ってみた。父は短く「ああ」と言葉を返した。なんとなく背中が煤けて見える。今度エロ本をこっそり返してあげようかな、と僕は思った。

 思春期の健康な少年からエロ本を奪うのは、人道的に問題がある。…いや訂正、健康な男からエロ本を奪うのは、人道的に問題がある。


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