夕立
目の前に大きな木がある。この木には見覚えがある。
特に意識してではないけれど、顔を上げて木の伸びる先へ視線を向けていく。その途中で音に気付いた。たくさんの水が……しずくが落ちる音だ。そう意識して顔を上に向けると、目元にしずくが落ちて来た。
しずくが目に入ったらもっと慌てたと思う。
でも、そのしずくは右目の下に落ちて流れていく……。それを右手で拭う。なんだか涙を拭うみたいに感じた。
たくさんのしずくが落ちる音……それは雨。結構、降っている……けれど、わたしは殆ど濡れていない。再び上を見ると、木の葉たちが傘になってくれていた。雨漏りしてるけど!
こういうのも悪くないなと思いながら後ろを振り向いてその先を見る。そこには前回と同じように彼が賽銭箱の横に背を預けて座っていた。
「こんにちはー!」
雨音に負けないように手でメガホンを作って声をかける。
「……」
雨音で声はあまり聞こえないけど返事をしてくれた。
わたしは木の葉たちの傘から出て、建物の方へ走る。足元に気を付けて転ばないように。
「傘を持ってくればよかった」
「こんにちは。……タオル持って来ますよ」
彼は改めて挨拶をすると、建物の中に入っていった。そんなに濡れてないから大丈夫だけど……でも、嬉しい!
「夕方……夕立かな?」
わたしは賽銭箱の正面に置かれた座布団に座って聞いてみる。勝手に座っちゃったけどいいかな。
「空は晴れているので狐の嫁入りというやつですかね」
丁寧に両手でタオルを差し出してくれるのでわたしも両手で受け取る。
それほど濡れていないけど、タオルを頭にのせて髪を軽く拭く。
「狐の嫁入り……あ! タオルだけど、なんとなくお嫁さんっぽくない?」
彼の方へ顔を向けて聞いてみる。すると、はにかんだ笑顔を返された。……なんだろうちょっと恥ずかしい。同じ人だけど、あの人と反応がちょっと違う!?
「面白い人ですね」
「まぁね!」
面白いって言ってくれるなら大丈夫! ……大丈夫だよね。と、わたしが考えていると、彼は元の場所に座ってしまっていた。
「あの魔術師の現実の私が出かけて来たようです。そして、色々と思うことがあったようです」
「色々……」
「人がいっぱいいて、見て回って、仲間……というものについて思ったりしてました。自分には会える仲間というのはいないなと……」
「……そうなの?」
あの人を思い浮かべてみる。
「仕事での仲間はいるし、少ないけれど友人もいる……けれど、本来の自分として仲間と呼べる人は身近にいない。それを意識すると……欲しいな……と思ったようです。けれど、ボクは知ってます。自分が仲間と呼べる気持ちを入れる本来の器を失くしてしまっていることを。失くしたのは10歳頃でしょうか……」
「仲間意識……が、無いってことはないよね?」
ちょっと心配になって来た。
「それは大丈夫ですよ。本来の器を失くしてしまっているだけで、感じ取ることは出来るし、それが素敵なことだと認識も出来ます。けれど、本来の器ではないので、たくさん零れてしまう」
「それなら、いっぱい感じさせてあげればいいのかな」
「器から零れ過ぎて、ど、どうしたら!? と、混乱する可能性が高いですよ」
「それじゃあ……わたしも、控えた方がいいのかな?」
ひょっとして、わたしは負担になっていたのだろうか。
「大丈夫ですよ。あの魔術師にとってあなたは、特別なようです。愛の器? 仲間と呼べる気持ちを入れる器の他にもそんな類の器が作動している感じがします。その影響なのか寂しさを感じ取ってしまうけど」
「ふ、ふーん。愛の器か~」
なぜか声が上擦ってしまった。
「あの頃という頃……。仲間や友達というものに馴染みが無かった……。もし、あの頃の終りが仲間や友達というもので終わらせていたとしたら……新たにその器を創り出せたのだろうか」
水たまりの波紋を見ながら彼は言う。その横顔はあの人と同じ雰囲気を感じさせる。まぁ、同じ人なんだけど。
「今からだって遅くないんじゃないかな?」
「……そうですね。失くしたその器を見つけ出すのがベストですが……。とりあえず、自分なりのやり方を試す予定みたいです」
「……自分なりのやり方……あまり無理しちゃだめだよ?」
自分を殺すつもりの努力をする人だから……なんだか心配だ。
「自分が最強なら何の問題もない。それがボクの考え方の基本です。辛かったり苦しかったり上手くいかなかったり、それは自分に力がないから……それなら、力を身に着ければいい。ただそれだけのことです……。……自分相手にならそれで良さそうですが、自分以外が関わる場合はもっと複雑そうに視える。自分なりのやり方を試すけれど……お力を頂けると助かります」
「任せて!! ……あの人にも色々あるんだね!」
「お恥ずかしいものです」
そう言う彼は暗くもなく悲観的でもないようにみえる。
「なんだか余裕そう」
「さぁ? どうでしょう。深刻に考えても進みが遅いだけだったりするから、さて、どうしようかね~! という感じですよ」
今の彼の『さて、どうしようかね~!』という台詞にも、あの人と同じ雰囲気を感じた。
「あの魔術師と同じ雰囲気を感じたよ!」
同じ人だから当然なのかもしれないけれど、最近、彼からあの人の雰囲気を感じることが多い。
「同じ人間ですからね。……失くした魂を取り戻して、弱くなる一方……けれどなぜだろう……ボクはあの魔術師が羨ましく感じる。その理由にあなたの存在があるのかもしれないですね」
彼はわたしを見て首をかしげている。
「あ! 雨が止んだね」
「おや、本当だ。……もう、今回は終わりのようですね」
彼はそう言い終わると姿を消した。




