あいさつ
目の前に大きな木がある。顔を上げると緑の葉が生い茂っている。この木が何という名前なのかは知らない。生い茂る葉の隙間から陽の光が漏れている。
ここはどこだろう? 辺りを見回してわたしはそう思った。
大きな木、鳥居、建物……神社?
知らない所だけど、ここは神社のようだ。耳を澄ますと、頭上の木の葉達が触れ合う音が聞こえる。
「ここは……あの手帳の世界?」
なんとなく感覚的にそう感じて声を出した。
ここがあの手帳の世界だとしたら、過去のあの人がどこかにいるはず。あの人を探しいて再度辺りを見回す。しかし人影は見えない。自分が並べた地の文を読み直して見ても手掛かりはない。……ここでの地の文はわたしの視点だった。わたしが認識していないことは地の文に並ばない……ああ、そうだった!
立ち止まって辺りを見渡しても始まらないので、歩き回ることにした。
とりあえず、鳥居に向かって歩くことにした。
たしか、この世界では行ける範囲に制限があったはず。おそらく、今回の舞台はこの神社の敷地内だと思う。
鳥居の前で立ち止まり、手を伸ばしてみるとやはり、そこには見えない壁がある。知らずに出ようとしたら思い切りぶつかって痛い思いをするかもしれない。
見えない壁に右手を当てながら歩く。やっぱり鳥居からじゃなくてもこの敷地の外には出られない。そう判断したわたしは振り返り、建物を見る。
「きっとあそこにいる」
なんだか、かくれんぼをしているみたいだ。そう思いながら玉砂利を踏みながら建物……社へ向かって歩く。玉砂利を踏む音……この音は彼に聞こえるんだったかな? この世界に来るのが久しぶりで忘れてしまった。
階段があって、賽銭箱があって、その向こうに戸がある。靴はどこで脱ぐんだろう……靴を脱いでお賽銭は入れないと思うから、階段は大丈夫だよね。
そんなことを考えながら玉砂利を踏む音を響かせていると、戸が開いて誰か出て来た。足を止めて確認すると、やはり彼だった。
「えっと、こんにちは!」
彼には聞こえないけど、わたしは元気に挨拶をした。……? 偶然?? 少し下を向いて会釈したように見えた?? 気のせいだよね。
賽銭箱の向こうに立つ彼を見ながら、歩みを進めて階段の前で立ち止まる。
彼にはわたしが見えないはずなのに見られている気がする。……ちょっと手を振ってみよう。
笑みを浮かべながら手を振ると、彼はぎこちなく右手を顔の高さまで上げ手を振る……。手を……振り返した!?
「わたしが……みえてるの?」
半信半疑で聞くわたしに、彼は頷いて見せた。
「えぇ!? 前までは……ちょっと待って」
今回並んだ文章を読み直して、自分が変なことをしていないか読み直した……とりあえずは大丈夫そうだ。
「立ち話もなんですので、どうぞ中へ」
「……はい」
階段を上りながらわたしは考えている。この彼は、あの人なのではないかと、あの人が彼のふりをしていると考えれば、わたしのことがみえてもおかしくはない。そう思いながら、彼をよく見る……あの人より後ろ髪が長い。このところ文章並べをしていないから、わたしが知らないだけで髪が伸びた?
彼はわたしが階段を上り切ったのを見て、戸の中へ入る。戸の中は畳敷きだ。……ということはやはり、ここで靴を脱げばいいはず。
「お邪魔します」
中は、窓から光が入っているけれど薄暗い。
「座布団を……。どうぞ、お座りください」
「どうも」
あの人が彼のふりをしているわけじゃなさそうだ。
「少し暗いですね、少しお待ちを……」
彼はそう言って奥に行くと、更に乗せて立ててある蝋燭を持って戻ってきた。
「ここも電気がないんだね」
「そうなんですよ」
ろうそくに火を灯すと、室内の明るさが増した。
「……ここは静かだね!」
「のんびりできます」
彼は空いたままの戸の向こうを見ながら応えた。
あの人が彼のふりをしているわけじゃないとして……。まぁ、彼はあの人の昔の姿……彼もあの人であることに変わりはない……変わりはないけれど、わたしの知らないあの人である彼……あの人ではあるけど知らない男の人と、二人きりで一緒にいると思うと少し怖いような気もする。
「のんびりするのいいよね!」
「まったくです。きっと、あの魔術師もあなたと一緒にのんびりと過ごすと満足するはずです」
「……」
魔術師……あの人のことを言っている。この彼は、単純に過去のあの人というわけじゃないのかも。
「その意外そうな表情。カワイイと感じます」
「……」
なんとなく警戒心が高まった。ひょっとして、わたしはピンチなのだろうか。
「表情の変化……面白いです。……とりあえず、そう警戒されなくても大丈夫ですよ」
「地の文って読めたりする?」
彼に地の文が読めるとしたら、わたしの思考は筒抜けだ。
「残念ながら、その権限は持っていません。……えっと、僕? ……ボクでいいか。ボクがあなたと話せているのは、紡ぎ手が自分の深い闇への進み方をや道具を確認したいという意味もあってなんだ」
そういえば、あの人は少し前にそんなことを文章に並べていた。……でも、どうしてわたしと彼で話す必要があるのだろう。
「! そういえば、わたしの台詞のカギカッコが二重じゃない!? ……久しぶりだったこともあって気付かなかった!? ……えっと、わたしが役に立つの?」
ふと思い出した設定で、自分の声が彼に聞こえる理由がわかった。
「……。……あの魔術師にとって、あなたは重要で、あなたという術式を道具や進み方に組み込みたい……と望んでいるようですね」
「そう……なんだ」
あの人にとって、わたしは重要なんだ……。口元がほころびそうだけど、ここは無表情で冷静を装うことにしよう。
「まぁ、今回はあいさつだけです」
「あいさつ……。よろしく?」
「よろしく」
わたしの疑問符を付けたあいさつに、真面目な声で答えてくれた。
「そういえば、今回はあの人は来ないのかな?」
「来ないようですね……今回のボクの役割は終わりのようだ……」
彼は少しずつ薄くなり消えた。
この世界は夢……わたしは目を覚ますのかな? それとも、二度寝でまた違う夢を見るのかな?




