夢から覚めたら
太陽はほとんど沈み、空は少しずつ黒くなっていく。時間は夕方の終わり頃のようだ。
目に映る光景は海、耳に届く音は波の音。
わたしはこの場所に、いつの間に来たのだろう? ……と、考えていた。この場所まで来た道のりが思い出せない。気づいたらここにいた……。
微妙に不安を覚えるけど、自分が誰なのかは解る。そして、この世界が何なのかも……。
この世界において、わたしは自分がどんな道筋を辿ってこの場所に来たのかを考える必要が無い。夢の始まりがよく思い出せないのと同じ感じでいいはず。
とはいっても、急に知らない所に放り出された感じは、やはり微妙に不安を覚える。
(どこかに彼がいるはず)
わたしは自分の台詞を声にしてみた……。思った通り、わたしの台詞はかぎかっこでは並ばない。
地の文の役割も兼ねるわたしは、自分の台詞からこの世界の設定を確認した。
(どこにいるのかな?)
辺りを見渡すと、少し遠くに人影を見つけた。薄暗くなっている時間設定なので、この距離では誰なのか確認できない。でも、わたしにはそれが彼であることはわかる。この世界はそういう世界だから……。
一直線に人影の方へ進んでいく。その人影は石の階段に座って海を見ている。
まだ人影の顔を確認できないけど、ふと、数少ない可能性を見つけた。この世界には過去のあの人……彼がいる。でも、あの人自身もこの世界に現れたりもする。……あの人影は、彼じゃなくて、あの人なのかもしれない……まぁ、同じ人間ということに変わりはないけど。……少しややこしい文章になっちゃった。
ややこしいことを考えていたら、足が止まっていた。
(あの星は一番星というやつかな?)
歩き始めようと右足を一歩踏み出した時、背後で声がした。
(やっぱり、あっちの人影は彼なんだ)
わたしは振り返り、声を掛けてきたモノを見た。
(後ろから声を掛けて、もっと驚くかなと思ったのに)
目が合うと微笑みながら台詞を並べる。台詞とは裏腹に、後ろから掛けた声は、わたしを驚かせないように配慮していたのが声色で分かっていた。
(ということだよ。驚かせるつもりなんて無かった癖に!)
地の文を踏まえてわたしは言った。
(……やり直した方が良い?)
(大丈夫。えっと、お話を続けよう)
わたしはそう宣言して、石の階段に座る人影へと近づいていく。背後に付いてくる気配を感じながら……。
(薄暗いから足元に気を付けてね)
気遣う声が後ろから聞こえた。
(ありがと。ところで、どうしてこの世界に来たの?」
一人だと正直、心細かったわたしは、来てくれたことが嬉しかったりする。
(迷惑じゃ無さそうでよかった。……理由は、手帳を手に眠る君がどんな夢を見ているのか気になってね。……私も来てしまったよ! という感じ)
(ふーん。眠っているあっちのわたしに、変なことしてないよね?)
(私は変態だが……眠っている相手にあまり変なことをしたりはしないよ……基本的にはね)
振り向かないでわたしは台詞を聞いていた。
(本当かな~)
この世界は手帳による夢……。この夢が覚めた時、わたしはあの世界で目を覚ますのだろう。その時、あの世界のこの人はどんな体勢で眠っているのだろう。この前は……。
(君の胸に顔をうずめる感じの時もあったか……)
(顔をうずめれるほど、胸無いけど……。やっぱり大きい方が良いんだ……)
少し自虐的に噛みついてみた。
(噛まれてしまった! ……君の大きさが好みなのに! と、悲鳴を上げてみよう)
少し照れる感じがするので、わたしはスルーすることにした。
石の階段の付近まで着いた。やっぱりそこに座っているのは彼だった。それを確かめたわたしは、振り返ってそこにいる人を見た。
(やっぱり思った通りだった)
予想が当たって嬉しくて台詞を並べたけど、この人の表情は少し意外そうな顔をしている。
(……ほぅ)
(どうしたの?)
この人の視線はわたしの背後……彼に向けられている。
(どうやら、今までの彼とは違う彼だ……)
それを聞いてわたしも振り返って、彼を見た。
(違うって? ……何だか静かな雰囲気??)
確かに感じる雰囲気が何だか違う。表情も、今までこの世界で会った彼とは少し違う様にも見える。どことなく、たくましい気がする??
(たくましい……か。恐らく今の私より体力はあるだろうね)
(彼から感じる雰囲気は、あなたより冷たく感じる。それにたくましい感じだけど、哀しそう)
わたしがそう感じるのは、この人……ある意味、未来の彼を知っているからなのだろうか。
「結局……誰かに直接、救われることはなかった。だが、これで良かった。助けてくれなくて、ありがとう。おかげで強くなれた。望む言葉を誰も言ってはくれなかった……だから、心休まることも無く彷徨い続けることが出来た。まっすぐではないが、歩みを止めることは許されなかったのだから……本当にありがたい!」
台詞の最後に笑みを浮かべた彼のそれには、哀しみに彩られている。わたしはそう感じた。
(一応言っておくけど、彼は誰のことも恨んではいないし憎んでもいないよ)
(うん)
わたしは上手く言葉が出てこなくて、一言だけ返事をした。
(彼自身、誰にも自分を救えないことは知っていたし、望む言葉を言ってもらえなかったのは……)
(言ってもらえなかったのは?)
(問いに対する答えの間違えが、欲しい言葉だったから。間違えの答えが聞きたかったんだ。出来れば、自分の心を見透かして……間違えて欲しかった)
この人の台詞にも哀しみが見えた。
(……)
(おっと、私としたことが君に気を遣わせてしまったか。すまん!)
(えっと、間違えの答えは……えっと……)
正解と思われる答えは……その逆の答えを……。
(いや、それは昔のことだよ。今の私は昔ほどひねくれてないから……大丈夫)
(そうなの? ……うん。そんな気がする! わたしとしたことが、あなたのことを少し見失ってたよ)
わたしは短く無いこの人との付き合いで育まれたモノを意識して台詞を並べた。
(それはなんだか照れるな)
地の文を読まれて少し恥ずかしい。
「あれほど欲しかった言葉も、もう必要ない。誰も俺のことをわかってくれなくてもいい。自由だから」
彼は表情に暗い色を浮かべてまっすぐ海を見る。
(別に彼は、悪いことを考えているわけじゃないからね。彼自身、あまり人に干渉するつもりが無いから)
(わたしは、あなたのこと解りたいよ)
(ありがとう。私も君のことを解りたいし、解って欲しいと思っている)
その台詞を聞いて、わたしは嬉しさを感じた。
(よかった)
そう言ったわたしの頭をこの人は撫でてくれた。
(手帳の見せる夢の中だけど、君はやっぱり君だね! この手に感じる触り心地に幸せを感じる! ……ところで、今回のこのお話……彼をほったらかしにしすぎかもしれない)
(……そうかも)
確かにわたしは、彼よりこの人のことばかり文章を並べている気がする。でも……この指摘は、たぶんこの人の照れ隠しだ。まぁ、指摘には違いないから受け止めないと。
「さて、帰るか」
彼は石の階段から立ち上がり、海から空を眺めそのまま視線を階段の上に向けて、退屈そうなため息をついて上がっていった。そして、その途中で消えた。
(どうやらこのお話も、もう終わりのようだね)
(うん。今回、わたしは上手く文章を並べられたのかな?)
(良い感じだと思うよ。彼の描写は少し少なかったけど)
(うぅ、次の機会はもう少し上手くやりたいな!)
わたしは海を眺めながら台詞を並べた。
(この夢から覚めたら、あの世界でもよろしくね!)
(はい!)
わたしが返事をすると、この人の姿は少しずつ薄くなって消えてしまった。夢から覚めたんだ。わたしも起きなくちゃ!
強くそう意識すると、自分の姿が少しずつ薄くなっていくのを感じる。
もうすぐこの夢からあの世界へ……。




