第五話 それは誰にも等しくやってくる
「あの方は、勇者という資格を持っていたから勇者になったのではない。勇者としての心を持っていたから、勇者として選ばれたのだ」
ああそうかよ。だったら、
「だったら僕にどうしろと言うんですか。僕に勇者の資格がないなら、僕の召還された理由がわかりませんよ」
レイセルさんの言ってることはでたらめだ。だって世界は全てプログラミング通りに動いているのだから。
それでも、僕はそう返さずにはいられなかった。
「重要なのはお前が何者であるかではない。何をなすかだ」
何かをなしたから勇者になれる? そんなのは矛盾だ。金もないコネもない力もない、ただの一般人でしかない僕が、たった一人こんな世界で何ができるんだ。
あいつは自分が何者なのかわからないと言ったが、僕は何者になれるのかがわからない。
「そんなの、強者の暴論……」
僕が言い切る前だった。深く響くような重低音と共に、地面が揺れた。僕が一番慣れ親しんだ感覚で当てはめるなら、
「地震?」
「これは、違う!」
レイセルさんは否定と共に立ち上がり駆けだしていた。何がなにやらわからないまま、僕も慌てて付いていく。ただ、嫌な予感は、身を圧迫するような苦しさみたいに感じていた。
僕達とは逆方向に走る兵士を見つけて、レイセルさんは短く問う。
「何があった」
「敵襲! 魔物の群です! 百は超えています!」
「やはりか……!」
勇者の出発前に魔王群が先手をかけてきたんだ! レイセルさんは現状を把握するなり、さらに速度を上げて僕は置いてかれてしまった。きっと姫様の元へ向かったんだろう。
ええと、僕はどうすればいいんだ? 普通に考えて戦闘じゃ足手まといの僕は避難すべきだ。でもどこに逃げればいいのかがわからない。地響きで目覚めた人や兵士達が慌ただしく走り回っている姿はあるが、動きはてんでバラバラだ。突然の事態でまだ現状を把握できている者が少なく、統制が取れてないようだった。
「もしもし、聞こえますか?」
「え?」
不意に僕の背後から声が聞こえた。背後? 今背後って壁、なんだけど。
壁から話しかけられる人間なんて、いてたまるか。もしかしてモンスターがもう城まで侵入を? 振り向いたら僕は殺される!?
「聞こえるなら返事をしてください」
「は、はひ!」
恐怖と緊張で僕の声は上擦っていた。だって、どれだけ今が惨めでつまらなくたって、僕はまだ死にたくない。
「良かった、ようやく繋がりました。あ、見つかると困るので、静かに、ゆっくりこっちへ振り向いてください」
謎の声はとても落ち着いていて、友好的な風で僕に命令する。命令というか、お願い、に近いような。というか、この声、どこかで聞き覚えが。
僕が恐る恐る振り返ると、枠のない小さなディスプレイみたいな画面が空中で静止し、金髪碧眼のお姉さんが僕を見て微笑んでいた。
僕を勇者としてこの世界に送り込んだ、あの人だ。
「シェームさん」
「お久しぶりです、と、何やら緊急事態な模様ですね。時期的には、魔王群が城へ攻め込んできたところでしょうか」
「どうしてそれを……」
「説明させていただきたいのですが、まずは場所を移しましょう。行き先を指定しますので、そちらへ向かってください」
僕はディスプレイを隠しながら、シェームさんの指示通りに場内を進み、今は使われていない古い倉庫に忍び込む。明かりも射さない部屋は真っ暗だが、ディスプレイが発光しているので会話には困らない。
そこで僕はまずこれまでの経緯を説明した。
「そうですか、それは大変でしたね。順を追ってお話しますが、まず、あなたが勇者になれなかったのは、こちらのミスです。申し訳ありません」
「やっぱり……」
わかってはいたけど、はっきり宣言されるとやはりショックだ。でも、原因がプログラムの管理側にあるのなら、向こうが何とかしてくれるかもしれない。言葉通りの神頼みだった。
「私が今日まで連絡が取れなかったのもそれが原因です。あなたがここに召喚される直前に現れたテロリストのことは覚えていますよね」
「ええ、あれだけおっかない連中を忘れることなんてできません」
「あのテロリスト達の工作により、各世界を管理するマザープログラムに三つの問題が生じたのです」
シェームさんの説明が適度に大雑把なので要点は掴みやすい。つまり、
「その問題が原因で、僕が持つはずだった勇者の力は全て失われてしまったと」
「そうです。テロリストが流したウィルスによるプログラムの誤作動が問題の一つ目。また失われたのは勇者権限だけではありませんでした。私がこれまであなたと連絡を取れなかったのもこれです。そして、あなたがこの世界で勇者として転生したという記録も、データベースに記録されていませんでした」
「二つ目がそれ、と」
これは二つ目というより、一つ目の問題を二つに分けて考えたようだ。実際に起った問題はどっちも同時に発生したプログラムのエラーが根っこなわけだし。
「はい、この影響で何が起きたかは、あなたもよくご存知であると思います」
「もう一人の勇者召喚ですね」
「この頃にはもう侵入されたテロリストの排除と、プログラムの修正は済んでおりましたので、勇者権限も問題なく付与されています。二人目の勇者は通常ケースでの転生でしたから、前世の記憶とチートスキルは持ちあわせておりません」
これではっきりとした。正真正銘、僕が偽物。皆の予想通りの結果で、どっちの勇者ショーは閉幕だ。奇跡の大逆転などありはしない。
「それで、僕は勇者の権限とチートスキルを再度取得することはできないんですか?」
今勇者でなかったとしても、後付でその才能を得ることができるなら、僕はまだ戦える。そんな最後の希望は、シャームさんの回答で呆気なく打ち砕かれることになってしまう。
「誠に申し訳ありませんが、ご期待に沿うことはできかねます」
「どうしてですか! 僕が先に召喚されて、本来なら僕こそ勇者になるはずだったんですよ?」
「その通りです。しかし、勇者の権限とチートスキルはどちらも転生時のタイミングでしか付与はできないのです」
そんな、馬鹿な。なんでそんな仕様でプログラムが組まれちゃってるんだよ! 人の一生を左右する問題なんだから、もっと融通が効く仕様にしてくれないと困るじゃないか! まさに困ってしまっているじゃないか!
僕は頭を抱えて猫背になりまるまって座り込んだ。そして、できればやりたくはないが、この方法も確認してみる。
「なら、僕がもう一度死んで、ここへ再転生されれば今度こそ必要な力を」
「それも不可能です。この世界における転生は、それがどういう結末であれロールプレイを終えた者に与えられる権限になります。しかし今のあなたは、世界に弾かれた存在であり、今はどのロールにも当てはまらなくなっています」
「もし、今の状態で僕が死んだら、どうなってしまうんですか?」
「次の役割が付与できない状態で人が死んだ時は、その人の存在ごと天界側では抹消されることに……」
「そんな!」
つまりロールプレイができないまま死ぬと、命の輪廻そこが途切れてしまい、永遠の死を迎えてしまうってわけか。
今の僕はエセ勇者という烙印の除外不能だけでなく、死んで生まれ変わることすらできなくなっている。
やり直しもきかない、本当の意味での死だ。
目の前が真っ暗になった気分だ。きっと絶望的な顔をしているのだろう。心配そうな面持ちのシェーヌさんが、なんと言葉をかければいいのか迷っているようだった。
「もう一つ、お伺いしたいことがあります」
「はい、なんでしょうか」
「シェーヌさんは、これからこの世界がどうなるか、知っているんですよね」
「勇者としての人生がどう進むのかは、ある程度プログラムで決まっているので、概ねわかっていますよ」
人間の人生なんて、神様からすれば掌の上のできごとでしかない。僕は、その手にすら乗せてもらえなかったわけだが。
「といっても、最初の人選や冒険中の選択によって、後の展開は大きく変わってきます。あえてゲーム風な言い方をするなら、今はまだ全キャラ共通ルートですね」
「緒戦から、ずいぶんとハードなイベントだ」
「そうでもないですよ。今回はボスを除けば強力なモンスターはいませんし、国への被害も最小限に抑えての勝利になります」
ホント、そう解説されるとリアルなゲームみたいだなと、思ったよりも危機的な状況ではなさそうなので、その点のみ安心した。のに、いきなりけたたましい音が倉庫を支配する。
「な、なんだ、げほっ!」
飛び散る粉塵に咳き込むけど、僕は何が起こったのかの把握を優先……って嘘だろ! 背後の壁がぶち抜かれてやがる。
「ここ、安全じゃなかったんですか?」
この世界がどうなるかわかった上でここに連れてきたのなら、安全に話ができるのだろうと思っていたのに、全然そんなことはなかった。
「そんな、この付近まで戦火は広がらないはずなのに」
そう言われても、戦場にならず倉庫破壊などあり得ない。
煙を腕で振り払いながら破壊された部位注視していると、瓦礫の上で仰向けに倒れる影が見えた。
そいつは、この城の兵士だ。首が曲がってはならない方向まで可動しており、血の泡を吹き息絶えていた。
「とにかく、急いでここを離れましょう」
シェーヌさんの声が頭に入る。が、入るだけだ。僕は腰を抜かしてその場にへたり込むことしかできない。
「これ……死体……戦争……」
僕はなんて生ぬるいことを考えていたのだろう。どこがゲームだ。現実なんだよ、ここは。
現実に魔物が存在して、理不尽に対して人が抗い、そして死んでいるんだ。
「早く! 魔物がこっちに来てしまいます」
もう遅いよ。と僕は心で思った。思うだけしかできなかった。
外の戦火に照らされる影が、壁の穴から現れる。
一人は肌のあさ黒い女。敵の根城だというのに、散歩でもするように入ってきて、肌の色とは対象的に美しい銀髪がたなびく。
そして、彼女の冷たいアイスブルーの瞳が僕を捉える。
「ん、イレギュラーはここに隠れていたか」
この世界で初めての、敵との遭遇だった。