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第四話 投げられた賽の、外れ目と当たり目

 世界に一つだけの花でも、それが必要にされるとは限らない

 召還されて一週間で、僕は無用の存在となり果てた。

 よく場内のメイドとすれ違う時、僕を見て何かひそひそ囁いているが、その意味を僕は理解すらできない。


 僕がキスリアや姫様と会話ができるのは、あちら側が通訳魔法を展開してくれているおかげだ。

 僕一人では、この異界で他人とまともに言葉を交わすことさえできない。

 ここはもはや僕にとってアウェーでしかないのだと、嫌でも思い知らされるためだ。


 それでも生きていくしかない。生きにくい場所でも、死ぬよりはマシだ。

 簡単な指示くらいはジェスチャーで察して、その指示に従って動く。内容が細かい時は、通訳魔法が使える人を介在して話をしてもらう。

 そうやって僕はなんとか日々の生活をこなしており、今日は全国民への勇者お披露目パーティーだった。


 昼は凛々しく着飾った勇者が、国民の声援を浴びながら城下町をパレードだ。僕にも遠巻きで眺めるくらいはできたけど、本来ならあそこで手を振っているのは自分だったと考えてしまい、嫉妬と羨望で余計暗い気分になった。

 夜は近隣の王様や有力な貴族が集り、城内にて晩餐会。

 僕はひたすらせわしなく料理を運び続ける係りとして、この晩餐会に参加している。

 勇者の方は見ない。見れば見るだけ陰鬱になるだけだから。

 しかし、何をやっても上手く行かないのが、この世界での僕である。


「ちょっといいかな」

「はい、なんでしょ……」


 晩餐会の途中、トイレに行こうとした僕を呼び止める者がいた。言うまでもなく勇者だった。


「あなたが、私の前に勇者として召還された人なのだろう? 召還された日に、『選別の庭』で見たのを憶えてる」

「ええそうですよ。それで、選ばれなかった一召使いに何のご用ですか?」


 自分で言いながら苛ついているのがまるわかりで、格好悪いなぁ僕、と思う。


「姫から聞いていたんだ。わたしと同い年で何日か先に召還されて、この城内で働いている人がいると。だから一度、話をしてみたかった」


 勇者の口から姫様の名前がでたことに、僕のいらつきが増す。姫様はここに召還されてから、僕にとってはたった一つの光だった。けれど『ホンモノ』の勇者が召還されてからは、姫様はことあるごとに勇者と一緒に過ごしたがったらしい。

 そうして、ただでさえ少なかった僕と姫様の会合時間はほとんどなくなった。

 しかも勇者は姫様を呼び捨てだ。召還は僕より後でも、僕が欲したものを僕以上に手にしている。


「申し訳ありませんが、僕に話すようなことはありません」

「待ってくれ、少しでいいんだ。というかお手洗いと言って抜けてきたから、少ししかないのだけど、人のいない場所で話がしたい」

「…………わかりました」


 勇者との話を了承したのは、僕を紹介した姫様の顔を立てるためだ。会話の場所はここから近い花壇を選んだ。

 晩餐会の最中に、わざわざ夜闇の花を見ようとする者はいないだろう。


「それで、お話とは?」

「ああその、そうだな、貴方は地球の日本から来た、でいいのかな? これも姫から聞いたんだ」

「ええ、勇者様と同じ地球でしょう」


 同じだけど、あんたとは違う。主に扱いがな。


「そうか、私以外にも……」

「で、それで何ですか勇者様?」

「清香だ。月百合清香。清香でいい」


 清香が僕と打ち解けようとしているのはわかる。けれど、僕の心は、それに応えられない程には狭量だった。


「なあ、貴方から見たこの世界はどうだった? 何があった、それを教えてほしいんだ」

「無意味ですよ」

「無意味?」

「清香様が僕の世界を知ったところで意味なんてありません。だって、僕達は全く違う道を歩いてるんですから」


 少しは僕の拒絶が伝わったのだろうか、清香はしゅんと俯く。それでも、またすぐ顔を上げてアタックをかけてきた。

 ただ、その表情は先までの凛とした力強さはない。


「何でもいいんだ。知ってることを教えて欲しい。正直、不安でしょうがないんだ。いきなりここへ飛ばされたと思ったら、勇者として祭り上げられてこの騒ぎで、もう何がなにやらわからなくって……」


 いきなり? そう言えば、通常の転生では、あのオフィスにいた記憶は残らないようになっているんだったか。僕は特例として扱われていたので、さっぱり忘れていた。


「結局この剣も、わたしが何者であるかは教えてくれなかった」


 清香は恐いのだ。自分の意志とは関係なく、自分が世界を救う存在として、皆からもてはやされる。その現実が彼女を不安に駆り立てている。

 いきなり別世界に飛ばされて五里霧中なのに、救世主としての期待をかけられているのだから、澄香からすればたまったものではないのだろう。


 その気持ちはわからないでもない。むしろ僕が彼女に感じている劣等感は、しょせん逆恨みでしかないのだった。

 それでも、だ。逆恨みの八つ当たりだとわかっていても、まるで厄介者のように勇者の剣を撫でるその態度が、僕にはどうしても許せなかった。


「あんたは勇者だろ。そして僕は何者でもなかった。僕達の間にあるのはそれだけだ」

「あ……」


 僕はそれだけぶつけると、清香へと背を向ける。それでも清香は僕に何か声をかけようとしているのを感じて、もう一度あからさまに言葉で突き放す。


「僕はもう行く。召使いとしての仕事があるからね。あんたはあんたで忙しいんだろう、勇者様?」

「ああ、そうだな。引き留めてしまって、すまなかった」


 僕と清香はそれきり互いの顔を見ることもなく別れた。ホント、何をやってるんだろうな、僕は。


 ●


 真の勇者様との巡り合いも、僕の生活にはどういう影響も起こさなかった。

 勇者の資格はおろか、何の力もない僕の生活は、ただただ地球での暮らしとのギャップに悩みつつ過ぎ去っていくだけだ。

 無為な命が、無為な生活を過ごしていく。それだけだった。


 清香は、本当の勇者は、城の兵士達を引き連れて明日魔王討伐の旅に出発する。

 僕にできることは、その後ろ姿を、どこか目立たない場所から眺めることだけだろう。そう、例えば僕が今座っている城の中庭とか。


「一人で舞い上がって、一人で落ちこぼれて、僕は何のためにここへ来たんだよ……」

「まあ、夜中にこんな所でうずくまるのは、賢い行為とは言えんな」

「え?」


 僕にとっては言葉の通じる相手自体が珍しい。そして驚き顔を見上げると、見知った人の顔が目に写った。なんで、


「レイセルさんがここに?」

「訓練上がりだよ。昼間は姫様を付きっきりで護衛しているからな。今は一時的に、見張りを交代してもらっている」

「そうですか……」


 そうだった。この人も“選ばれた”側の人なのだ。姫様に選ばれ、ずっと姫様の近くにいる権利を得た人。


「それで、お前なら大体想像は付くが、何をそんなに思いつめているんだ?」


 この人のことだからそのまま姫様の警護に戻るためすぐ行ってしまうと思ったが、どういう風の吹き回しか、僕の隣に腰を下ろしてしまった。二人して壁を背に三角座りだ。


「気にしないでください。これは、どうしようもないことですから」

「そういうわけにはいかんな。お前は姫様のお気に入りなのだ」

「お気に入り、ですか」


 新しい勇者が誕生してからは疎遠だったので、もうそれすら僕には信じられなかった。


「勇者様が出発してからは、しばらく寂しそうになさるのは目に見えているからな。お前には姫様を元気付けてもらわないと困る」


 レイセルさんは、寝る時も姫様のそばにいるらしい。僕がここにいなければ、そのまま姫の元へと戻ったのだろう。私友達と一緒の部屋でおはようやおやすみを言い合うことが、夢だったんです。と姫様が語っていたからね。

 姫様にとってレイセルさんは、最も信頼できる近衛兵であり、同時に友人なのだ。


「その役目の僕がうだうだしてるから、気合入れにきたってわけですか」

「そうだ。私は姫様のためにしか動かんからな」


 裏表のないお姉さんだなあ。下手に同情される方が僕には辛いので、はっきり違うといってもらえて、僕にはむしろありがたかった。

 そんな理由からだろう、僕が少しでもこの人に本音を漏らしたのは。


「どうして僕じゃなくてあいつなんでしょう。僕だって、召還されたのに、僕が勇者になるはずだったのに……」


 そうプログラムされていたはずだ。バグってやり直しになったはずの人生が、またバグで狂わされるなんて、あんまりじゃないか。


「やはり、そんなことか」

「そんなことって……」


 ずいぶんと突き放したお悩み相談室だな。姫様のためでも、僕を持ち直させにきたはずじゃあないのか。


「もっと自分がこうだったなら、なんて悩みは誰にでもある。特に、『自分が勇者だったなら』なんて、この国じゃ考えたこともない人間の方がずっと少ない」

「でも僕は、本来勇者になるために、ここへ来たんです。それなのに勇者なれなかった。そんな僕に価値なんてない!」


 壊れて走らない車なんて役立たずのスクラップとして破棄されるだけ。今の僕は、壊れた車とどれだけ違いがあるというのだろう。


「お前の気持ちは分かるが、同意はしてやれんな」

「別にして欲しいとも思ってませんよ」


 誰かに同意してもらえたところで、僕が勇者になれるわけじゃない。誰と話したとしても、僕は僕、偽物は偽物でしかないのだから。


「勇者様は、かつていた世界で一度死んでいるらしい」

「そうなんですか」


 口ではそう言いつつも、その理屈を知っている僕の心は微動だにしていない。


「ここに来る直前、勇者様は小さな少女を庇って暴漢に刺された。最後の景色は、暴漢が掴まるところと、勇者様の傍らで涙を流す少女の姿だったそうだ」


 老い先短い老人を僕は助けようと事故死して、勇者様は無限の未来が広がる少女を救った英雄になったわけだ。あいつはとことん、僕の望んだも全てを持っているんだな。


「こう言ってはなんだが、勇者様は多少剣の心得があるものの、ほとんど普通の女の子と変わりない。それででも勇者様は、少女を救おうとしたのだ」


 そして彼女は僕に問う。


「お前は、勇者様と同じ状況に置かれても暴漢から少女を救えると、迷いなく言えるか?」

「それは……」


 僕は答えられなかった。僕がお婆ちゃんを助けようとしたのは、その時はまだ安全だったからだ。もし自分が死ぬかもしれないとわかっていても、僕はあのお婆ちゃんを救おうと思ったか?


「私が何故お前にこの話をしているかわかるか?」


 僕は黙したままで、レイセルさんから目を逸らすこともできない。言いたいことはわかっている、けど、それを認めたくなかった。

 だってそれを認めてしまうということは、勇者になれるはずだった自分まで、否定してしまうということだから。


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