第三話 代わりはいくらでもいるのだよ
キルリアの驚きは、僕にとっては絶望とも言えてしまうものだった。
「え、そんな馬鹿な」
感じられないはずがない。僕自身はこの世界における魔力というものの本質こそまだよくわかってないが、チート能力の一つとして、世界最高峰クラスの魔力素質が設定されているのだ。その気になれば魔王に匹敵する強大さを秘めている、はずだ。はずなのに。
「やっぱり、勇者様から魔法の素質を一切感じられません」
「ははは、ご冗談を」
「冗談なら、良かったのですけど……」
キスリアの表情が青ざめていく。僕もたぶん似たような顔をしていると思うけど。
勇者召喚のシナリオは、早くもお通夜ムードになりつつあった。
持っているはずのスキルがいきなり作動しないなんて、これはどういうことなんだ?
もしかして魔力の開放スキルには発動条件があって、僕がそれを満たしていないとか。
他のスキルはどうなっている?
僕はこの場で、イメージするだけでどこからでも武器を作り出せるスキルを試してみる。これは使用するのに魔力や他の条件が伴わない。ただ想像するだけで使えるとあらかじめ説明を受けている。
巨大な剣とかじゃ想像しにくいので、身近で見慣れた武器であるナイフを想像してみる。何も起きなかった。
もっかい想像。結果、部屋の沈黙が長く続いただけだった。
そんな……これってまさか。
「チートスキルが使えない?」
「ちーと?」
「いや、なんでもないから。気にしないでください」
「あの、伝説によると、勇者様はとても高い魔力と神世の武具を身に付けることができると言われているのです」
僕は召喚こそされたけど勇者の条件から外れてしまっていると、召喚者の少女は遠まわしに説明している。それは知っているし、それより僕はチートスキルが使えなくなっている方が問題だった。
あれらのスキルなしじゃ、こっから先の危険度が雲泥の差になるぞ。
「どうしよう……どうしようどうしよう」
「えーと、その、とりあえず、召喚に成功したことを王様にお伝えしましょうです」
少女の方も想定外の展開に困っているようだった。そりゃあ召喚したのが勇者ではなくただの一般人かもしれないかもしれないなんて、焦って当然だろう。
僕は少女に案内されるがままに、後ろを付いていく。だだっ広くて部屋がいくつもあり、ガイドさんなしじゃ一時間とかからず迷っていそうだ。
「そなたが勇者殿か」
てっきりRPGの流れで国王の間にでも通されるかと思ったら、僕が連れて来られたのは城の外で、王様の芝生に覆われた城の中庭みたいだ。そこで待っていたのは、豪華絢爛な衣装の三人と、数人の兵士達。そして白い石の台座に刺さった一本の剣だった。
そこで到着早々僕に声をかけてきたのは、頭に王冠が眩しい立派な口髭を蓄えた白髪のおっさんだ。
「は、はい。そのようです……」
「わしがこのフレアルド王国の国王、オルライン二世じゃ。よく来てくれた、伝説の救世主殿!」
国王様のテンションが見るからに高い。後ろでは王妃様らしき人が「あらあら、国王様ったら年甲斐もなくはしゃいでしまわれて」なんて言ってる。めっちゃニコニコしていて、まるでヒーローショーでも見に行った子供みたいだ。
とは言え、国王と言えばそりゃもう偉いお人だろう。数時間前までは一介の学生に過ぎなかった僕はどうしていいかもわからず、ひたすら頭を下げることしかできない。
「あの、国王様」
「キスリアか。お前もよくやってくれたな。まさに大義であったぞ」
「それが、国王様にどうしてもお伝えしなければならないことがあるのです」
「なんだ、勇者殿に関わることか?」
「はい、実は……」
キスリアは恐る恐ると言った様子で、だがしっかりと僕に宿ってなければならない魔力が損なわれていることを説明した。それを聞いた王様は、眉間に皺が寄りしかめた面になる。
「魔力を持たない勇者殿とな……これは、伝承と違うではないか」
僕の勇者人生、初っ端から雲行きが怪し過ぎるだろ。あるものがない時点で、伝説の勇者から、伝説の部分が欠落しているし。
「お父様、魔力がないだけで、勇者様を疑うのは尚早ですわ」
「確かに、今回の勇者殿はたまたま、魔法とは別の素質を持っとるのかもしれん。やはり勇者の証は、この剣を抜くことで証明されるものじゃろう」
姫様らしき少女に諭され、国王様が台座の剣を指差す。アーサー王物語よろしく、僕がこの剣を抜かなくてはならないようだ。まさに勇者としてお約束のイベントである。
「この国は代々勇者様召喚の国として讃えられてきた。わしは何より早く、この世界に新たな勇者が誕生するのを見たくてな。それで勇者殿との謁見も、王の間ではなくここにしたのじゃ」
それでさっきは子供のようにはしゃいでおられたのか。そして僕はその期待に応えられるのか? いや違うだろ。応えられるのかじゃなくて、応えないといけないのだ。
もしここで失敗したら、僕はどういう扱いを受けるのかわからない。勇者を騙る偽物として処刑とかになったらどうしよう。
「さぁ、勇者殿。その剣を抜いて、証を立ててくだされ!」
「はい……」
僕はゆっくりとした足取りで、台座へと向かう。
落ち着け、姫様の言った通り僕はまだ勇者としての力を失ったとは限らない。僕が使えなかったのは勇者とは関係ない、後付け設定のチートスキルだ。
他のチートスキルには魔力を増幅するものだってある。魔力がないのだって、これが発動できなくなったから、元の魔力を失っているだけかもしれない。
抜ける。僕は抜ける。だって僕は勇者なんだから。勇者になるべくしてここに召喚されたのだ。むしろ抜けない道理がない。
台座の前に立つ。キスリア、王様、王妃様、姫様、兵士達。皆の視線が僕に集まっている。
僕が剣を抜くことを期待している。
なら応えてやろうじゃないか。全てはここから、新たなる勇者の伝説はこれより幕を開けるのだ!
「僕の力と運命に応えろ、伝説の剣よ!」
剣の柄を掴み、言葉と共に念じる。勇者の念だ。世界を変える者の念だ。勇者の剣が、勇者の精神に応えないわけがない。さあ、一緒に行こう伝説の剣よ。僕達はこれから一心同体になるんだ。念は僕の手のひらから剣へと伝わり、僕は一気に剣を――――
●
「今日も精が出ますね、勇者様」
「ああ、おはようございます姫様」
僕がフレアルドに召喚されてから丁度一週間。ここの生活にも慣れてきた。元々部外者な僕にも、皆少なくとも表面上は親切に接してくれる。
「けど、僕は勇者じゃないですよ」
だって、僕には伝説の剣が抜けなかったから。僕が勇者じゃなかったことで城内は混乱に陥ったが、色々なケースを想定した結果として僕は城で召使いとして働かせてもらっている。今は庭園の水やり中だ。
向こうも無関係の僕を勝手に召喚してしまったという負い目があるらしく、案外悪いようにはされなかった。人道的な国でよかったと思う。それ以前に最悪の状況だけどさ。
とは言え、僕をまだ勇者と呼ぶのは姫様だけだ。
流石に、偽物という観点からだと皆の目は冷たく感じる。僕にも理由はさっぱりだけど、勇者の剣を抜けなかったのだから偽物扱いは避けようもない。
「私にとって勇者様は勇者様ですわ」
けど、姫様は、姫様だけは僕をまだ見捨てず勇者と呼んでくれる。この人は誰が相手でも別け隔てなく優しいのだ。
流れるような軽いウェーブのかかった金糸の髪に、穢れのない優しい微笑み。常に笑顔を絶やさない慈愛に溢れる姿は、始まる前から勇者人生の終わった僕にとって、唯一のオアシスだ。
「姫様、行きましょう。あまり時間はありません」
お供の剣士が、姫様に呼びかけた。山吹色のセミロングを肩口で切り揃えた女剣士。彼女は常に付きっきりで姫様を護衛している。その立場上常にピリピリとした雰囲気の人だが、それを差し引いても整った顔立ちは、城内で多くの人気を獲得している。主に女性に。
「そうね、レイセル。今日はとても大事な日ですものね。あ、そうだ」
姫様がこれは名案だと違和感ばかりに胸元で手を叩いた。急げと言われてるのにマイペースな人である。
「ねえ、勇者様。勇者様も一緒に行きましょう」
「行くとは、どこにですか?」
「もちろん、新しい勇者様誕生の儀式にです!」
場違いだ。そう思いながら、僕はまたこの中庭にいる。レイセルさんに猛反対されるが、姫様は一度決めると意外に頑固者だ。何度訂正しようとも僕を勇者と呼び続ける姿勢からも、それは伺える。
そしてゴリ押しで僕にとっては因縁の中庭に連れてこられたわけだが、当然王様も渋い顔をした。それを姫様は直談判で「まあ、この者にも見届ける権利はあるじゃろうな」と言わせて、僕の同伴を認めさせてしまった。僕は邪魔にならないよう後ろの方で見ていようとしたが、姫様に捕まりレイセルの隣に配置されてしまう。姫様、この優しさはちょっとばかり辛いです。
動くに動けずカチンコチンになっていると、かつて僕が現れた入り口から、そいつは現れた。
「わぁ……」
姫様が小さく息を漏らすように、嬉しそうな声を上げた。
キスリアに随伴しながら現れた二人目の召還者は、僕と同い年ぐらいに見える少女だ。
凛とした面持ちには、まだ年相応の幼さが残っている。黒いロングヘアと黒い瞳が大和撫子という単語を連想させた。有り体にいってしまえば純日本風な美少女だ。
「今度の勇者殿は女性かね」
前の勇者とは僕を指すのか、それとも前時代の勇者を言っているのかは考えないようにしよう。
「はい、今回はかなり強い魔力素質を感じます」
「そうかそうか。ならば期待できそうだな」
「初めまして国王様。美澄清香と申します」
清香の自己紹介から、王様達の挨拶が行われ話はすぐ本題へと移った。大事なのは彼女の名前より、彼女が“何者”であるかなのだ。
「ではお主が真の勇者足り得るか、我々に見せてくれ」
「わかりました」
清香も緊張しているのだろう。わずかにぎくしゃくとした足取りで台座に近付き、件の柄を手にした。その姿がどうしても自分と被る。
もし清香が勇者の剣を抜けたなかったなら、僕はどうなるのだろう。
このまま城の召使いとしての扱いは変わらず、三人目が召還されるのか。それとも僕と清香の二人を勇者として認め直し、旅立つことになる……。なんて流れはちょっと無理が過ぎるかな。
なんにせよ、何者でもなかった僕は、見物人Aとして彼女の行為を見守るしかできない。
清香があの日の僕みたいに、両手で柄を握り締める。
「お前が本当に勇者を魔王討伐に導いた剣だと言うなら、教えてくれ。わたしは何者で、なぜここへ呼ばれたのかを!」
剣を引き抜こうとする前に叫んだ清香の言葉は、とても切実で、悲壮ささえ漂っていると思えた。真実はわからない。だけど、これだけは確かだ。
この日、召還者の少女は、伝説を継ぐ勇者となった。