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第二話 何事にも想定外は付き物です

 クエスチョン。人は何故産まれて、そして死んでいくのだろう。

 アンサー。そうプログラミングされているから。


 そんな切なくて世知辛い現実を知ってしまった僕は、けれども割とご機嫌だった。

 この世の不条理がコントロールされていて、僕はその不毛な輪廻から今脱却する。ゲームはハードモードが良くても、人生はイージーモードであって欲しいと思うのは僕だけじゃあないはずだ。

 細かなプランを決めた僕は、チートスキルを所持した状態の無敵ルールで、次なる世界に降りたたんと転生ルームなる場所に連れてこられていた。


 これまでの地球にあるオフィスの一室みたいな部屋とは随分趣が異なり、無機質で様々なコードが伸びる、思わずマッドサイエンティストな研究室を連想してしまうような内装である。

 中でも目立つのが円柱型のカプセルだった。中身は空洞で、薄い青の硝子で包まれており、反対側まで透けて見える。

 これを使いスキルの設定などを行なって、僕を次の世界へと送り届けるらしい。


「このカプセルにお入りください」


 シェームさんがパソコンよりキーだらけのパネルを操作するとカプセルが開き、僕は施されるままに内部へと入った。

 いよいよ第二の人生に向けて出発するのだ。

 シェームさんがパネルに設定を打ち込み、それがディスプレイに順次表示されていく。見たことのない文字なので具体的な内容はわからないが、それでも幸福が約束された世界が近付いていると思えば僕の胸は踊る。


「これで準備は整いました。問題なければこのまま転生を開始いたしますが、最後に何かご質問などはございますか? あ、転送は眠るように意識が消えて気が付くと次の世界にいるという感覚なので、不快感はありません」

「ありません。大丈夫ですから始めてください」


 あるわけがない。僕の内にあるのは、出発への渇望だけなのだから。

 さぁ、いよいよ僕が新天地へと旅立つ時が来たのだ。


「では、良い旅を……え?」

「動くな!」


 シェームさんが転送を開始するために最後のエンターらしきキーを押そうとした、まさにそのタイミングで部屋のドアが開かれ、黒ずくめの男達が数名押し入ってきた。


「その転生を止めろ! さもなければ撃つ!」


 男達は一様にいぶし銀の機関銃みたいな武器をこちらに向けている。僕は全くもって事情が読み込めず、カプセルの中でポカンと口を開けているだけだった。

 何がどうなっているのか、状況は頭に入ってくるが、心の処理が追いつかない。


「あなた達は……!」

「我々は空想世界開放同盟。大人しく手を上げ、いますぐその転生を中止させなさい。さもなければ、君達の身柄の安全は保証できない」


 おいおいおいおい何だいこの展開は。そういうシチュエーションでもって旅へ進ませようという演出かとも思ったが、お姉さんの顔が見る見る絶望に青ざめているので、何かのイベントではないらしい。もしこれが本当にただの演出だとしても、こんなややこしい展開は望んでない。


「これは脅しではないぞ」


 そういって鋭い眼光が飛ばされるが、その先にいるのはシェームさんだ。とても苦々しそうにシェームさんは両手を上げて男達を睨み返す。


「少年よ、すぐそこから開放してやるからな」


 はい? 開放? どういうことなの? 何から僕を開放しようというのだ。むしろ僕は新たな世界に縛りつけられたいのに。


「彼らはプログラミングされた世界を否定するテロリストです」

「テロリストだって?」


 僕の疑問を解消してくれるように、お姉さんが手短にあいつらについて解説してくれた。うわあ、生のテロリストなんて初めて見たよ。そして一度足りとも見たくなかった。


「あのー、僕はできればそっとしておいて欲しかったんですけどう」


 ごくごく消極的にテロリストへ抗議してみたら、リーダー格の男にとても熱い視線を投げかけられた。灼熱で僕の心が焼け死んでしまいそうだ。


「我々は偽りの世界で踊らされる人々を救済するために立ち上がった」

「正しく平等な世界を取り戻すために!」

「正義は我々にあり!」


 そんな感じでテロリスト達が勝手に演説を始めた。地球がプログラミングで全て決められ動いてた世界だとついさっき知ったばかりの僕は、おっさんの言いたいことは理解できる。

 要は『俺達の人生という名のレールを勝手に敷いてんじゃねぇ!』ってことだろう。


 でもそれが本当に正しいのかは、ここでの滞在数時間の僕にはわからない。それに敷いた先のレールが完璧に近いから、こんなところでもたもたせず、さっさと強くてニューゲームを始めたいのだ。

 とは言え、こんな状態じゃあ出発は絶望的だろう。アイ・キャント・フライ。そう諦めかけていた。しかし、


「好き勝手はさせません!」


 そう叫んだシェームさんから、手のひらに収まるような光の球が作り出され、凄まじい光量でフラッシュした。


「うおお!」


 不透明な硝子ごしだったため、僕は一瞬目がくらむ程度で済んだけど、テロリスト達は前かがみになって怯んだ。いきなりの超常現象で反撃なんて、シェームさんたらまるで女神みたい!


「ここは私が何とかします。貴方は出発してください!」


 シェームさんはそれだけを僕に告げ、エンターキーを押した。僕の転送が始まる。

 けど、テロリスト達だって、ただ黙ってしてやられているだけではなかった。


「っち、撃てー! 転送を止めろ!」

「させません!」


 シェームさんが僕の入っているカプセルの前に立ち手をかざすと、そこでテロリストがばらまいてきた銃弾が静止する。だが、そのバリアの範囲が及ばない場所は容赦なく銃弾が抉っていく。

 床に、操作用パネルやモニターに、次々と破壊の爪痕が残されていった。

 そんな危険地帯へと変貌遂げた部屋でも転送装置は起動し、僕の意識が薄れていく。


「それでは、良い人生を」


 最後かすかに聞こえたシェームさんの言葉に、僕はちょっと悩んで末に前世での記憶から一番それらしい返事を返した。


「えーと、はい、行ってきます」 


 つまんないキャラだなあ、僕。

 と、いきなり世界が黒の一色に染まり、足元が消えたような浮遊感に襲われる。

 実際、僕は真っ逆さまに落ちていた。自由落下というやつだ。

 頭部の重みで身体が反転して、終わりの見えない深い深い闇へと吸い込まれていく。


 シェームさんは眠るように安らかに移動できるという話はどうやら嘘っぱちだったらしく、僕の心は何もわからないままの落下に、不安と恐怖がないまぜなっている。

 もしかして永遠にこのまま落下し続けるとかないよね? なんて懐疑に囚われそうになっていたが、それは杞憂だと告げるように、小さな光の点が視界に映る。点は瞬く間に大きくなっていった。


 あれは出口なのか。だとしたら、それはそれでこの速度のまま落ちたら転生早々オフィスに逆戻りじゃちょっまっホントに止まらないまま光を抜け「わあああああああああ!」

 気が付けば死の恐怖で絶叫など上げていた。まだ死んだままで生き返る前から次の死を予感するなんて――


「この方が、勇者様……」


 光から抜けるほんの寸前に、僕の意識が明滅した。そして正気に立ち返った頃には、白いレンガ造りの建物で尻もちをついていた。

 ここはどこ? 僕は誰……かはわかっている。ならばここは、そうここは、僕の求めた場所なのか?


「あの、大丈夫ですか? 意識、はっきりしておられますです?」

「え、ああ、はい。大丈夫です」


 いきなり僕へと話しかけてきているのは、僕より少しばかり年下に見える少女だった。

 白と黒の修道服みたいな衣装をまとっているが、両腕には十字架のような意匠が凝らされていたり所々に金属の装飾が入っていたりしており、頭部を覆うようなフードもない。全体的に僕の知る聖職者よりも華美に作られているように思える。


「……君は?」

「わたくしの名前はキスリア。そしてここはフレアルド王国です。貴方はここに世界を救う勇者として召喚されましたのです」


 足元に目を落とすと、僕を中心にした巨大な魔法陣が描かれており、淡い光を放っている。

 そうか、僕は来たんだ。どこよりも僕が活躍する、僕だけが主役となる世界に!


「突然のことで混乱されているかとは思いますですが、わたくしの話を聞いていただけませんか?」

「ええ、かまいませんよ」


 突然なものか。僕はこの世界を徹底的に楽しむため、わざわざ前世の記憶も残してここへ転生されてきたのだ。これも特別転生による恩恵だ。

 とはいえ、正しく勇者というロールをこなすために、この事実は伏せておかねばならない。シェームお姉さんとの約束事もある。

 今の僕はあくまで、何も知らないまま地球から突然この世界に召喚された勇者だ。


「では、先代勇者によって封印されていた魔王が、三年前に覚醒したことについては御存知ですか?」

「いえ、そもそもフレアルドという名前も、初めて聞いたんですけど」

「そんな、貴方は一体どこから召喚されてきたというのですか?」


 ここで僕は地球の東京という地域を説明したのだが、お約束通りにまるで信用されなかった。そりゃあいきなり外界から来たとか不思議発言されても困るわけだよね。

 代わりに、キルリアはこの世界について事細かく説明してくれた。

 中でも重要なのは、僕がここに召喚される直接的な要因となった話についてだ。

 曰く、復活した魔王がこの世界を闇に染めようとしており、特にここ最近は闇の力が活性化しているらしい。


「このままでは、世界は永遠の闇に閉ざされてしまいますのです」

「つまり、僕の役目はその魔王を退治するということなのですね」

「その通りです。魔王討伐はとても大き危険で、数え切れない困難が待ち受けているでしょう。しかし、わたくし達には勇者の力を引き継ぐ貴方しか、もう頼れる存在がいないのです」


 ここは僕が勇者としての使命を帯びるとても重要なシーンだ。できるだけ誠実に、格好よくなければ。

 僕は立ち上がってキスリアの手を取り、凛とした声になるよう断言する。


「わかりました。必ずや僕がこの世界を救い、希望の光を取り戻してみせます」

「ありがとうございますです、勇者様!」


 少女のキラキラした目が僕を写す。そこにあるのはバグに巻き込まれた不幸な少年ではなく、この世界を救済できるたった一人の存在、勇者だった。


「でしたらまずは勇者様に合う装備を調整するため、勇者様の内に眠る魔力の一部を……あれ?」


 すっとごく自然に僕の胸に触れたキスリアが不振な態度をとり、小首を傾げた。そしてとんでもないことを僕に言い放つ。


「魔力が、感じられない?」



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