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第十一話 彼女のホントウ

 僕のカードが、より強光を放ち、散り散りに破れる。

 光は僕の前に広がり、同時に僕の中から何かがどろりと流れ出す感覚を覚えた。

 現実には僕に変化はないが、ドス黒い何かが一つに寄り集まり、抜け出ていくような……。

 そしてその集まりが形になったのだろうか、僕の前には身の丈二メートルを超える人影のようなシルエットが構築されていく。


 黒い体は精悍に鍛えられ、流線型の白い鎧を着込んでおり、腰には二丁の銃が差されている。

 一際異形を放つのが頭部であり、ヘルムの下からは左側に血走った丸い目玉が一つ、威圧を放つように敵を見据えている。

 これが、誰でもない僕が生み出した――誰でもない僕の分身。


 こいつの名前は、ホワイト・レイダー。

 突如現れた巨体に、モンスター達は驚き足を止めた。その隙を逃さず、僕は一つの命令をにレイダーに与える。


「撃て」


 レイダーは一言も発することなく命令を実行するため、銃を引き抜きトリガーを引く。

 まず、大烏の頭部が体の一部ごと破砕し墜落した。

 剣を持ち襲いかかるコボルトは、わき腹を大きく失い絶命する。

 ゴブリンの右腕。キメラの左羽。コボルトの左肩。オークの胸。


 口で命じる必要もない。心で動きをイメージするだけでレイダーは動く。

 そして放たれる弾丸は魔力によって形成されているため、弾切れはない。

 襲い来る魔物は、それぞれ一発の魔弾で命を失うか、戦闘不能に追い込まれ苦しみ呻き声を上げる。

 奴らは一匹たりともレイダーに届くことなく全滅したのだった。


「すごい……」


 姫様が驚きぽつりと呟いたけど、僕はこの僕の力がおぞましく感じている。

 ナイアルラトホテップに近しい、向き合いたくない気持ち悪さだ。こんな異形が僕の中にこんな化物が眠っていたなんて、受け入れ難い事実でしかない。

 けれど、こいつの力は、


「俺の部隊がものの数分で……この野郎が!」


 圧倒的な暴力。戦いというよりも一方的な虐殺。殺し合いではなく片殺しだった。

 レイセルさんを蹴散らしたエビルブロブから、目に見える動揺が生まれる程に。


「次はお前だ」

「頭に乗るなよ人間如きが!」


 レイダーが撃ち込む弾丸を、エビルブロブは自分の形状を変化させ避けつつ、レイダーの背後に回り込む。流石に素早い。

 敵の狙いは死角からの反撃ではなく、そこにいる一人の仲間への合流だった。


「ナイア、てめぇがやらかしたんだろう、責任を取りやがれ!」

「裏切りと蹴落としが趣味の貴様が、責任を語るとはな」


 ナイアは悪びれもせず嘲笑し、エビルブロブはますます不機嫌になる。


「うるせえ! てめぇは勇者を殺すために派遣されてきたんだろうが。俺はてめぇを利用して四天王に昇格するんだよ!」

「ふん、いいだろう。貴様は正真正銘のクズだが、その意地汚い向上心は気に入っている」


 ナイアからまず表情が消え、そして顔が消えた。

 顔だった部分が、吸い込まれそうな闇に染まる。

 並ぶナイアルラトホテップと同じ、混沌の暗闇だ。その姿に僕は初めて遭遇した時と同じ恐怖を感じる。

 けれど、僕はもうあいつと『同類』だ。


「撃て、レイダー」

「シャアッ!」


 レイダーが二丁をナイアルラトホテップを照準に入れて射撃するより早く、エビルブロブが腕を伸ばして、レイダーの腕に絡みつく。


「邪魔をさせるかよ!」

「振り払え!」


 力で解こうとしても、粘体がまとわりついて余計に絡まるだけだった。

 その間にもナイアルラトホテップの変化は続く。

 奴の身体に無数の白い仮面が浮かんでくる。白い仮面には人間のように目と鼻と口が形作られており、それらには同じ表情をしたものが一つもなかった。

 その姿は、まさに混沌の塊。


「畏怖せよ人間。無貌にして千貌、これがナイアルラトホテップだ」


 さらに仮面の下にあるナイアルラトホテップの肉が盛り上がり、まるでせりだしてくるように黒い身体が這い出てくる。

 それでもナイアルラトホテップの身体のサイズはまるで変わらない。質量保存の法則なんてまるで無視した気持ち悪さは、まさしくこの邪神らしい。


 黒い分身達は両手両足を地に付けたまま、四つ這いで僕の方に突撃をかけてくる。


「お前もこれで終わりではないだろう? 後は自分でなんとかしてみろ」

「ウェヒヒ! まだ気には食わねえがいいだろう、こいつらは全員俺の手で始末しねえと気が済まねえしなぁ!」


 分身達はそんなに素早い動きではないが、こっちはエビルブロブの妨害で照準が付けられない。


「これで終わりだぜぇー!」

「それはどうかな」


 しかし、狙いを付けられないだけで、トリガーを引くことはできる。巻き付かれているレイダーの銃を無理矢理エビルブロブの腕に潜り込ませて撃つ。


「あがああああ!」


 腕の一部を吹き飛ばし、緩んだ腕から脱出。分断されたエビルブロブの腕は、液状化し地面と同化し消えた。


「次だ!」


 レイダーに迫る黒い分身の中で、一番近い者に狙いを定めず連射する。魔弾は全弾命中し、黒い分身が怯むものの、それだけだった。

 それで止まるどころか、黒い分身は飛びつき、レイダーに密着してくる。


「かっふ!」


 黒い分身の指がレイダーの首に食い込むと、僕の首にも締め付けられる手形が浮かぶ。レイダーが受けるダメージは、直接僕にリンクしているのだ。

 銃を黒い分身に押しつけ撃ち込むが、一向に離れる気配はない。他の黒い分身も続々と僕へと接近してくる。これは……不味いな。


「アイシクル・ランサー!」


 対策が思いつかないまま固まるレイダーの横合いから、幾本もの長身のつららが、殴りつけるように黒い分身を貫き吹き飛ばした。


「わたくしだって、まだ終わってないです!」


 キスリアが額から滴る血にも構わず、杖を突きだしていた。


「撃て!」


 引き剥がされた黒い分身を、腕と言わず足と言わず全力で撃ちまくる。死なないなら、死ぬまで撃つ。

 撃つ。

 撃つ。

 撃つ。

 その内の一発が、仮面の眉間部分を撃ち抜き割った。それと同時に、黒い分身が苦しみだして、どろどろに融けてしまう。


「貌を失えば自分を維持できないわけか」


 自分の仮面はどうだろうと思うが、今はそんなことを考えている暇なんてない。残った黒い分身が僕とレイダーを囲み、矢継ぎ早に襲撃してきてた。

 キスリアの援護を受けつつ、仮面を集中的に狙っていくが、周囲の全てをカバーしきれない。


「後ろです!」

「言われなくても」


 わかっている。が、手が足りない。あえてレイダーに背から体当たりさせて相手の動きを止め、ゼロ距離で仮面を撃つ。

 一匹は倒したが、無茶したためにこっちもバランスが崩れた。左右から別の黒い分身がレイダーへと取り付き、一時的に手が防がれた。

 そして、この状態で最も無防備になるのは、僕自身だ。


「動きはノロいが、さっきの雑魚達よりずっと連携が取れてる」


 さらなる一体が、僕自身を狙ってきた。

 僕はダメージを覚悟して両腕で頭部を守ろうとする。しかし、それより先にそいつの仮面が頭ごと斜めにズレて、ぼとりと落ちた。


「待たせた」

「期待通りだよ」


 清香が勇者の剣をその手に、戦線に復帰した。

 ぼろぼろなのは相変わらずだが、立って剣を振れる程度には回復したらしい。

 挟み撃ちにしてきた二匹は組み付かれたまま腕を曲げ、顎の下から仮面を撃ち割り倒し、レイダーは自由を取り戻す。


「僕の背中は頼む」

「撃ち漏らした奴は私がやる」


 短い言葉のやり取りだけで、僕達はろくに互いも見ず戦闘を続行する。

 レイダーが攻め込んでくる黒い分身の仮面を撃ち、弾幕をかい潜った者は清香がしとめる。そして後衛に下がったキスリアが姫様を確保しつつ僕達を援護。

 一度連携が取れれば、弱点の見えた黒い分身を全滅させるのは、さして難しい話ではなかった。


「またこっちが一方的に全滅だと……!」

「お前で最後だ!」


 勇者の剣の切っ先が、エビルブロブを映す。

 黒い分身共に混じりエビルブロブも僕達へ何度か仕掛けてきたが、こいつだけは一発とて命中させることができなかった。

 向こうも僕達を攻めあぐねているようだが、エビルブロブの運動姓だけは本物だ。


「クソが! わけわからねぇ邪魔さえ入りさえしなけりゃあ今頃は……」

「観念するです!」

「人生なんて、得てして不条理に見舞われるものさ。僕みたいにな」


 とはいえ、一対一ならエビルブロブの柔軟性とスピードに翻弄されてしまうが、こっちは三人が健在している。戦況は完全にひっくり返した。


「観念? この俺が観念だぁ? ふざけるんじゃねー!」


 エビルブロブが激しく体を伸縮し、辺りを跳び回る。徐々にこっちへ距離を詰める姿勢からして、逃亡ではなく仕掛けてくるつもりだ。


「百年だ! 俺は百年かけて人間や弱い魔物を狙って喰らい、体積を増やしてきた! そうして、ただの一スライムにしか過ぎなかった俺が、軍勢を率いるまでになったんだぞ!」


 跳んだ着地を狙ってみるが、速過ぎて弾はかすりもしない。清香もエビルブロブの高速移動相手だと目で追いかけるだけで精一杯のようだ。


「まだまだ、俺は昇るぞ! ここを生き延びて四天王だって蹴落としてやるゥ!」

「そいつは無理だな」

「なんだとぉ?」


 ナイアはもう完全に手を出すつもりがなく、顔も元に戻して木にもたれ掛かってこっちを観察するだけ。

 部下も仲間も失ったエビルブロブでは、もう逆転の芽はない。なぜなら、


「お前には意志があっても、力がない」

「てめぇえええ!」


 逆上するエビルブロブに、二発の魔弾を放つ。それもこれまでと同じく、エビルブロブは体を引き延ばして回避した。


「ウェヒヒ! そのノーコンガンナーでどうやて俺を倒すってぇ?」

「何を勘違いしているんだ? レイダーの属性はガンナーじゃない」


 今度の魔弾達は一筋の光が発射した銃から尾を引いており、弾丸は途中でその軌道を変え、ぞれぞれ逆方向に曲線を描く。


「Bind Killer」


 光がロープのように、エビルブロブを雁字搦めに縛り締め上げる。エビルブロブにとって、これは不意打ちと同義だったろう。そして、この攻め手が一見不定形な魔物であるエビルブロブの弱点を浮き彫りにする。


「こんな、紐如きでこの俺がぁ縛れるかぁー!」

「縛れるさ。その糸は高圧縮された魔力の糸だ。動けば、お前の身体は分断される」

「てめぇ……!」

「お前ができるのは身体の伸縮だけだ。そして一度切断された部位はその機能を失う」


 さっき失った腕はコントロールできずに消えてしまい、今も右手は失ったままだ。エビルブロブはナイアーラトテップみたいに、完全に自由な不定形ではない。

 だからこうして捕縛してしまえば、身動きを封じることが可能なのだ。


「仕上げは頼んだ」

「ああ」


 僕は清香に向き合い言った。清香は短い言葉で頷いて、身動きのとれないエビルブロブへと歩む。


「ま、待て!」


 エビルブロブの制止を望む声を清香は無視して前進を止めない。


「お、俺の負けだ!」

「それで?」

「この国から手を引くし、もう二度と手を出さない! 約束する、だから」

「だから?」


 エビルブロブを前にして、清香の足が止まる。


「俺を見逃してくれ!」


 何とも図々しく、白々しい言葉だろう。だが僕はあえて何も言わず、全てを清香に委ねることにした。これは、あいつの役割だから。


「私は、この剣を抜いて勇者と呼ばれるようになっても、どうして自分がここにいるのかさっぱりわからなかった」

「勇者様……」


 どこか不安そうに呟いたのは、清香をここに召還したキスリアだった。トドメを目前に、清香が始めた独白を、姫様と俺も聞き入る。


「私はずっと何の特別もない、普通の高校生だったんだ。今日だってそう、戦いが始まってから私はずっと恐くて、不安だった。魔物を斬った時も。ついさっきまで生きていたのを私が殺したのだと思うと、吐き気がした」


 魔物を殺すことにすら抵抗を覚える。そんなの勇者としては失格だろう。けれど、清香は勇者になりたくてなったわけではない。


「私は誰も殺したくなんてない。何で私がこんなこと……。私は、あいつみたいに、城で働く召使いにでもなりたかった……」


 清香の告白に、僕は内心で少なからず驚いた。

 だって僕はずっと清香になりたくていじけていたが、清香は僕になりたかったと言ったのだ。


 僕達は、互いに無い物ねだりをしていた。

 僕が勇者になりたくてもなれなかったように、清香は選ばれた勇者という役職を忌避しながらも、その役割を強制されている。

 勝手に確定された役割に対する答えを、あいつはずっと探していたのだろう。

 清香はずっと苦しんでいて、僕はそれを見て見ぬ振りして自分の方が辛いのだと逃げていた。


「私は……」


 すっと、清香が視線を地へ落とす。その瞬間を、エビルブロブは見逃さない。


「なら俺がその役割から解放してやるよ!」


 あいつが伸ばせるのは腕や指、胴体と言った人型としては体の一部分にある部位だけだ。腕を新しく生やしたり、新たに身体を作り替えたりは一度も行わなかった。

 そして、エビルブロブの身体は魔力の糸で絡め取られて碌に動かせない。

 つまり、今のアイツは縛られると同時に、全ての武装を無効化されたはずだった。


「死ねぇ――!」


 エビルブロブの口が開き、そこから鋭く尖った舌が伸びる。

 あいつの身体の末端を伸長させる能力を封じるための拘束は、だけど口内までは封じられなかった。


「お前じゃ無理だと、さっきも同じこと言われたばかりだったな」


 けれど、その必要もなかったようだ。すっと首の高さまで上げられた刀身が、エビルブロブの舌へすっと触れ、静かに切り落とした。


「うぎぁあああ!」

「お前達が何の罪もない人々を虐げ殺すというのなら、私がお前達を倒す。人間を守るために戦う」


 清香が剣を上段に構える。そこにはもう、あの日に見たような迷いはない。

 覚悟の宿った、勇者の瞳だった。


「お前達を殺す罪は、全て背負っていく」

「や、やめろぉおおおお!」


 止まらない。一筋の光が、俺の張った拘束ごとエビルブロブを両断する。

 勇者という華やかな存在が生み出すのは人の希望で、創り出すのは死体の山だ。

 勇者とは、人を生かすため、敵を殺す存在。

 それを理解して、清香は宣言する。


「私は、勇者だ!」


 これで、この城へ攻めてきた魔物の軍勢は、一人を残し全滅した。


「後は……」


 エビルブロブの絶命を確認した清香が、残った一人へ視線を移す。

 当事者、ナイアはぱちぱちと手を叩き、乾いた音を鳴らした。傍らのナイアルラトホテップは消え、ナイアの貌も人間のそれへと戻っている。


「たいしたものだ。中々面白い見せ物だった」


 ぱちぱちと、小さい拍手の音を鳴らしながら、ナイアは笑む。

 一人になっても、ナイアの余裕はまるで崩れない。こいつと同類になったからこそ、僕は自分とナイアの差を、はっきりと認識する。

 こいつは、国一つ落とすことなど一人で十分可能な戦力だった。


「なら、ショーの代金を請求しようか」


 それでもレイダーの銃口をナイアに向ける。ナイアの企みがわからない以上、向こうがどう出るかもわからない。もし倒すなら最も無防備な今しかない。


「つけといてくれ。次に出会った時にまとめて支払う」

「逃げるのか!」


 清香が険しさを隠さず、ナイアに殺気を向ける。その気迫を、余裕のなさだと解釈するのは難しくない。それはナイアにも同じだったろう。


「ああ、今日は面白いものが見れたし、宴もたけなわだろう。蛇足は好きじゃない。だから今日は逃げを選ぼう」


 ナイアの足下から黒い闇が立ち昇る。

 逃げる、と堂々言われても僕達にはどうすることもできない。こちらの本音は逃がしてくれる、なのだから。

 その現実を理解できない愚か者は、ここにはいなかった。


「それでは、その力をせいぜい大事に使うがいい。匿名希望の誰かさん」

「そうさせてもらう」


 闇がナイアの全身を包むと、闇は吸われるように収束して中の存在ごと消失した。

 勇者の初陣はこれで終わり。失ったものがあまりに多過ぎる戦いだったけど、僕達は確かに勝利を得たのだった。


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