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第一話 こうして僕は死にました

 20××年10月3日19時28分、S市光鉢町。それが僕の死んだ時間と場所だった。


 死因は轢死なのだが、死亡の種類が僕にはよくわからない。

 誰かに突き飛ばされたわけでも、自分から突っ込んだわけでも、まして事故で轢かれてしまったわけでもなかった。これは閻魔様がいたとしても、中々に判断の難しい事例だと思う。


 もっとも、死んだはずの僕がいるこの場所は、とても閻魔様がいそうな雰囲気ではないけども。

 なんせ、今僕の目の前に座っている人は、まさに公務員ですといった格好をした妙齢のオフィスレディさんなのだから。この人が閻魔様だとはちょっと思い難い。

 容姿こそ、金髪碧眼で日本人離れした美女と形容すべきお方であるのだが、やはり人間界からは脱却してないと思う。名前もシェーム・グレイズと閻魔っぽさは感じられなかった。


「これが貴方の経歴でお間違えないですね?」


 シェームさんは流暢な日本語で、僕が生まれてここまで流れ作業的に経てきた人生がつらつらと書かれた用紙を見せてきた。

 僕の享年は十七歳で、高校二年生だから実物を見たことはないけど、これが履歴書というやつだろうか。


「ええ、まぁ、はい。そうです」


 自己分析するにこれは恐らく夢だろう。轢かれた瞬間は、あーこれは死んだと思ったけど、どうやら勘違いだったらしい。なんせ車にドゴンとやられた僕が、気が付くとどこかビルのオフィスみたいな部屋に移動していて、受付の窓口に座っているのだ。これが夢じゃなければなんだというのだろう。

 ここに至るまでだって、スーツを着た男に発券機を引かされ、そこに座ってお待ちくださいと言われて複数人がけの長椅子に座らされていた。もう完全にお役所仕事じゃないか。


 だったら早く目覚めなければと思うが、今仮に起きたとして待っているのは地獄の苦しみだろう。

 なんせ普通の乗用車とはいえ数十キロの金属塊にアタックかまされた瞬間の衝撃は、身体バラバラになったかと思った。

 バラバラになっていたら即死だろうから、実際には砕け散っちゃいないだろうけど、気分的にはそのレベルだったのだ。どうせ死ぬなら眠っている内に苦しまず死にたい。いや、そもそも死にたくないけど。


「これは、あなたが産まれてから亡くなられるまでの経歴となります」

「は?」


 夢で死亡宣告されてしまった。そりゃあ気絶するまでのイベントがアレだったから、見る夢もろくなものではないだろう。そう思って気持ちを落ち着ける。


「やはり、ほとんど突発的な死に方だったので、混乱されていて、現状が正しく把握できていないようですね」

「いや、いきなりこんなオフィスであなたは死にましたと言われて、はいそうですかと納得できる人がいますか」

「病死や老衰で亡くなられた場合ですと、それまでの時間で少しずつ精神がこちら側に近付いているので、感覚的に自分は死んでしまったのだという認識が得られるのです。しかし貴方は突然の上に頭を強打しての即死だったため、こちら側との接続が急でした。そのため、自分が死んだという認識が薄くなってしまっているのです」


 シェームさんはできれば聞くたくないような、妙にリアリティのある説明をしてくれた。それでも僕は恐る恐る尋ねる。


「これって、僕の夢じゃあないんですか?」

「夢ではありません」


 断言されちゃった。自分の感情が、信じ難いが段々と信じたくないにシフトしていくのを感じる。

 こんな荒唐無稽な説明なのに、現状を説明された途端に真実であるように強く思えてしまうのが、シェームさんの言うこちら側に近付くというやつだろうか。


「じゃあ、ここは閻魔様の裁判受付所か何かですか?」


 ここに書かれた履歴書から、死後の行き先が変わるのか。僕は急に真剣な目付きになり、書かれた内容で少しでも自分の有利になる部分はないかと考え始める。


「いいえ、ここは次の転生先を決めるための施設です」

「転生……」


 あー、そっちの展開だったか。でも僕まだ地球の人間というロールには、まだまだ思い残しがあるんだけど。


「なんとか蘇生でまかりませんか?」

「どのような場合でも、死を覆すことはできません。十七歳という若さで死んだために、納得しかねることは多くあると思いますが、これはルールなのです」

「そうですか」


 僕はガックリと肩を落とす。こんな経歴書が出てくるのだから、次の転生先を決める基準は生きていた間の善行とかになってくるのだろう。自分のことを外道だとは思わないけど、就活なら一流企業に就職できるエリートみたいな聖人君子的生き方をしてきたわけではない。

 未来に対する漠然とした不安はあったけど、まさかそれが死んでから明確なプレッシャーとして襲いかかってこようとは。


「しかし、貴方の死因はかなりレアケースなようですね」

「はい?」

「貴方の死因は赤い信号を渡ろうとしたご老人を引きとめようとしての轢死でした。これは覚えていますか?」

「ええ。しっかりと」


 僕は外食で夕食を済ませた帰りに、杖をついていたお婆ちゃんが赤信号を突っ切ろうとしていたのを止めようとした。

 眼と耳が悪いのか、ゆっくりでもお婆ちゃんは道路を渡りかけており、向こうからは交通ルールを守って運転されている車達が道路を横断しようとしている。

 とはいえまだお婆ちゃんと車にはそれなりに距離があった。走ってお婆ちゃんの肩を掴んで引き戻せば十分間に合う、はずだったのだ。


「しかし、貴方がご老人を助けようとした瞬間、車は貴方の眼前にあった」

「そうです。正直、今でもわけがわかりません」


 道路に飛び出し、お婆ちゃんまで後数歩だった時はまだ車との距離は数十メートルあった。それは自分の目で確認している。


「それは世界のバグです」

「バグって、どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ。世界が起こした不具合によって、貴方は亡くなったのです」


 考えもしなかったお姉さんの説明に、僕の死因が一気に理不尽な方向性へと進みだしたぞ。


「全ての世界は、緻密なプログラムによって構築されているのです」

「緻密なくせに不具合起こしてるじゃないですか」


 思わず突っ込んでしまったけど、僕にはそれを言う権利があるだろう。まさに構築側のミスが原因で死んでいるのだから。


「ていうか、僕が生きていた世界がプログラミング……。そんな、ゲームじゃあるまいし」

「貴方がたが開発していたゲームよりも、もっと複雑に作りこまれたのが、地球、いえ宇宙そのものなのです。しかし、どのようなゲームにもバグが存在するように、世界にも僅かながら仕様外の動きをすることがあります」

「あの、つまり今僕がいるここは、地球をプログラミングした人達の世界ってことですか?」

「その通りです。私は貴方がたの概念でいう神ということになります。正確に言うと私は女なので女神ですね」


 シェームさんがいきなり神格化されてしまった。薄々そんな気はしていたけど、改めて言われると違和感が酷い。

 女神のような美女だとは思うけど、あくまでそれは比喩でしかないのだ。


「僕はプログラマな神様が起こしたミスで死んだのですね」


 なら僕の死因は、神様のミスによる事故死だったわけだ。なんたる悲劇だろう。もっとちゃんとデバッグしておいてくれれば、こんなことにはならなかったのに。

 とはいえ、全く納得はできなくとも死んでしまったのだ。それはもう動かしようもない事実である。


 不幸中の幸いは、とっさに突き飛ばしたお婆ちゃんが、少なくともあの車から逃れられたのをこの目で観られたことだ。

 本当にそうか? と僕は自分に問う。

 僕は後悔しているんじゃないか? あのお婆ちゃんが、本当に信号もまともに確認できないほどもうろくしていたというのなら、あそこで生き残ったとしてもどうせ長い命ではないだろう。


 僕の生きるはずだった何十年という年月が、数年ために犠牲となったのだ。

 もし、僕の助けた人が幼い子供やせめてもっと若い女性だったなら、僕はまだ納得できたかもしれない。


「悔やんでも悔やみきれない、というお顔ですね」

「そりゃあそうでしょう」


 この人ならぬ女神様が直接プログラムの開発に関わったわけじゃないだろう。だけど僕は八つ当たりのように声のトーンを落として睨んでしまった。


「お怒りはごもっともです。貴方のようなケースは非常に稀で、非もこちら側にあります。ですので、貴方の転生先は特別に優遇されたコースにすることができます」

「優遇、ですか?」


 死後に優遇措置取られてもなあと呆れつつも、今後の大きな分岐点となるため話はしっかりと聞く。


「ええ、選べるコースは幾つかあります」


 そう言ってお姉さんが数冊のパンフレットを取り出すと、そこには転生先プランが図や絵付きで丁寧に説明されていった。


 携帯電話買いに行った時のプラン説明を思い出す手法だ。

 近未来的な世界観で大企業の御曹司として生まれ変わってのハーレムプラン。

 天才スポーツ選手として世界を股にかけ活躍するプラン。

 小説家として数千万部を売りあげて印税生活で優雅に暮らす天才文系プラン。

 どれも元の生活とは比べ物にならない格差で、僕の目は輝いた。現金な奴である。


 中でも、僕が一番気になったプランは、『伝説の勇者となって魔王を打ち破ろう』プランだった。

 こんなファンタジーな世界も実装されているのか。

 僕の反応が芳しかったためか、お姉さんが勇者コースにて色々な補足説明をしてくれる。


「このコースは他と比べても最も特殊で、他の世界にはない物理法則が働き、科学ではなく魔法が発達しています」

「手から火が出たり、魔物がいたり、ですか?」

「そうです。貴方がここに転生した場合は、世界で最も強い聖なる力を得て、魔王の討伐を行なっていただくことになります」


 話を聞けば聞くほど、僕の少年心がわくわく感で弾んでくる。しかし、このコースは良いことばかりでもない。むしろ他のコースよりも大きなリスクが存在する。


「魔王討伐ってことは、失敗すれば当然死ぬってことですよね?」

「ええ、その危険は確かにあります。ですがこのコースでは、できるだけ安全に魔王討伐が達成できるように、勇者の力以外での特典も付いていきます」

「な、なんですって……」


 なんというイージーモードだろう。主人公御用達のチート能力にも程があるだろ。

 僕はどちらかと言うとゲームの難易度は高い方が好みである。けれど実際に命の危険があるなら話は別だ。

 可能な限りリスクを減らし、確実に魔王を仕留める方法を組まねばならない。そして魔王を倒した後は英雄として讃えられ、世界中から賞賛を浴び仲間の僧侶と仲睦じい愛と幸せに溢れた生活を……。

 いけない、意識が変な方向にぶれていた。


「これ、このコースにします!」


 僕が勢い良く勇者コースを選択すると、お姉さんも笑顔を見せて「わかりました」と返してくれた。


「では、特典の能力をご説明させていただきますね」


 僕は最強と呼ばれるに相応しい力の説明を聞きながら、これから送るバラ色の新世界を夢想するのだった。


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