僕の声を聞いて
ちょっと意味深の小説になっちゃいました。
祖父は1964年10月1日生まれ。
「父さん。父さんは嬉しかった時っていつだった。」
「えっ。」
自分の息子(祖父の)にそう聞かれた。まぁ、ここでこいつのことを息子と言っていいのかは知らない。顔つきだって似ても似つかないし・・・。
「父さんがうれしかった時かぁ・・・。」
「僕は大阪万博の時に大勢の客を乗せて走ったことかなぁ・・・。」
祖父の友達が口を開いた。
「そう。私はちょっと嫌だったよ。中がゴミでいっぱいになるから。」
「ああ。それは俺も嫌だった。」
祖父の友達はそういうことをうれしそうに話す。でも、これを話しているのは現実の公共の場ではないというのは断言できる。天国の公共の場なのだ。
「あいつらはどうしてるかなぁ・・・。」
「あいつらかぁ。スピードには貢献してくれたけどねぇ・・・。」
(スピードかぁ・・・。)
「スピードに貢献してもそんなじゃないですよ。人間って薄情だって思ったことありませんか。」
「なんだ。シャークはそう思ったことあるのか。」
「大ありですよ。エレファントのせいですからね。半分は・・・。」
「エレファントかぁ。うまいこと言うなぁ、シャーク。」
「でも、シャーク兄さんにはたくさん教わりましたよ。」
後ろで声がした。振り向いてみれば、そこには息子がエレファントと呼ぶやつがたっていた。
「うるせぇ。お前だぞ。俺のサービスズタズタにしたのは。」
「そうですか・・・。でも、僕はシャーク兄さんのそのサービス精神には感心しますよ。」
「なんだ。なんだ。俺のほうには感心しないのか。シャークに食堂がついたのは俺たちがあったからだぜ。」
「そ・・・そりゃあ、そうですけど・・・。」
すると僕たちは笑ってまた下界を見下ろした。
下界にはたくさんの人が行きかっている。900キロで空を飛ぶものに乗っている。それは僕たちの敵だった。でも、今はそんな敵ではない。その隣には出せて150キロ。安さを言ったらダメだけど、今の社会本当の仕分けが必要な部類のやつらだ。
「おい。今日は1Aかぁ・・・。あれやってると足が痛くならないか。」
「なる、なる。あれでいたくならないほうがおかしいと思うよ。」
「さて、Z40。行くか。」
その人は声をかけてきた。この人は必ず運転する前に僕たちに声をかけてくる。
「俺、この人好き。」
隣のZ32にささやいた。
「おいおい。それお前、ホモの暗示だぜ。」
「うるせぇなぁ・・・。相性的に好きってこと。」
(ああ。なるほどねぇ。)
全員が全員同じことを思っているわけじゃないけど、僕たちは嬉しかったり、悲しかったり、腹が立ったり、不安だったり。一種人間に近かったりする。
そうそう。この頃、あいつは泣きながら走っている。走りおさめってことは分かっていても、その日が近づいてくるとみんな泣きながらでていくのだ。最後の疾走。その時に僕は思う。ここで見たこの風景が何十年後どうなろうとも、僕の生きた証は今ここに生きている人たちの心の中に刻まれる。しかし、声だけは刻まれない。僕もいつか迎える最後の前に、誰かに聞いてもらいたい。僕が思っている声を。それを言うときは必ず「ありがとう」で終わりたい。
彼らはいったいどう思っているのか。そう思ったらこういうのを書いてみたいと思いました。
僕はほかにむだに長い(?)のMAIN TRAFFICとすっごくくらい彼幽探偵を書いているので、これにリンクしたという何かの縁でそっちのほうも読んでください。よろしくお願いします。