表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/151

第百五十話 透明都市の春

感情は、人を傷つける。

でも同時に、“誰かを本気で愛せる温度”もくれる。

 春だった。


 


 


 透明都市の街路樹には、小さな新芽が揺れている。


 


 


 冷たかった風も、もうどこか柔らかい。


 


 


 黒い店の窓からは、午後の光が静かに差し込んでいた。


 


 


 レンは、カウンター席で珈琲を淹れている。


 


 


 その手つきは、少しだけ昔より穏やかだった。


 


 


 感情を取り戻してから。


 


 


 この街は、変わった。


 


 


 泣く人が増えた。


 


 


 怒る人も増えた。


 


 


 恋をする人も。


 


 


 別れを選ぶ人も。


 


 


 きっと増えた。


 


 


 でも同時に。


 


 


 街には前より、“温度”があった。


 


 


 その時。


 


 


 店のベルが鳴る。


 


 


 美月だった。


 


 


 春色のワンピース。


 


 


 少しだけ軽くなった表情。


 


 


 でも。


 


 


 その目には、ちゃんと“痛みを通った人間”の静けさが残っている。


 


 


 美月は、レンを見る。


 


 


 そして。


 


 


 柔らかく笑った。


 


 


 「ただいま、って言っていい?」


 


 


 レンは、一瞬だけ目を丸くする。


 


 


 やがて。


 


 


 少し笑った。


 


 


 「……おかえり」


 


 


 その短いやり取りだけで。


 


 


 胸が、少し温かくなる。


 


 


 美月は席へ座る。


 


 


 窓の外を見る。


 


 


 春の透明都市。


 


 


 人々が行き交っている。


 


 


 誰かと笑う人。


 


 


 一人で泣いている人。


 


 


 喧嘩している恋人。


 


 


 手を繋ぐ親子。


 


 


 感情が、街に溢れていた。


 


 


 その時。


 


 


 美月がぽつりと言う。


 


 


 「昔の透明都市ってさ」


 


 


 レンが顔を向ける。


 


 


 美月は、小さく笑った。


 


 


 「多分、“平和”だったんだろうね」


 


 


 レンも窓の外を見る。


 


 


 確かに。


 


 


 感情が薄かった頃は、こんな苦しさは少なかった。


 


 


 誰かを失う痛みも。


 


 


 胸が壊れそうになる恋も。


 


 


 ほとんどなかった。


 


 


 でも。


 


 


 その代わり。


 


 


 “誰かを本気で大切だと思う温度”も、薄かった。


 


 


 レンは、静かに言う。


 


 


 「今の方が、めんどくさいな」


 


 


 美月が吹き出す。


 


 


 「それはほんとに」


 


 


 二人は、小さく笑った。


 


 


 苦しかった。


 


 


 いっぱい傷ついた。


 


 


 後悔も、きっと消えない。


 


 


 でも。


 


 


 それでも。


 


 


 “感情を持って生きたい”と思っている。


 


 


 その時。


 


 


 店の奥で、雪斗がぼそっと言う。


 


 


 「まあでも」


 


 


 全員が振り返る。


 


 


 雪斗は珈琲を飲みながら続けた。


 


 


 「泣ける世界の方が、人間っぽいよね」


 


 


 店内が、少し静かになる。


 


 


 アカネが、小さく笑った。


 


 


 「名言っぽい顔してる」


 


 


 雪斗が顔をしかめる。


 


 


 「うるさい」


 


 


 その空気が、どこか温かかった。


 


 


 窓の外では、春風が街を抜けていく。


 


 


 透明都市。


 


 


 感情を閉じ込めていた街。


 


 


 でも今は。


 


 


 泣いて。


 


 


 傷ついて。


 


 


 それでも誰かを愛したいと願う人間たちの街へ変わっていた。


 


 


 そして。


 


 


 多分それは。


 


 


 少し不器用で。


 


 


 少し苦しいけれど。


 


 


 とても、人間らしい世界だった。

読んでいただきありがとうございます!

第百五十話です。

ここまで来て、この物語がずっと描いてきたものが、かなり形になってきました。

“苦しくても、感情がある世界を生きたいか?”

透明都市の人々は今、その問いへ静かに答え始めています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ