王妃を狙う者8
「おい、ユティシアに関する情報はまだなのか!?」
「も、申し訳ありませんっ」
捜査にあたる騎士は激しい感情を表に出している国王を、怖れている様子だった。
明らかに、国王の気が立っているのが分かる。こんなに取り乱す王を見たのは初めてだろう。今までこれほどまでに王の心を乱す存在はなかったのだから。
「落ち着いてください、陛下」
「いなくなって、何日経っていると思っている!?」
宰相のローウェが王の心を静めようとするが、うまくいかない。
――――ユティシアが誘拐されてから、もう五日経っていた。
まだ王妃の誘拐犯は誰なのか、見当もつかない。それどころか事件に関して何も情報が出てこないのだ。
国王ディリアスの表情は、日に日に厳しさを増す。彼は焦っていた。執務も放り出してユティシアの情報を待ち続けている。
これほどまでに彼女を愛していたのか、と再認識させられる。ディリアスのユティシアに対する愛情はさらに深くなっているようだった。
「俺には、ユティが必要なんだ…」
ディリアスが、幼馴染である宰相ローウェと騎士団長のゼイルに向かって、そう漏らした。
ユティシアは、理想的な王妃だと思っている。美しくて、淑やかで、控えめで、優しい。誰かに無理を言うこともなく、周りに気を配ることができる。王妃の権力を利用し、金を無駄に浪費して民を苦しめるようなこともない。義理の娘フィーナとも仲が良く、本物の親子のようだ。
ディリアスが、ユティシアと接する時だけ優しげな笑みを浮かべるのを、ローウェとゼイルは知っている。今までどんな時でも気を緩めることがなかったのに、彼女だけは違うのだ。
ユティシアも、ディリアスを愛している。あまり人に対して心を開かない彼女だが、ディリアスに対する信頼は格別のものである。今はまだ、恋愛感情まではいかないのだろうが、これから彼を愛するようになるのではないかと思う。
彼女は、どんな時でもディリアスを拒むことがない。正直あれは邪魔になるだろうと思うくらいの溺愛ぶり。ローウェがそんなことを先日ディリアスに言ったら、こう答えたのだ。
…ユティシアは、好意を見せてくれるのは嬉しいと言っていたぞ、と自慢げに。
その答えは、優しく、人を厭うことを知らない彼女だからだろう。普通、そんな面倒な夫は完全に嫌われているはずだ。…本人には言わないが。
そんな彼女だからディリアスは好きになった。ありのままのディリアスを受け止めて、優しさを与えてくれる。だから、ローウェもゼイルも彼女が好きなのだ。
―――ユティを、醜い争いに巻き込みたくない―――
ローウェはふと、ディリアスのそんな言葉を思い出した。
彼女は、政治的思惑によって繰り広げられる水面下での争いなど、ほとんど知らないだろう。互いを蹴落とすために、血が流されることもある。過去、人々から負の感情向けられてきた彼女だが、本当に醜いことは知らないからこそ純粋でいられるのだろうか、と思わないでもない。
以前ゼイルが、彼女は人を斬ったことがないと言っていた。武人は、その目を見れば分かるのだそうだ。彼女の実力は優れていると思うが、それが人を斬ることによって身についたものでないというのは、納得できる気がする。
穢れを知らない彼女。
無垢で常に守ってあげたくなる存在。そんな彼女が、この一番醜いものが集う場所で生きていけるのだろうか。
あるいは、彼女ならその淀んだ場所さえも、綺麗に浄化できるのかもしれない。彼女の澄んだ瞳からは、強い光も感じる。
これ以上は苦しむ幼馴染の姿を見てはいられなかった。ディリアスは、すでに限界を迎えていた。
苦しみや悲しみを心の内に抱えこみ、決して人に弱みを見せないディリアス。彼には、ユティシアの存在が必要だ。彼の心は、彼女の手によってしか癒されることはない。
早く戻って来て、ディリアスの心を休めて、癒してあげて欲しい…そう願わずにはいられなかった。