王妃を狙う者5
「さあ、運んで」
女がそう命じると、従者の男はユティシアを担ぎ上げる。
先ほどの紅茶には毒が仕込まれていたようで、ユティシアは動かないままである。
女は城から出ると、そのまま馬車に乗った。気を失ったユティシアは、男の手によって馬車にの中に転がされた。男が女の隣に乗り込むと、馬車はすぐに出発した。
「まさか、こんなにうまくいくなんて、ねえ?」
女は従者に話し掛ける。
「そうですね。やはり、お嬢様は最高ですよ」
従者がにこりと笑って応じる。
女はたいそう従者を気に入っていた。見た目も良いし、自分によく使えてくれる。突然屋敷に来た、どこの者かも分からないような男だが、今はその出会いに感謝している。
「陛下のお傍にいるのは私のはずよ」
自分は、昔から陛下の妃になるのだと言われて育ってきた。こんな、化け物に陛下を渡してたまるものか。後で、絶対に正体を暴いてやる。
彼女は見た目が良いため、使用人から過剰な愛情を受けて育った。実は、側妃となる話などまったく出ていないのだが、使用人が「王妃様にも勝る美しさです」とか、「化け物に勝てないわけがありません」とか言うので、勘違いしてすっかりその気になっていた。
馬車は数十分走ると、大きな屋敷に着いた。女の自宅のようだ。ユティシアは馬車から下ろされ、牢に放り込まれた。
「これで貴女も終わりね」
女は、腕を縛られいまだ目を覚まさないユティシアにそう言って、牢を後にした。
女が牢を去り、人の気配がなくなったのを確認したユティシアは、腕にかかった縄を解いて起き上がった。
実はユティシアは気を失ってなど、いなかった。紅茶に含まれた毒は、効力を発揮していなかったのだ。
―――ユティシアがお茶のときに取り出したパイ。
あの中に入っている果物は他国で手に入れた希少な物で、解毒作用を持っていた。
紅茶のにおいで毒が入っていることに気付いたユティシアは、果物のパイを令嬢に勧めるふりをして、解毒のために自分も食べた。
毒が入っているか判別するのは手慣れたものだ。ユティシアは母国ではよく食事に毒を混ぜられていた。そのために、ユティシアは毒に関する本を読み、生き延びる術を習得した。毒に対する耐性はある程度あるが、今回の毒はさすがにまずかった。
…あの毒は量を間違えると死をもたらすのだが、理解して使っているのだろうか。
紅茶に入れられた毒は、明らかに致死量だった。少量ならば気を失う程度で済むが、あの毒は毒殺に利用されることもある。しかし、あの毒の唯一の欠点は、量が多くなるとかすかににおいがするのだ。そのため、毒の知識がある者の毒殺には利用できない。
「早く、戻らないと…」
きっと、ディリアスは心配してくれるのだろう。ディリアスが自分を大切にしてくれているのは、分かる。自分に何かあるたびに悲しそうな顔をするから。
城は今ごろ大騒ぎになっているに違いない。そうだとしたら、またディリアスに迷惑をかけることになる。それだけは避けたい。
幸い、魔法を封じられることはなかった。これなら、いくらでも逃げる方法はある。
…まあ、封じられても魔力の強いユティシアには、効かないのだが。魔封じなど、魔力を解放すれば簡単に解ける。解放した折に周りの建物が無事であることは保証できないが。
「とりあえず、ここを出ましょうか…」
ユティシアは魔法で鍵を開けると、ドレスの埃を払って立ち上がる。感知魔法で周囲に人がいないかきちんと確認してから牢を出た。