魔封じ1
ディリアスは休んでいたせいで溜まっていた政務の処理に追われていた。いつも以上の速さでペンを動かし決裁の終わった書類を積み上げていく。
「陛下、新たな書類です」
そんなディリアスに追い打ちをかけるように、ローウェが新たな書類を積み上げていく。
ディリアスは自分の執務机に塔のように積まれたそれに眉をひそめた。
「次は何の書類だ?」
「魔物の出現の件で」
次々に起こった大きな事件で仕事が増えていく状況にディリアスは不愉快そうな顔をする。
「王妃様に会いに行くのは当分先になりそうですね」
ローウェの言葉に、ディリアスは机にがっくりと突っ伏す。
「そういえば、ユティはどうしている?」
あの王都襲撃事件から、3日経っていた。ユティシアは気を失ったまま部屋で眠っていると聞いていた。魔力の枯渇のせいだろうか?…と最初は気にしなかったが、時間が過ぎていくにつれてだんだんと不安になってきた。
「それが…目は覚まされているようなのですが、部屋に入るのを禁じられておりまして…」
執務室に呼び出したミーファから聞いたのは、驚くべき事実だった。
実は2日前に目を覚ましていて、それからずっと入室を禁じられているのだという。水や果物をベッドの傍に置いてきたが、きちんと食事をとっているかまでは定かではない。
「少し、様子を見てくる」
山積みの書類を前にペンを放り出し、ディリアスはユティシアの部屋へと足早に歩きだした。
「ユティ、俺だ。入っていいか?」
こんこん、と扉をノックして入室の許可を得ようとするが、反応はない。
「ユティ?」
ディリアスはドアを開けた。――――しかし、そこにユティシアはいない。
「まさか、寝室か?」
まだ臥せっているのか?と心配になったディリアスは、慌ててドアを開け放った。
その瞬間、ディリアスに向かって突風が吹いてきた。まるで、部屋の中から何かがあふれてきたかのように。
――――それは、魔力の奔流だった…銀色の。
その事実に気づいた時、ディリアスは真っ青になって彼女の名を呼んだ。
「っ…ユティ!」
「へ…陛下…?」
ユティシアの、かすかな声が聞こえた。
それをきっかけに徐々に魔力は静まっていった。
「ユティ、大丈夫か…?」
「出て行…って下…さい」
ディリアスが肩に触れると、ユティシアはそれを振り払った。
「はや…く。これ以…上は、魔力を、抑えられ…ません」
やはり、魔力の暴走だったか。
ディリアスは何か思案するように顎に手を当てながら、何も言わずに部屋を出て行った。
良かった…。
ユティシアはほっと息を吐く。気を抜くと、再びだんだんと魔力が体から出て行く。
こんなことになったのは久しぶりだった。
騎士団での仕事を始めた時は自身の魔力を解放することに慣れなくて、頻繁にこうなっていた。だが、仕事に慣れてくるとそんなこともなくなって安心していたのだ。
もともとユティシアの魔力は多い。今まで魔力不足に陥ったことは無かった。今回の魔力解放ですら、完全に魔力が無くなってしまうには到らなかった。
ただ、莫大な魔力を使用することに体が耐え切れないのだ。限界を超えると、もともと甘い魔力の制御が、完全に機能しなくなる。――――そして、魔力は暴走し始める。
解放し続けた魔力がなくなればいいのに。そうすれば魔力が暴走することもない…そう思うが、今までユティシアの願いが叶ったことはない。
戦っている間は何も起こらない。家に帰って休んでいると徐々にその症状が出てきて、四、五日くらいは魔力が体から抜け続ける。
―――そして、その後に襲ってくる激しい虚脱感。ほとんど体を動かすこともできずに一週間過ごすのだ。その間は、食べることすらままならない。何とか水を飲んで命をつなぐ。…自分が痩せている原因がそれでないとも言い切れない。
ユティシアは布団に顔を埋め、魔力が抜けていく何とも言えない感覚に耐える。
全身に力が入らずぐったりしている。体を動かす気力もない。
お風呂…入りたい…。
ふと思ったことは、頭から離れない。なんせ、三日も入っていないのだ。
…そんなことを思っていると、再びドアの向こうに人の気配がした。
慌てて魔力を抑え込む。これは短時間しかもたない。
「ユティ?」
現われたのは、ディリアスだった。
「陛下、来ては駄目とっ…」
そんなユティシアの制止も聞かずにディリアスはユティシアに歩み寄った。
「ユティ、プレゼントだ」
そう言ってディリアスが手首にはめたのは、高そうな腕輪だった。精巧な装飾が施された銀の腕輪は、二つの緑の石に挟まれるようにしてディリアスの瞳と同じ色の大きな石がはめ込まれていた。
「あ…れ?魔力が…」
魔力が、抑えられている。
「そうだ。これは魔封じの輪だ」
大きさは自在に変わるらしく、もともとは魔物の使役に使われていたらしい。ディスタールの王族にしか使えない物で、魔眼の力を利用して魔を完全に抑える能力を持っている。城の宝物庫に眠っていたものらしい。
「だが、俺の魔眼は覚醒前だからな、対象から離れると効力が無くなるんだ」
だから、と言ってユティシアを抱き上げた。
「当分俺からは離れては駄目だぞ?」
ディリアスはユティシアの頬に口づけ、笑みを浮かべた。
…離れようにも、そんな体力は今のユティシアにはなかった。