魔物の襲来10
魔物は徐々に弱り、ついにアルヴィンの攻撃によって体勢を崩した魔物に、ユティシアがとどめをさす。
ユティシアは大剣を振り上げて跳躍し、空中に作った不可視の壁を蹴って勢いをつけて、魔物の胸に炎を纏ったそれを突き立てた。
その瞬間、ユティシアに貫かれた剣の傷跡から銀色の光があふれ出し、魔物の体は銀の魔力に包まれて砂山が崩れるかのように消え去った。
一つの命が消える様すら、美しくて幻想的なものだった。彼女の舞台に幕を下ろすのに相応しい演出だとさえ感じてしまう…そのくらい、美しかった。
ユティシアは魔法で剣の表面の魔を払い、鞘に戻した。
…良かった、陛下が無事で。
王妃として軽はずみな行動をとってはいけないと分かっているから、最初は騎士団に力を借りることを決めた。
だから、突然の魔物の襲撃があっても、戦う決断ができずに中途半端に剣を振るうことしか出来なかった。
幸い、最強クラスの魔物といっても、まだ最強クラスになりたてでユティシアなら簡単に倒せる程度だった。
――――その、迷いと油断が陛下を傷つける羽目になってしまった。
しかし、陛下を攻撃された瞬間、頭に血が上り何も考えられなくなってしまった。大切なものを傷つけられたから。
今までは、何かから逃れるために魔物と戦ってきた。剣を振るう間は、自分を苦しめるすべてのものから解放された気がしたから。
騎士団に所属しているからには人を守る役目を負っていたわけだが、ユティシアは…誰かを守るため、なんて考えたこともなかった。
そのたびに自分は何て冷たい人間なのだろう、と思った。
だが、今初めて誰かを守れて嬉しいと感じた。
それは、失うのが怖かったからかもしれない…やっと手に入れた繋がりだから。それでも、ユティシアは嬉しかったし、自分の、誰かを守れるだけの力に初めて感謝した。
「ユティシア!」
怪我から回復したディリアスはユティシアに駆け寄り、強く抱きしめた。
「良かった、無事で。助けてくれたこと、感謝している」
それだけ言うとディリアスは、貧血と安心のせいで彼女を腕に閉じ込めたまま力が抜けてしまった。
「陛下っ…」
ユティシアは慌ててその体を受け止めたが、ディリアスの長身を支えられずに地面に膝をついた。
ユティシアはディリアスの温もりを感じて、思わず笑みをこぼした。
「救援連れてきたわよ~」
三人は遠くから聞こえてきた暢気な声に振り向く。
…そこに立っていたのは、騎士団本部の受付嬢リンだった。周りの騎士たちが魔物を薙ぎ払いながらこちらに向かってきた。良く見るとその中には上級の腕前の騎士たちが何人もいた。
リンによると、最強ランクの魔物が現れたと聞きつけ、すぐに騎士団員を集めるだけ集めてやってきたそうだ。
「あら、シアちゃんじゃない。もしかして魔物、倒しちゃった?」
「はい、あとは浄化と上級以下の魔物の殲滅ですね」
「お疲れ様、あとは私に任せて?」
リンはにこっと笑ってユティシアに向かってウィンクをした。
「救援の派遣、感謝します、リン殿」
「あら、国王陛下直々にこちらへ?」
「彼女を一人で行かせたくなくて…」
「シアちゃん、強かったでしょ?…あなたが必要ないってくらい」
「ええ…彼女を守る必要などないと身にしみて分かりました」
リンはそれに微笑んだ。
「でも…それでも心配せずにはいられないのですよ」
ディリアスはそう言って、ユティシアを後ろから抱き込み腕の中に閉じ込めた。
「たとえ、愛しい人がかの“白銀の舞姫”だったとしても」
ユティシアは驚いた様子でディリアスを振り返った。
「陛下…」
「どうして黙ってたんだ?」
「それは…陛下が心配するので…」
ユティシアはディリアスの胸に顔を隠すように俯いた。
「ほう、自覚していてあんなことをしたのか。城に帰ったら、覚悟しておくんだな」
ユティシアは城に帰ってからのことを想像して身を震わせた。
それからユティシア達は騎士団と協力し、村の復興のために動き出した。