新しい魔法師長1
「ふーん、俺がいない時にそんなことがあったのか」
ユティシアの目の前でお茶をすするのは新しい魔法師長となったアルだった。先日の事件のことをのんきに聞いている。
「というか、陛下。なぜ事件の時魔眼を使わなかったのです?」
ローウェがもっともな質問をする。
過去にユティシアの魔力を見つけて城に連れ戻したことのあるディリアスだ。彼女の大きな魔力を探知できないはずがない。
「最近調子が悪くてな。黒い靄がかかったように、魔力が見えないのだ。いら立っていたのはそのせいでもあったんだ、すまない」
ユティシアはディリアスの顔を心配そうに覗き込んだ。ディリアスはユティシアを抱きしめ、耳元で大丈夫だと囁く。
「うっわー、見せ付けてくれるなあ」
アルが不機嫌そうに言う。
「ゼイルと似て、口の利き方だけは立派ですね」
「うるせえ、これでも実力は一族最強なんだぞ」
「そうは言っても、まだ未熟ですからね。学ぶべきことはたくさんあるはずです」
「俺に教えられる奴がいないから仕方がないだろ?」
アルがちょっと偉そうに言う。
「師が、いないのですか?」
ユティシアは驚いてディリアスに尋ねた。
自分も魔法を教わるための先生はいなかったが。ユティシアは模倣によって術を学んでいた。しかし普通、魔法師は師匠に付いて学ぶのが一般的だ。魔法書だけでは、分からないことも多い。
「ああ。彼は一族最強だと言っただろう?彼は、長老に指南していたんだが隠居したらしくてな…。まだまだ伸びると思うのに、惜しいな」
新しい魔法師長を決める際に、長老が第一候補として上がり、アルは第二候補として選ばれた。それによって一族内は激しくもめたらしい。長老は前線で戦わせるには老齢であるし、アルはまだまだ経験不足で、年齢的に若すぎる。
その時、長老が自ら辞退を申し出た。これ以上の争いを避けるため、一族の長をやめて隠居を始めたらしい。第二候補のアルは自動的に魔法師長になったらしい。
「あの、私が指導してはいけませんか?」
ユティシアの提案に全員がユティシアの方を向く。
「できるのか?」
アルは、信じられないと言った顔でこちらを見る。
「ユティシア、言っておくが魔法に関してはゼイルより強いんだぞ?」
「そうだぞ。俺もあいつの魔法には敵わないんだ」
ディリアスとゼイルがユティシアを止めようとする。
「アル殿、少し、こちらへ」
ユティシアはアルにこそこそと何か話し始めた。
「おおっ!なんだそれ!!」
「すげぇ、そんなことできんの!?」
アルの顔がみるみる輝いていく。
「陛下、王妃様に学ばせてください!!」
アルは即座にディリアスにお願いしたのだった。
とはいったものの、ディリアスがそれを簡単に許すはずもなく…
「ユティが怪我などしたらどうしてくれるつもりだ」
「大丈夫ですよ、陛下。心臓が止まらなければ、治癒は可能ですから」
無邪気に言うユティシア。
「そういうことじゃないだろう。俺は、お前が痛い思いをするのが嫌なんだ」
「駄目ですか、陛下?」
ユティシアはディリアスの手を握って上目遣いに尋ねた。
こんなの、俺でなくても駄目といえないだろう。彼女の愛らしい顔で言われたら、どんな男でも願いを聞き届けてやりたくなるに違いない。
その後、ディリアスが了承したのは言うまでもない。