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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
グランプリ編

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番外編:『純白の決算・スエの結婚と特命仲人の憂鬱』

番外編:『純白の決算・スエの結婚と特命仲人の憂鬱』

グランプリ制覇から半年。

佐伯健太とスエの元に、一通の「招待状」ではなく「業務提携依頼書」という名のラブレターが届いた。

送り主は、博多の大原紫乃と愛犬のハク。

内容はこうだ。『ハクがスエさんに恋焦がれて、ドッグフードも喉を通らない。一度、正式なお見合い(合併交渉)をさせてほしい』。

健太の複雑な仕訳

「……結婚だと? スエ、お前にはまだ早い。特命パグとして、現場の第一線で……」

健太は事務所で、ハクの「血統書(履歴書)」と「健康診断書(財務諸表)」を厳しくチェックしていた。

スエはといえば、自分の首に純白のレースのバンダナを巻き、鏡の前で「フガッ♪」とポーズを決めている。どうやら本人(本犬)は、あの上品な博多パグ・ハクに満更でもない様子だ。

豪華客船の「お見合いパーティー」

会場は、中島グループが所有する豪華客船の甲板。

麗華、和樹、西、そして古閑まきこまでが「監査役」として集結した。

「佐伯さん、顔が怖いわよ。娘を嫁に出す父親そのものね」

麗華がシャンパングラスを傾けながら、健太の肩を叩く。

「……霧島さん、これは重要な『資産流出』の問題です。スエの重心移動技術が、博多支部に独占されるわけにはいかない」

そこへ、タキシード姿のハクが登場した。

ハクはスエの前に出ると、深々と頭を下げ、自分が最も大事にしていた「最高級・博多産骨付き肉」を差し出した。

「ワンッ!(スエさん、僕の人生のパートナーになってください!)」

「フガッ……(悪くないわね。その熱意、承認するわ)」

スエがその肉を受け取った瞬間、甲板には拍手と歓声が沸き起こった。

突然の乱入:恋の「進入争い」

しかし、そこで終わらないのが特命パグの宿命。

「ちょっと待ったぁぁぁ!!」

現れたのは、難波大吾の愛犬、ブルドッグの**『テッペン』**だ。

「スエちゃん! ワシのテッペンも、あんたに惚れとるんや! 住之江のドン(の犬)として、一歩も引かんぞ!!」

突如として始まる、ハクとテッペンによるスエを巡る「待機行動(お座り対決)」。

スエは呆れた顔をしていたが、やがて健太の足元にトコトコと歩み寄ると、健太のズボンの裾をグイッと引いた。

(フガッ! フガフガッ!!(おじさん、決めてよ! 私の『独占交渉権』は誰にあるの!?))

健太の結論

健太は眼鏡を直し、一同を見渡した。

「……本件、最終決定を下す。……スエの結婚相手は、ハク君でもテッペン君でもない」

全員が息を呑む。

「スエの最高のパートナーは、これからも俺の『3号艇』のコクピットだ。……ただし、ハク君。君とは『業務提携(時々ドッグランデート)』を承認しよう。テッペン君、君は『特別顧問(遊び相手)』だ」

スエは満足げに「ワンッ!」と吠え、ハクの差し出した肉を、健太と半分こにして食べ始めた。

「……やれやれ。結婚なんて、100年早いぞ、スエ」

夕陽に染まる海の上。

黄金のメダルを首にかけた花嫁(予定)のパグは、誰よりも自由で、誰よりも幸せそうな「フゴー」という寝息を立てるのだった。

「……で、どうなのよ。犬たちの『提携』は決まったけど。……あんた自身の『本決算』は、いつになったら開示されるわけ?」

シャンパングラスを手に、霧島麗華が健太の隣に立った。

ドレスアップした彼女の瞳には、いつもの冷徹なレーサーの光ではなく、一人の女性としての、少しだけ湿った期待が宿っている。

健太は答えず、タキシードの内ポケットから、古びた、しかし手入れの行き届いたアルミのケースを取り出した。

中に入っていたのは、かつて大企業で「特命係長」として数々の闇を葬っていた頃にだけ愛用していた、最高級葉巻——コイーバ・エスプレンディドス。

カチッ、というライターの音。

「……佐伯さん、それ。特命の仕事をする時しか吸わないって、まきこちゃんから聞いたけど」

健太はゆっくりと煙を吸い込み、住之江の夜風に乗せて、紫煙を吐き出した。

コイーバ特有の、深く、土の香りが混じる濃厚な香りが甲板を支配する。

「……霧島さん。俺の人生の貸借対照表には、いまだに『未解決の負債』が山積みでしてね」

「負債……?」

「かつて俺が潰した組織の残党、競艇界に巣食う新たな闇……。俺が誰かと『合併(結婚)』するということは、その相手を俺の負債に巻き込むということです。……そんな不利益な契約、あなたのような優秀なレーサーに結ばせるわけにはいかない」

健太は、足元でスエがハクとじゃれ合っているのを見つめながら、眼鏡を指で押し上げた。

「……今の俺にとって、守るべき『資産』はスエと、この水面レースだけで十分です」

麗華は溜息をつき、健太と同じ方向——暗い海の向こうを見つめた。

「……相変わらず、堅苦しい仕訳ね。でも、いいわ。その『負債』、いつか私が全部買い取って(買収して)、あんたを完全子会社にしてあげるから。覚悟しておきなさい」

麗華はそう言い残すと、カツカツとヒールの音を響かせて去っていった。

「……フガッ?(おじさん、かっこつけてるの?)」

いつの間にか足元に戻ってきたスエが、コイーバの煙を煙たそうに鼻を鳴らす。

「……ああ。かっこつけてるだけだ、スエ。……お前がいれば、それでいい」

健太は、半分ほどになったコイーバの火を消し、静かにポケットへ戻した。

明日からはまた、普通の「レーサー・佐伯健太」に戻る。

だが、その背中は、どんな荒波も、どんな孤独も、一円の誤差なく受け止める強さに満ちていた。

(佐伯健太・スエ 奮闘記 番外編 完結)


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