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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
グランプリ編

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『黄金の均衡(イコライザー)・第1旋回マークの決算』

「……全艇、入った! 究極のスリットライン!!」

 実況席に座る古閑まきこの絶叫が、夜の住之江競艇場に木霊する。

 一号艇・難波から六号艇・中島まで、そのスタートタイミングのバラつきは、わずかコンマ〇二秒以内。深インに沈んだ難波もベテランの意地で艇を持たせ、カド位置を選択した健太も、深夜に叩き上げた新型ペラの伸びを武器に一歩も引かない。

 時速八十キロを超える六台の鉄の塊が、巨大な磁石に引き寄せられる砂鉄のように、宿命の第一マークへと殺到する。

 「逃がさへん……ここがワシの、住之江の終着駅やッ!!」

 一枠・難波大吾が、深インという物理的劣勢を、鋼の筋肉と三十年のキャリアでねじ伏せた。誰よりも早く、そして力強くハンドルを切り、先行旋回を開始する。その巨大なパワーが水面を叩き、後続を拒絶する強烈な引き波の壁を作り上げた。

 「甘いわよ! その懐、私が今すぐ差し押さえるわ!」

 二枠・霧島麗華が、コンマ数ミリの隙間を狙って艇を鋭くねじ込む。女王の誇りを懸けた最速の差しが、難波の懐へと牙を剥く。

 健太の三号艇『ハヤブサ』は、その二台の怪物が激突することによって発生した、視界を奪う「死の白波ホワイトアウト」の真っ只中にいた。

 「……スエ! 論理的な計算はすべて捨てろ! お前の『野生』を、このハンドルに、俺の魂に預けろッ!!」

 「フガガガガガッ!!(任せなさいッ! 帳簿の帳尻、ここで完璧に合わせてやるわッ!!)」

 スエが、これまでのタコによる腹痛や、数々の苦難をすべて勝利へのエネルギーに変換するかのように、狭いコクピット内で咆哮した。

 健太は右腕のサポーターが弾け飛ぶほどの力でハンドルを引き絞り、左腕でスロットルを限界を超えて全開にする。

 特命奥義:『不渡り無用ノン・デフォルト・全速差し』

 物理法則に従えば、その速度と角度での旋回は、即座の転覆――すなわち破産を意味する。しかしその瞬間、スエがハヤブサの右舷ギリギリまで身を乗り出し、自らの小さな体を「バラスト(重石)」として機能させた。遠心力を強引にグリップ力へと変換し、機体を水面に無理やり縫い止める。

 「……行ったッ!? 佐伯が、難波と麗華の間に生じた『死の隙間』を、一文字に割り裂いた!!」

 難波の一号機が作り出した絶望的な引き波の山を、ハヤブサは「飛ぶ」のではなく、鋭利な剃刀のごとく「切り裂いて」通過した。

 新型プロペラが水を完璧に掴んで離さず、スエの執念の重心移動が、浮き上がろうとする機体を磁石のように水面へ吸い付かせる。

 難波の「剛」、麗華の「速」、そして健太とスエの「絆」。

 三つのマブイが交錯し、一瞬の静寂の後に訪れた第一マークの出口。

 逆巻く水煙の中から最初にその姿を現したのは――。

 黄金色のバンダナを激しくなびかせ、機首を真っ直ぐに、そして力強く第二マークへと向けた、三号艇・佐伯健太とスエであった。

 「……抜けた。……スエ、俺たちの、俺たちの勝ちだ!!」

 「ワンッ!!(まだよ、おじさん! ゴールラインを越えて受領印をもらうまでが、私たちの仕事ビジネスよッ!!)」

 バックストレッチ、完全なる独走態勢。

 背後では、難波と麗華、そして西貴斗が二番手争いで壮絶な火花を散らし、水面を激しく叩いている。

 しかし、ハヤブサの背中はもう、誰にも触れさせない。

 前方には、栄光へと続く真っ直ぐな航跡だけが伸びている。

 おじさんとパグ。

 彼らが積み上げてきた「信頼」という名の無形資産が、今、住之江の夜に一億円の純利益ゴールドとなって結実しようとしていた。

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